第二話 変なやつ
「んじゃいきまーす──そおいっ!!」
紫髪の男のドロップキックが、赤髪の男の横っ腹に命中する。
枯れ木のように細い彼の身体は到底その衝撃に耐えきれず、数メートルは吹き飛んでしまう。
「ぎゃははは! コウダイすげぇ、一番飛んだっぽくね!?」
「だろ!? やっぱ気合いが違うっていうかさ。なあアラキ、お前もそう思うよな?」
紫髪は吹き飛んで倒れている赤髪の側に近寄ってしゃがみこみ、彼の髪の毛を掴んで無理矢理に自分を向かせる。
「ちく……しょ……」
彼は、どれだけ痛め付けられても心では屈したくなかった。
こんな連中に、おもちゃにされるのが例えどれだけ悔しくとも、睨み付ける目を伏せる気はない。
その目が不快なのか、紫髪は不愉快そうな顔で舌打ちをしたのち、彼の首根っこを掴んで立ち上がり、彼を壁に向かって叩きつけた。
赤髪は背中を強打してむせ込むが、変な呼吸をしてしまったために息がまともにできなくなる。
その様子は彼を囲んでいる連中には面白かったようで、げらげらと耳障りな笑い声があたりに響いている。
「お前のせいで俺らは恥かかされた上に髪の毛も駄目にされたんだからさ、お前には俺らのストレスを解消する義務があるわけ」
紫髪が言っているのは、先日の訓練中、他の候補生同様に座ってソニアの話を聞いていた彼の尻に、紫髪が水の魔法でいたずらをした時の話だ。
「おもらし」だのなんだのと彼を指差してひそひそ笑っていた彼らの頭が、ソニアによって燃やされひと騒動となった。
彼らはその逆恨みで、彼を標的に集団で暴行を行っている。
これまで小さな嫌がらせはあったが、こうまで直接的に暴行を加えてくるのは初めてだった。
彼は知らなかった、集団に手も足も出せずに痛め付けられることが、こうまで屈辱的で、心の折れる経験だということを。
「なんなんだよ、その目は」
だが、彼は決して屈する事はないと心に決めて彼らを睨み付ける。
本当は、今すぐにでも降参して殴る蹴るの暴力をやめて貰えないか試したい気持ちもあった。
だが、彼の方こそ、紫髪たちの目が、顔つきが気にくわなくてたまらなかったのだ。
人を蔑み、いたぶることを心底楽しんでいるその顔に、何より醜く耐え難いその顔に屈するなど、全身全霊で許せないと思ったのだ。
「今度は的当てとかやらね? 魔法の試し打ちにもなるしさ」
「お、いいじゃんやろーぜ!」
彼を囲む連中は恐ろしいことを言い始める。
赤髪の彼は身体は細く弱いが、紫髪の彼らより多少魔力に恵まれていたため、これまでの暴行にもなんとか耐えられていた。
しかし、実際にこの世界で目にした魔法というものは、まだ未熟な彼らが扱っても銃火器に匹敵する威力を持つほどで、それは命を奪いうると肌で感じるものだ。
「ひとつ教えてやるよアラキ」
紫髪が、にやにやと歪んだ表情で赤髪を見下ろす。
「異世界にはな、防犯カメラはねえんだ」
「──へえ、そりゃいいこと聞いた」
いつの間にか、集団の端の男に肩を組んでいる男がいた。その場にいる全員が肩をびくりと震わせ、闖入者の姿を認める。
黒く長い髪に、血のような赤い瞳。
大きく切れ長の目は、彼を好むものには涼しげな魅力を放ち、嫌うものには陰険な凶悪さを感じさせる。
「面白いことしてんな、俺も混ぜてくれよ」
その男は、肩を組んでいる男にそんな風に問いかける。言われた男の方はわずかに動揺するが、表情を取り繕って紫髪ににやりと目配せをした。
「なんだよお前、呼んでねえんだけど。つかお前はむしろ的の方にまわれよ、そっちならいいけど?」
「つれない事言うなよ、拳を交わした仲じゃんか……あー、いや────」
黒髪の男が、明後日を見上げて少し言葉を溜めて言った。
「────お前は、ただ無様にぶっ倒れただけだったっけ。オバサンパーマくん?」
「潰せ!!」
紫髪の号令で、赤髪を取り囲んでいた男たちが一斉に黒髪に襲いかかる。
黒髪に向かって火の魔法が放たれた。それは当たれば爆発し、手榴弾にも相当する威力を放つものだ。生身の人間が食らえばひとたまりもない。
だが、黒髪は肩を組んでいた男の腕を極めて、あろうことか盾にした。
「ぎゃっ!」
盾にされた男が悲鳴を上げて爆発を受ける。魔力で身体を強化したようだが、彼のそれはまだ未熟なもので、全身にひどい火傷を負う羽目となった。
黒髪はそれを投げ捨てると、罵声と共に次々放たれる魔法をいとも簡単にかわして、最も近くにいた大柄な男の顔を殴り付けた。
殴られた男はきりもみしながら吹き飛んでいき、そのまま妙な姿勢で地面に倒れ伏し動かなくなる。
「どうだよ、一番飛んだんじゃないか?」
妙に幼い顔に似合わない髭を生やした恰幅のいい大男があっけなく吹き飛んだのを見て、男たちは思わずたじろぐ。
「い、いけいけ! 囲んで潰しちまえ!」
紫髪の号令に男たちは飛びかかっていくが、一人また一人と叩き伏されていく。
そして、最後に残った紫髪の前に、黒髪が立ち塞がった。
「どうした、気合いをみせてみろよ」
紫髪は、そのプレッシャーに思わず尻餅をついてへたり込む。
黒髪はその顔面に軽く踏みつけるように蹴りを入れ、紫髪はそのまま仰向けに倒れて動かなくなった。
黒髪は、都合七人ほどの男をいとも簡単に叩き伏せた。
耳障りな声が響いていたその場には静寂が訪れ、赤髪の彼はそんな様子に呆気に取られてしまった。
「悪い……もう少し早く入ってくればよかったな。……立てるか?」
黒髪は、ナモリキズナは彼の前に立ち手を差しのべる。
彼は身体の痛むのをこらえてその手を取り、キズナに背を支えられながらどうにか立ち上がった。
「傷の手当てをして貰わなきゃな……この時間だと砦に戻って居るかわからないミッケを頼るより、神殿のコリンさんのところの方が近────」
「す、すっげー! 君すごいな!!」
彼は思わず、大きな声でキズナを称えた。
耳元で大声を上げられたキズナは、驚いて目を丸くしてしまう。
「い、いやゴメン、感動しちゃってつい」
赤髪がひとつ咳払いをして、キズナから一歩身を引いて彼に向き直る。
「いやほんとにどうしようかと思ったんだよ! こいつら最悪すぎるし、このままだとぼく殺されちゃうかもって思ってたのに!」
傷の痛みも忘れたのか、赤髪はキズナに捲し立てるように語り始める。
「どれだけ殴られてもぜったい負けてやらないって思ってたけど、流石に殺されるのは嫌だったからさ、ほんと助かったよ! ありがとう!」
「お、おう。意外と元気だな」
肩を叩いて感謝を伝える彼に、キズナは枯れ木のような細身の印象とは真逆な、明るい声音と活力のある様子にたじろいでしまう。
彼はそんなキズナに対して自分の昂った感情をどうしたら伝えられるかともどかしい思いをしているようで、細い身体に力をこめてこらえているような様子だ。
「ほんとに、ほんとにありがとう! 君はすごいよ、この人数を一人で一瞬で片付けるなんて!」
「いや……まあそれほどでもないかな?」
キズナは満更でもなくなってきて、頭をかきながら照れたように相好を崩した。
「ぼくなんて、なんにも出来ずにただ殴られるばっかだったのに……どうやったらそんなに強くなれるの!? 教えて!」
「いや、お前だって頑張ったよ。それこそ気合いが違ったんじゃないか?」
「へへ、まあね!」
鼻を擦りながら照れる彼に、キズナは思わず苦笑してしまう。
するとそこに、キズナには見慣れた影が現れる。
「おいおい、どうしたよこれは。にいちゃん今度は何をやりやがったんだぁ?」
夕暮れを背負ったダインが、繰り広げられている惨状に目を見張ってその場にやってきた。
「何って、お前こそ何してたんだよ。村の警邏もお前ら戦士団の仕事だろ?」
「いやまぁ、だからこそ血の匂い嗅いでここまで来たんだがよぉ、にいちゃんってほんっとに……まあ今回は俺らの落ち度でもありそうだが」
ダインが、ボロボロの姿の赤髪を認めて大まかな状況を把握した。
「いやいや、ダインくんは悪くないって。人気のないとこで出くわしたぼくの運が悪い!」
「何言ってんだ、悪いのはこいつらだろ」
そう吐き捨てながらキズナが紫髪を足蹴にする。紫髪は小さく呻いて身じろぎするが、意識が朦朧としているのか動けはしないようだ。
赤髪はそんなキズナの様子を見て少しだけ困った顔をしたが、気を取り直したのかダインに向き直る。
「こいつらも怪我してるだろうから運んであげてよ。ムカつくけど、死なれたら目覚めが悪いし」
「寝かしておけばいいだろ」
「それで死んだら君が人殺しだろ! ぼくはそんなの嫌だよ!」
彼の言い分にキズナは難しい顔で困惑する。
ついさっきまで自分をいたぶって遊んでいた連中に同情するようなことを言うなど、理由がわからなかったからだ。
「まあこのにいちゃんの言う通りだな。人を呼んで運ばせっから心配すんな。その前にその怪我の方が大事だけどよぉ」
言うや否やダインは身体を光らせて狼に変身し、赤髪の彼へ背中に乗るように首で指し示す。
「待って待って、その前に名前教えてくれよ。ぼくはラク! アラキラクって言うんだ!」
キズナは前に候補生たちの前で名乗りをあげた筈だったが、もしかするとこの彼はその場に居なかったのかもしれない。
身体が細りきっていることが理由だろうかとキズナは推測したが、余計なことは考えるまいとした。
「俺は、ナモリキズナだ。けど、俺みたいなのとつるんでもろくなことは……」
「そんなこと無いだろ、助けてくれたじゃんか!」
声を出すのも辛そうな怪我をしているのに、それを感じさせずに溌剌とした声でラクは笑った。
キズナは、どうにも慣れない感覚がして頭をぽりぽりと掻いてみせる。
「……まあ、よろしくな、ラク」
「よろしく! 今度ご飯とか一緒に食べようよ!」
「おいラク、そろそろあんまり喋んじゃねぇって、また前みたくぶっ倒れるぞ?」
ダインが呆れた声で諌めて、ラクの後ろから股の間に鼻を突っ込み、軽々と自らの背中に投げて乗せた。
ラクは痛みに顔をしかめつつも、どこか楽しそうにしていた。
「じゃあなーキズナー! ご飯約束だからなー!」
ラクの身体を慮りながらも走り出したダインの背で、彼はキズナに手を振って去っていった。
キズナはそんな様子に毒気が抜かれてしまって、仕方なさそうに苦笑して見送る。
だが、彼の足元で不愉快な声が聞こえた。
「ふ……ざけんじゃねえ……ぜったい、殺してやる……」
キズナはその声を発した紫髪を顔をしかめて見下ろし、その頭に向かって足を踏み下ろそうとするが、はたと思い直してそれを止めた。
ひとつため息をついて、その場から少し離れたところで状況説明のために居残り、壁にもたれて空を見上げる。
「…………変なやつ」
そんな風に口にした彼だが、不思議とそれは心地よい声色をしていたのだった。




