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de anima~死人倣いの異世界奇譚~  作者: 各務クギヒト
一章 ウルフェムラ編 前編
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第二十三話 笑ってた方が

「なあ、それ何読んでるんだ?」


「……こっちの世界の、神話体系についての本」


「こっちの世界……変な言い方するなぁ、外国から来たのか?」


「そうね、外から来たの。勉強してこいって無理やり送り出されて」


「そうかぁ、俺も勉強はきらいだ。中学生になる前からそんなこと言うなー! って、母ちゃんに怒られるけど」


「わたしは別に勉強は嫌いじゃないの。ただ、こんなところに来なきゃいけない理由が分からなくて」


「ふーん……たしかに大人って意味分からない時あるよな。じゃあ遊ぼうぜ!」


「遊ぶって、わたしと?」


「そうそう! お前最近ここでずっと本ばっか読んでるだろ? 気になっててさ」


「……でも、わたしはもっと色々学ばなきゃいけなくて、遊んでる暇なんか」


「いいんだよ! むずかしい顔して本読めるのもすごいけど、走り回って遊ぶのだって色んなことわかるんだぞ!」


「……わたしはいい、気にしないで」


「ええー! いーいーだーろー、あそべよおー」


「ほかの人と遊んできなよ」


「やだ! お前がいい!」


「なんでよ」


「……もっと、楽しそうにしてほしいから」


「え?」


「お前、ぜったい笑ってた方がいいって、そんな綺麗な目が勿体ないじゃん」


「なにそれ…………まあ別に、ちょっとだけなら」


「やった! そうだ、お前とかじゃ嫌だろ、名前教えてよ!」


「……リィナ」


「リィナな! 俺はキズナ、ちゃんと覚えろよ!」


「うん、覚えた」


 まだ小さな緑髪の少女は、やかましい少年に微笑みかける。

「よろしくね、キズナ」

 まだ純朴だった少年は、新しい友人が出来たことに喜んで、歯を見せて笑った。

「おお! よろしくな!」


 そうして二人は、しばらくの間二人で連れ回って、色んな場所に行き、笑って──

 そして別れたのだった。


            ◇


 キズナは、見知らぬ部屋で目を覚ます。

 否、全く見知らぬ訳でもなかった。前にも一度ここで目を覚ましたことがある。

 ここはゲオルクの家の客間で、最初の夜を越えた翌朝にもここで目を覚ました。

 その時にも、確か傍らには──

「おはよう、やっと起きたんだ」

 深緑の髪、金色の瞳、冷静と理知を湛えた美貌の少女は、膝の上に読んでいた本を置いてキズナの目を見る。

 特に笑いかける訳でもなく、さりとてその表情に何の険もない、平然とした顔だ。

「ああ……おはよう。……えっと、その」

「何をまごついてるのよ、普通にしなさい」

「いや、やっぱなんでもない」

 何か言おうとしたものの、彼女の顔を見て引っ込めてしまった。

 彼女があまりにも平然としているので、改まって口にするのが場違いに思えてしまったからだ。

 そうして部屋には僅かに天使が通り、彼はどうしたものかと少し迷う。

 だが、その沈黙を破ったのは彼女だ。

「もう、五日も寝てたんだからね」

「え……五日?」

「そ、私の方も目を覚ましたのは昨日なのだけど」

 彼は驚いた。そんなにも長いこと目を覚まさないなんて、そんなこともあるのかと。

 そして、はたと気づく。

「五日、ってことは」

「そう、あの怪物は出てない」

 彼は、その瞳を大きく見開いて、唇を震わせた。

 勝手に乱れる呼吸を誤魔化すように、大きく深呼吸して、息を整える。

 起き上がっていた身体をまたベッドに倒して、天井を見上げて、少しの間思考を空白にする。

 そして、何の気なしに、口にした。

「そっ、か。そうなんだ……」

 彼にとってあまりにも大きすぎる事実は、一周まわって頭をからっぽにしてしまった。

「そう。恐らくもう、あの怪物は出てこないと思う」

 彼女の方も、何のこともないような顔と声音でそう口にして、手元の本を開いて視線を落とす。

 生死の狭間をともに乗り越えた二人が見せるには、あまりにも淡々とした会話だった。

 だが、それもこの二人だからこそのものだ。

 彼は、しばらくそうして寝そべったまま天井を眺めた。

 そして、そんな姿勢のまま、何気なく口にする。

「……ありがとな、恩に着る。……一生、この恩は忘れない」

「これくらい、別にいいよ。私も、あなたは笑ってた方がいいって思っただけだもの」

 キズナは、起き上がってリィナの顔を見る。

 淡々と本に視線を落としているように見えるが、そのページは先程からめくられておらず、よく見れば口元は僅かに綻んでいた。

「じゃあ、朝飯作るか。腹減ってるだろ、リィナ」

「うん、お願いね、キズナ」

 なんてことない会話で、お互いに、初めて名前で呼び合う。

 互いの顔を見るその表情は、きっとこの瞬間、世界で誰より穏やかなものだった。

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