プロローグ-2 再び君と
「敷くは銀泉、焚べるは罪禍」
凛とした少女の声が響く。
声色は涼やかで鋭く、冷静さと理知を感じさせるもの。
あまり広くはない部屋だ。
否、多少の広さはあるが、そこに集まっている人数がそれを感じさせず、手狭な印象を持たせている。
縦長の木造の部屋には分厚い本が収まる棚が居並び、窓から入る光は最小限にされている。
少女の前には幾何学模様のサークル状の陣が敷かれており、それはそのまま、物語に出てくる魔法陣と同じものであった。
その魔法陣を前にした少女の後ろに六人ほど、老いた男や若い女性が並び、少女と魔法陣の様子をあるいは固唾を飲み、あるいはこともなげに眺めていた。
「呪に穢れたる欠神の星よ、等しく滅びし流刑の民よ。うらげ、甚も歓喜せよ──尊き聖樹は、汝が名をこそ言祝がん」
声には魔力が通り、わずかな反響を含んだようにして、声量以上に聞くものの体を震わせる。
「巡礼の鐘はここにあり、鳴動は高く響きけり、都度繰り返す流転の旅路に、その身が業を棄却せん」
陣の周囲には幾つかの無色の宝石が配置されており、それらは少女の声に呼応するように次第にカタカタと震え始めた。
宝石がわずかに光を帯び始めると、その様子を見た後ろの人々が様相を変える。
「どうやら、当たりを引いたの」
六人の中で最も年長であろう、長く胸元まで髭を伸ばした老人が目の色を変えた。
宝石が光と共に熱を帯び始め、徐々に大きくなるつんざくような高い音と共に、部屋そのものを震わせ始める。
「すごい! 並べた魔宝石が全て共鳴しています! 今までは精々四つまでだったのに!」
「なにをしているのだ! 全て共鳴しているということは足りていないということだ! 隣の部屋からあるだけの魔宝石を持ってこい!」
興奮して怒鳴る中年の男の声に、女性が焦ったような返事を返しながらドタバタと駆け出していく。
そんな様子を気にかけることもなく、少女が一層、声音を強く明瞭にする。
「なれば、汝の身こそが聖樹の導、汝の身こそが聖者の剣。隠り世に座した咎人は、悪と対なす善とならん!」
部屋どころか、建物自体が轟々と唸りをあげ、残る五人のうち二人が圧しかかる重圧に耐えきれずに膝をついた。
先ほど部屋を出た女性が箱いっぱいに詰められた宝石を抱えて駆け込んできたが、その箱ごと前につんのめって転び、中身をぶちまける。
「そんな……嘘でしょ!?」
その中身の宝石は、その全てが陣に敷かれた宝石と同じように震え、共鳴し、光を放っていた。
魔法陣の前に立つ少女は目を強く閉じ、より強く、願うように声を上げる。
「勇ましきは汝であり、正しきもまた汝である! 声の元に集え、嵐のように来れ、只人のように凱旋し、天意を以て調停をなせ!」
少女が閉じていた目を見開き、最後の一節を謳い上げる。
「問おう!我が呼びかけに応えるがいい!」
その言葉と共に、その部屋から音が消え、地響きのような鳴動も、光も消えた。
「し、失敗…………いや、違う!!」
声を上げた初老の男の目は床に描かれた魔法陣に釘付けになっていたが、その目線が突然上に向かう。
何故なら、光を放つ魔法陣が、天井をすり抜け上に移動したからだ。
「どういうことだ!?」
すると、じっと蓄えた顎髭に手を添えていた老人が、もう片方の手に持っていた杖を前に差し出す。
次の瞬間、高く響く突き抜けるような音と共に部屋に光が満ち、天井を突き破って何かが落ちてくる。
老人の用いた魔法により勢いは殺されたが完全ではなく、床に大きな穴が空いた。
「な、何故だ……座標が狂った!?」
先ほどまで膝をついていた細い壮年の男が疑義を唱えるが、老人はそれにこともなげに返す。
「狂ってなどおらんじゃろう。単にこの男自体が、今まさに高くから落ちていた、それだけのことじゃよ」
「それって……つまり……」
唖然としながら女性が答える。
一瞬、部屋の中に沈黙が落ちるが、まるで気にもかけずに老人がそれを破る。
「しっかし面白いこともあるもんじゃのお、すごい偶然じゃわい。じゃが落ちていた理由によっては、当たりなのかハズレなのか判らなくなったの」
老人がまるで茶化すように喋っている声を聞きながら、少女が前に出て、使い物にならなくなった魔法陣の中央、横たわる男の側に寄る。
散らばる瓦礫の中、頭から血を流しながら横向きに身を投げ出す形で倒れている男を見て、少女がその顔に驚きの表情を浮かべた。
その男、名守絆成は、朦朧とする意識の中、混乱し、混濁する意識の中、しかしはっきりと耳にした。
「やっと、あえたね」
微笑みを浮かべながらそんなことを言う彼女を、彼はどうして、懐かしく思った。




