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第十五話 チキチキ!ナモリキズナをぶっ潰せ

 召喚されて七日目の昼、マナカたち候補生は砦の訓練場のひとつに集められていた。

「やっぱすごいよね、ここ」

 隣でハナが向こう側にいるエミとリエに話しかけている。

 勿論マナカにも聞こえているし、無視されている訳でもないが、段々グループ内での扱いが軽くなってきているのをマナカは感じていた。

 ハナが言っているのは、この訓練場に施された魔法のことだ。実際には魔法ではなく魔術で区別されているらしいが、その辺りの区分はまだよく分かっていない。

「ちょっと操作するだけでなんにでも形が変わるとか、すごすぎない? 今だってこれ完全に体育館だし」

 そうなのだ、今マナカたちがいる訓練場という施設は、魔法による操作でその内装を日本の体育館に変えている。

 といってもその大きさは普通の学校の体育館よりは大きく、マナカたち候補生八十人が全員並んでも、広々として使いきれないくらいの大きさだったが。

「おまえたち! いい加減私語は慎むのです。話していた通り、そろそろ実践形式での訓練も行っていくですよ。今日は手始めに徒手空拳での模擬戦なのです!」

 マナカたちに厳しい声を飛ばすのは、ソニアと呼ばれる少女だ。厳しい声といっても、ソニアは見た目としては小学生の女の子程度の大きさなので、発せられる声も見た目相応のものだったが。

 しかし、どこか鼻にかかって舌足らずなハスキーボイスがなんとも可愛い、なんて思ったのも最初だけで、その声を可愛いと今でも思っている人間が候補生の中にまだいるかは微妙なところだ。

「まったく、どうしようもない愚図どもです。もう一度二、三人見せしめに痛め付け直せば、自分たちを戒めるということを覚えるですか?」

 毛量の多い二つ結びの赤髪がふりふりと揺れながら、物騒なことを言う彼女の存在感を主張している。

 実際、訓練教官として候補生を指導する彼女のやり方は、とても優しいものではない。

 訓練初日、舐めた口を利く男子たちの顔面に容赦なく拳を振るったその様子は、到底日本では考えられないものだった。

 マナカとしては、魔法の訓練場なんかよりも、こうしたことが罷り通る方が異世界らしくもと居た場所との違いを感じられるものだ。

 実際今日に至って人数が少しずつ減っているのも、彼女の振る舞いと訓練の厳しさによるものだと言っていい。

 それでも、彼女いわく考えられないほど優しくしているとのことだったが。

「それでいいです、ようやく静かになったですね。今日はまずおまえたちに、戦うという事に根本的に慣れて貰うのです。多少の怪我は覚悟して貰うですよ」

 マナカは思わず少しだけ苦い顔をする。実践形式の訓練というが、つまりは本気で殴り合えということだろうか。

 格闘技どころか、スポーツだって積極的にこなしては来なかったマナカとしては、人に暴力を振るうなんてことはあまり考えたくもないことだった。

「すみません、いいですか?」

 すると、男子の中から一人、勇敢にも挙手をして発言を求めるものが現れる。

「実践形式って、いきなり殴り合えってことですか? ぼくは格闘技どころか、人を殴った経験すらないのですが」

 彼の言うことは、まさしくマナカが考えていたことと同じものだった。

 他の候補生たちの中にも同じような考えのものは大勢いるようで、ソニアの回答に注視する雰囲気が作られる。

 しかし、注目の中にいる少女はまるで馬鹿馬鹿しいとでも言うかのように、「はんっ」と鼻を鳴らして見下すかのような姿勢だ。

「何を甘えたことを言っているのですか。この訓練はおまえたちの闘争心を試す意味合いもあるですよ。自分の中に確固たる手段がなくても、目の前の相手をどう下して見せるかを考える。それが出来なければどのみち勇者なんてなれません」

 ソニアから出てきたのは、ある種の野蛮さが滲み出る考えだった。

 そのような暴力装置として勇者が定義されるのは、候補生たちにとっては簡単には受け入れられないものだろう。

「英雄と言えば聞こえはいいですが、つまりは戦うことを生業とするものですよ、あなたたちがなろうとしているのは。戦うのは魔物だけではない、あなたたちと同じように傷つけば苦しみ、痛みに顔を歪める相手とやり合うことだってあるです」

 それは、マナカたちに突きつけられた現実だった。物語の中ではなく、現実に戦うことを選択すれば、誰かを積極的に傷つけることも選ばなければならない。

 だが、それを教えるために今すぐ殴り合えというのが如何せん暴力的に過ぎると思うのは、やはり仕方のないことだった。

「とはいえ、多少の手心は用意してあるのです。ミッケ、配りなさい」

 ソニアが、隣に控えているミッケという少女に指示を飛ばす。

 淡い緑髪の少女は、籠一杯に入った何かの道具を配り始める。

 彼女は口数が少なく内気な雰囲気だが、傷を癒す魔法を使って候補生たちをサポートしてくれるので、候補生たちのオアシスのような扱いになっている。

 候補生たちもあたふたと道具を配る彼女に協力的で、速やかに道具は行き渡っていく。

「これは、この国で作られた訓練用の魔道具です。ここに訓練相手の身体の一部を入れれば、自分の攻撃が相手に与えるダメージが半減するですよ。一定以上のダメージが入ると壊れ、使用者と対象の動きを止める仕組みなので、それを以て勝敗を決めるです」

 なるほど便利なものがあるものだと、マナカは受け取った道具を眺めた。

 ロケットブレスレットのような見た目で、ここに髪の毛でも入れるのだろうか。

「模擬戦はポイント制で、破壊したブレスレットの所持数で特典を与えるです、優秀者には活動費などを支給するですよ。これから先はそうした報酬も訓練に交えていくです、見返りのために戦うなど勇者らしくはないと思うですが」

 マナカはそれを聞いてもあまりやる気が出るわけではなかったが、隣にいるハナたち、もっと言えば血の気の多い男子たちは更に違ったようだ。

 最初に支給された生活用品はある程度十分なものだったが、この国では当然もといた世界の通貨は使えない。

 ハナたちであれば服飾品や小物など、或いは食べ物を好きに食べ歩くにもお金はかかる。

 砦の食堂も充実はしているが、自由に自分の裁量で使える金銭があるかどうかは、人としての活力に欠かせないものである。

 それが与えられるのであれば、充分にやる気を出す動機になる候補生は少なくないだろう。

「それから……入るですよ!」

 ソニアが扉の方へ声をかけると、そこから二人の人物が訓練場へと入ってきた。

「うわ、出たよ」

 隣のハナが嫌そうな声をあげたのを皮切りに、他にもひそひそと闖入者を嫌悪する声が聞こえてくる。

 それもその筈だ、そこから入ってきたのは、件のレアキャラ、ナモリキズナだったからだ。

 隣にいる魔女さまことリィナは、午前中に魔法やこの世界の常識に関して候補生たちに講義を行っているためそろそろ見慣れてきた顔だが、キズナに関しては違う。

 召喚されてからもう七日目だというのに、いったい彼は普段どこで何をしているのか、さっぱり分からなかった。

「おまえが噂の問題児ですか。確かに生意気な面してるですね。ですが悪くはない」

 ソニアもキズナに対しては初対面だったようで、品定めするような目を向ける。

 しかし、彼女の目には他の候補生に対してよりも彼の方が好印象に映ったようで、面白くない顔をする候補生はちらほらいるようだった。

「ふむ……そうですね。決めたです、おまえたちのだれかで、こいつを倒すことができるやつがいたなら、わたしのポケットマネーから二十万ルクスを支給してやるですよ!」

 その言葉を聞いた候補生たちから動揺の声が上がる。

 ルクスというのはこの国の所属する経済圏の貨幣単位で、およそ日本円の五割増し程度の価値があるらしい。

 つまりは、彼を模擬戦で倒すだけで三十万円の賞金が出るということだ。

 これには男子たちは俄然やる気が出てきたようで、「よし、ぶっ潰す」などと物騒な言葉がそこかしこで聞こえてくる。

「なんか……大変だなぁ」

 思わず口にしたマナカに同調するものは、恐らくその場にはいなかった。


            ◇


「おい、なんかあの幼女めっちゃ勝手なこと言ってるんだけど」

 訓練場とやらに初めて入ったキズナは、その内装が日本の体育館のようであることに驚き物珍しげに眺めていたのだが、それに関しての疑問を解消するより早くソニアの爆弾発言を受けた。

「まあ、ソニアなりに考えがあるんでしょう。大方どういうものかは分かるけれど」

 リィナの素っ気ない態度に、キズナはボリボリと頭をかいて候補生たちの顔を眺める。

「まあ、平気か別に」

 彼の態度は余裕に満ちていて、とてもこれから集中砲火を受けるものの態度とは思えないものだ。

「そんなこと言うけど、あなた分かってるの? 彼らは既に魔力への適応を始めていて、素手で岩を砕けるやつだってちらほらいるわよ」

 リィナの一応は慮るような言葉に、しかしキズナは不敵に笑みを浮かべてみせる。

「問題ねえよ、まあ見てろ」

 自分を睨み付ける、仲間である筈の候補生たちを眺めながら、彼は歯を見せて笑う。

「ポンと思わず与えられただけのやつらに砕けるほど、俺は柔いつもりはねえからな」


            ◇


「いたっ、くそが! やめろよ!」

「頑張れーハナー、やっちまえー」

 模擬戦が開始されてから既に三十分ほどが経過しただろうか、最初は恐る恐るだった候補生たちの中にも、積極的にペンダントを集めに行くものが増え始めた。

 マナカは今、訓練場の一角で模擬戦を始めたハナをぼんやりと眺めている。

 ハナたちのグループは、訓練場の隅で成り行きを見守っていた大人しそうなグループに目をつけ、彼女らを焚き付けて模擬戦に持ち込んでいた。

 マナカはやんわりとハナたちを止めようとしたが、ハナに「じゃあマナカがあたしとやる?」と睨みを利かされてしまい、大人しく黙るほかなかった。

 しかし、相手のグループが大人しそうな見た目をしているからといって、体力的にそう大差があるわけでもなく、醜い取っ組み合いがもう10分以上続いている。

「あたし、ちょっとお手洗い行ってくるね」

 マナカは隣でヤジを飛ばしているエミにそう告げ、その場を離れた。

 どうにも、見苦しすぎて見ていられなかったからだ。

「なあおい、あいつもうあれで幾つ目だよ」

「あー、確かこれで八つ目じゃないか? マジで腹立つな」

 ハナたちから離れたマナカが訓練場の中央付近まで来ると、何やら小さな人だかりが出来ている場所がある。

 マナカが少し気になりその中を覗いてみると、そこに居たのは倒れ伏した男子を目の前にしながらストレッチをしている、例の男がいた。

「いい加減分かれよ、お前らじゃ相手にならないっつの」

 倒れている男子の方は気を失っているのか、だらりと弛緩した顔をして隅の方へ運ばれていく。

「次俺やるわ、マジで潰してやる」

 マナカはそこで思い出したのだが、倒れていたのはハナたちによく絡んでいるコウダイのグループの一員だ。

 仲間をやられて腹を立てているのか、コウダイが次の対戦相手に名乗りをあげたようだった。

「別にいいけど、いい加減飽きてきたな」

 対するナモリキズナは、興味もなさげに伸びをしたのち、大きなあくびを浮かべた。

 完全に舐めきっている様子だが、マナカが知る限り、コウダイは魔力への慣れというのが早い方らしく、昨日は漬物石くらいの大きさの石を拳で割り砕いていたのを彼女も見ている。

 ちなみにその破片が飛び散って当たってしまったハナには今、彼は嫌われている真っ最中なのだが、マナカにとってはその方がありがたい話だった。

 キズナはミッケから新しいペンダントを受け取ると、自分の髪の毛を一本抜いてコウダイに渡す。

 コウダイの方も、パーマがかけられ縮れている毛を彼の方に渡した。

 彼の髪の毛に茶髪であった部分は既になく、全体が毒々しい紫色だ、パーマがかかっているのもあって大阪のオバチャンぽさがある。

 受け取ったそれを眺めてナモリキズナが嫌そうにしているのは少し面白かった。

 マナカは自分の空色に変じた髪の毛をつまんで顔の前に持ってきて少し眺める。自分の髪色はそれなりに見れるものでよかったと思う。

 両者はお互いペンダントに髪の毛を入れ、位置につく。しかし────

「……今、ちゃんと入れた?」

 マナカは、コウダイがペンダントにナモリキズナの髪を入れなかったのを見てしまった。

 この場合、下手をすれば岩を砕ける拳が生身の人間に当たってしまうのではないだろうか。

 見てしまった以上、これは指摘しなければいけない、マナカがそう思って声をかけようとすると、その彼女の肩にかけられた手があった。

「心配いらないわよ、見てなさい」

 なんと、声をかけてきたのは魔女さまこと、リィナだった。

 突然のことに口をぱくぱくと空振りさせてしまっていると、彼女が首の動きで二人の方を指し示す。

 コウダイは「シュッ、シュッ」と口に出しながらシャドーボクシングの真似事をしている。マナカに格闘技の造詣はないため分からないが、恐らく少し齧っているのかもしれない。

 対するキズナは、片足に重心を乗せたリラックスした立ち姿のまま、腰に手を当て首を傾ける、まるで見下している姿勢だ。

「そ、それでは、始めてください!」

 ミッケがそう宣言すると、コウダイはボクサーのようなステップを踏みながらキズナの方へ迫る。

 だが、あろうことかナモリキズナは、まるで散歩でもするかのようにぶらぶらと近づいていった。

 当然、そんな隙だらけな様子を血の気に溢れたコウダイが見逃す筈がない。

 コウダイが小さな動きで右ストレートを繰り出す。あれは大きな石を簡単に砕いた威力だ、生身で当たればひとたまりもない筈で、マナカは思わず身を固くする。

 しかし、次の瞬間攻撃を受けて倒れていたのはコウダイの方だった。

 マナカには見えていた。コウダイの繰り出した右ストレートを左手でいとも簡単に弾き、体勢が崩れたところを右のジャブで鼻面に一発、腕を取って後ろを向かせて、膝裏に足裏を合わせて膝をつかせたかと思えば、蹴りやすい位置に来た頭の後ろ側を回し蹴りで思い切り蹴飛ばしていたのだ。

それらの動作が僅か一、二秒の間で繰り出される様は、人間の動きとは思えなかった。

「あら、あなた全部見えたのね。意外と素質ある子もいるじゃない」

 すると、隣にいるリィナが面白そうな顔を浮かべて話しかけてきた。先ほども思ったが、彼女が自分のような人間に声をかけるのが驚きで、しどろもどろになってしまう。

「え、いや。そんなことないと、たぶん」

 気まずい思いをしながら否定し、視線を二人の方へ戻す。

 倒れたコウダイは動かなくなっており、キズナは何かまずいことをしたということに気がついたのか、ぼりぼりと後頭部を掻いている。

「あー、相手が髪入れなかったらこっちの攻撃も直で通っちまうのか」

 コウダイの後頭部をよく見ると、流血が出ていて、怪我の具合が心配になる様子だった。

「うわっ、おいコウダイ!」

 彼の仲間内でも気づいた者が出たのか、焦った様子で彼に駆け寄っていく。

 近くで様子を見ていたミッケもそばに駆け寄り、コウダイの後頭部に治癒の魔法をかけ始めた。

 青白い光を後頭部に受けながらぐったりするコウダイを、彼の仲間が「大丈夫かよ、しっかりしろよ」と揺すっている。

「おいお前! ペンダントに髪入れなかったんだろ! ふざけんなよ、コウダイ死んだらどうすんだよ!」

 コウダイの仲間が逆恨みで言いがかりをつけている。ペンダントの仕込みをわざとしなかったのはコウダイの方なのだが、当のキズナはあっけらかんとした様子だ。

「えー、だっていい加減うざいんだもん。お前ら雑魚の癖に群がって来すぎ、一人くらい怪我させなきゃわからな────」

 と、言い切る前にいつの間にか彼の側にいたリィナが彼の頭を思い切りはたいた。

「何バカな演技してるの、髪の毛を入れなかったのはそっちの男の方でしょ。貴方たちも、わたしの目を誤魔化せると思わないことね」

 はたかれたキズナがうずくまって「くおお」と呻いているのを余所目に、リィナが的確に状況を整理している。

 なんだろうか、まさか今のは、彼はコウダイを庇おうとしたということだろうか。

 マナカはそう考え、ナモリキズナを思わずじっと見つめてしまう。

 すると、不意に向こうもマナカの視線に気がつき、互いの目があった。

 マナカは何故だか恥ずかしくなって、すぐに目を反らしてしまう。

 少ししてもう一度彼に目を向けると、彼は頭をさすりながら立ち上がり、リィナに「余計なこと言うなよ」と文句を言っていた。

「おい、次は俺だ」

 すると、その状況に横槍を入れてくる人間がいた。

 大きな男だ。百九十センチはありそうな恵まれた体格で、背の高いナモリキズナよりも更に高い。

 マナカはハナたちの噂で彼を知っていた。

 なんでも、プロの格闘家で、地球でも少し有名な人物だったそうだ。

 名前は確か──

「ハゼリュウヤだ。覚えてるかよ、トザキシンジ」

 視線だけで射殺せそうな眼光の大男は、ナモリキズナのことを知らない名前で呼ぶ。

「やっと、マトモそうなのが来たな」

 そう、にやりと歯を見せて笑うナモリキズナと、龍の眼光の大男。

 二人の放つ空気に、マナカは知らずに後退りをするのだった。 

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