表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/42

第十三話 ヘルズキッチン

「あなたね、あれはないわよ。先生ですら引くわよ」

 場所は砦内、候補生たちのいる大部屋から離れた、天井の高く少し広い一室。

 砦は基本的に全て木造だが、その部屋は窓のない無機質な金属製で、リィナの話す声は壁に反射して響いていた。彼女によると、魔法の実験や実習などを行う際に使用する部屋で、二人の目的もそれであった。

「あのジジイですらって酷い言われようだな」

 二人はその室内の隅にある椅子に腰掛け話をしている。キズナは椅子を逆側から座り、背もたれを腹に抱えている格好だ。リィナの方はどこからか取り出したティーセットでコーヒーを飲んでいる。

「あなたの考えていることなんて大体分かってるわ。大方、自分から遠ざけることが一つと、他の連中を危険な異世界から安全な地球に返そうとか、そんなところでしょ」

「おいおい、あんまり買い被るなよ。それだと俺がまるですげぇいい奴みたいじゃんか」

 気だるそうな口ぶりで返すキズナに、リィナは軽くため息をついて「あのね」と切り出す。

「誰もいい奴だなんて言ってないわよ。彼らがこの世界に留まるかどうかは彼ら自身が決めることなの。あなたが彼らの意気を挫いて帰りたくさせようなんてのは、勝手がすぎるわ」

 茶化すようなキズナの言葉に、リィナはあくまで真剣に問い詰める。キズナは小さくため息をついて、リィナに目を向けて言葉を返す。

「何を決めるかは確かにやつらの勝手だが、それを決めるための材料はちゃんと提示するべきだろ。俺みたいな()()なやつが恵まれた立ち位置にいるって分かったら、わざわざ危険な世界に留まろうとは思わないからな」

「それでも、選ぶのは彼らよ。あなたはそれを恣意的に操作しようとした」

 リィナがキズナを見据えて口にする。彼は彼女の意思の強い瞳に僅かに視線を揺らしたのち、目を反らして言葉を返す。

「あいつらが、自分が選ぶんだと思ってるかは怪しいけどな」

「どういうこと?」

「あいつらは選ぶんじゃなく、選ばれたと思ってるって事だよ。いきなり見知らぬ世界に呼び出されて、そこには自分たちの世界では夢物語の超常の力がある。しかもその世界の勇者さまになるかも知れないと来た。期待してるだろうさ、自分が無敵の()()()やつになる素敵な未来を」

 片手を仰々しく挙げて見せながら、キズナは投げやりに語って見せる。リィナも、その言葉には思うところがあるようで、敢えて言い返さない。

「だから、それなのに自分より恵まれた立場の人間がいるって分かれば、夢から覚めるだろうと思ったってこと。その夢が悪夢になる可能性は、そのまんま行けば決して低くないんだから」

「確かに、さっきダインから何人かが地球に帰るって言い出したのを聞いたわ。あなたが侮辱した彼もその中にいたって。ダインも少し怒ってたわよ、彼も背は高くないし」

 キズナは肩をすくめて悪びれない。その様子にリィナは眉間にシワを寄せる。

「あなたは勇者として旅立つ前に、その辺りの振る舞いを少しは直すべきね。…………本当に思ってるわけでも無いくせに」

 付け加えたリィナの言葉に、キズナは視線を伏せて「どうだか」と呟く。

 リィナは彼から目線をそらし、彼に合わせた訳でもなく、小さく呟くように言葉を続ける。

「それに……もうあなたが人を遠ざける必要なんて無い。私がなんとかするって言ったの、信用できないのかしら」

 キズナは、思わず苦い顔を浮かべた。

 確かに彼女の言葉には救われたが、事実としてまだ自分の抱える問題は解決していない。

 長年付きまとわれてきたあの怪物が消えてくれることを期待するには、苦しんだ時間が長すぎたのだ。


            ◇


 それからキズナは、その部屋でリィナの持つ魔法の実演を見せられながら、この世界における魔法の概要の講義を受ける。

「この世界において魔術と魔法は区別されている。魔法は使用者が生得的に適正を持って扱うものを指して、魔術はそれを後天的に誰でも扱えるように構築されたもの、でいいのか?」

「ええ、概ねそんなところ。厳密には全く適正が皆無であれば魔術も扱えないけれどね」

 講義をしながらリィナは、炎や水、電気、風、氷や土などを、手の平の上で次々出して見せる。その様はまるでホログラムのグラフィックアートのようだが、炎の熱気や氷の冷気がそれらが本物であることをキズナに知らせた。

「魔法として一般的なのは属性魔法ね、扱える数の多いほど耐性も持つし有利になるわ」

「ふーん……ちなみにお前っていくつ扱えんの?」

 キズナのその言葉に、リィナは待ってましたと言わんばかりに強気な笑みを浮かべ、座って講義を聞いているキズナを見下ろしながら言う。

「さっきから見てなかったのかしら、全部扱えるわよ」

「へー! …………とか、言われても凄さがわからんけども」

 そんなキズナの気のない反応にリィナは若干目を細めて口を引き結ぶ珍しい表情だ。どうやら自信があったのを空振りして悔しかったらしい。

「はぁ……予想はしてたけど甲斐がないわね。全能に至る者(アズマイト)なんて願阿魔法(メモリアファクト)より更に数百倍珍しいのよ? 理論上全ての魔法に適正を持つんだから」

「うーん、なんか凄そうではある」

 難しげな顔で腕を組むキズナに、リィナは小さく息をついてみせる。最早彼女がキズナにため息をつくのが定番になりつつある。

「ま、仕方ないか。この世界の人間じゃなきゃ分からないものね。こういうのあなたの世界で馬の耳に念仏って言うんだったかしら」

 「誰が馬だ」と突っ込むキズナにひらひらと手を振り、リィナは実演は終わりと椅子に腰を掛ける。

「それと、あなたみたいに直接身体でぶつかるような戦士に重要なのは、肉体を強化する凛法(りんぽう)と、凝固した魔力を盾とする成殻(じょうかく)の二つかしら。これはほぼ例外なく誰でも扱えるものよ」

「あー、ダインにこてんぱんにされた時に使われてたあれか」

 キズナが思い出しているのは、目を覚まして初日の夜に森のなかで戦ったダインの事だ。

 彼の身体は決して重量があるものではなく、キズナの見立てでは素の筋力は自分の方がある筈だった。

 しかし、彼との戦いでは動きに全くついていけず、急所である顎を的確に撃ち抜いても微動だにしなかった有り様だ。

「見ていた限り、凛法(りんぽう)ついてはあなたも使っていたけれどね。基礎的なもので、少し魔力の流れは悪かったし、魔力自体が微量ではあるけれど」

「名前は知らんが使ってる自覚はある。十四、五の時から徐々に覚え始めたけど、使えてなかったらとっくに死んでたと思うぜ」

 キズナの言葉に、リィナは少し考え込むような様子を見せる。

 どうやら、何か思うところがあるらしいとは考えたキズナだが、ひとまずそれを聞くことはしなかった。

「にしてもあんまり固有名詞言われてもな、覚えるの面倒だわ」

「その辺は追っかけ覚えていけばいいわ。今は魔力を意識するところから始めればいい」

 リィナの言葉に、もっとスパルタ的な指導方針だと考えていたキズナは少し意外だった。

 試験勉強の類いは面倒がった彼にとってはありがたい話だ。

「まあともかく、あなたに限らず候補生たちには、魔法と魔術の基礎概要、自身の魔法適正の模索、魔力の扱いなんかを覚えていって貰うから、そのつもりでいて」

「悪いな、二度手間かけるような形になって」

 キズナが言っているのは、彼の呼び込む怪物の影響の話だ。

 彼に付きまとう怪物は、日中でも一つところに居座るとそこで夜中に現れて暴れる可能性がある。更には、怪物自体が現れなくとも呪いとしか言い様のない現象が起こり人死にに繋がることすらある。

 そのため、同じ場所に集まって講義や訓練を受ける候補生たちとは合流できず、リィナには場所と時間をずらして同じ内容を別個に教えて貰う形になる。

「仕方ないわよ、魔法を制御するまでの辛抱だから」

「魔法に、制御ね……」

 彼には未だ、自身の呪いが自分の魔法によるものだという実感はない。

 制御というのがあの呪いを制御下に置くことなのだとすれば、到底不可能に思える。そもそもあの呪いは魔法の本来の効果ではないというのがリィナの見立てだそうだが、であれば何が本来なのかは想像もつかなかった。

「じゃあ、そろそろ帰り支度しましょうか。途中で中央の商店によって食材買って帰るわよ。付き合いなさい」

 所帯染みたことを言うリィナに、思わず苦笑が漏れるキズナ。

 そういえば、ここに来るまでの食事は朝食に届けられるパン以外は全て砦の上級食堂で取っており、彼女が台所に立っているところはまだ見たことがないと気がつくキズナ。

「つかお前って一応王族だろ? 自分で料理とかすんのかよ」

「当たり前でしょ、楽しみにしておきなさい」

 その言葉に、キズナの人並外れた第六感が囁いた。

 多分、ダメっぽいなと。


            ◇


「さあ、存分に召し上がりなさい」

 二人が帰って来てから、およそ一時間後。台所に向かったリィナを見送ったのち、この世界の児童書らしいものと格闘していたキズナ。彼を席に着かせ、リィナはテーブルにトレイを運んできた。

「……これ、なんだ?」

「なにって、夕食よ。美少女の手作りご飯よ、涙して食べなさい」

 彼の前に出されたトレイには、赤と乳白色と、緑と原色の青の何かが入っていた。

 彼女がふんぞり返って得意満面にしている様は珍しくて見物だったが、目の前のそれに比べればまだ見たことはある。

「絵の具……?」

「……失礼ね、食べ物よ」

 恐る恐るキズナが乳白色のものにスプーンを入れると、ねちょりと嫌な音を立てながらも形を崩さずに掬い上げられた。

 心なしか震えるスプーンを口に運ぶと、スパイスやハーブの香りが口に広がり、仄かな塩気とざらついた舌触りが食欲を、満たさなかった。

「どうかしら、私特製の栄養食は? 褒め称えていいのよ」

「旨くも……不味くもないな…………強いて言うならかなり嫌というか」

 素直な感想だった。恐らくキズナが口にしたのは鶏肉だ。肉屋の店主が、姫さまのためならと特上を用意したらしい鶏肉の成れの果てだった。

「これ、あれだ。いわゆるディストピア飯ってやつだ。人類滅亡の味だわ」

「確かに、この味を巡って人類が争いの末滅ぶこともありうるわね。意外と気の利いたこと言うじゃない」

 どうやら先ほどから、彼女の目はキズナのネガティブな反応を全て見過ごし、都合の良い解釈のみを行うものに変化してしまったらしい。

 見立てが間違っていることなどあり得ないとまで言われた彼女が何故急に何もかも間違えるのか、キズナには理解できなかった。

「これは……あの鶏肉だよな。どう調理した?」

「材料全部ミキサーにかけて、火を通して固めたわ」

「これは……ほうれん草と芋……? 調理法は」

「材料全部ミキサーにかけて、火を通して固めたわ」

「これは……トマトっぽいのと人参と、魚介で……どう調理────」

「材料全部ミキサーにかけて、火を通して固めたわ」

「いやなんでだよ!」

 ドタン、とテーブルに肘をついてキズナが手で顔を覆う。

「やかましいわね、ちゃんと裏ごしもして綺麗なペースト状になるようにもしてるじゃない」

「もっと意味分かんねえ!」

 彼は手の平で顔を覆った姿勢のまま、天を仰いで嘆きの姿勢をとった。

 彼の脳内に、リィナが来たことに喜んで、最高のものを献上しようとしてくれた商店の人々の顔が浮かんでは消え、ミキサーにかけて火を通されるイメージが展開される。

「んでこれは特になに!? なんで原色の青なんだよ! 飛び抜けて絵の具感すげえわ!」

 キズナが指差すのは、トレイの中で一際大きな割合を占める青色の何かだ。絵の具と言われればそうとしか見えない。

「ああそれは、砂糖水に着色料で色を着けて、添加物で固めたものね。糖質補給は大事よ」

「見た目も大事にしてほしかったな……」

「だから色を着けたんじゃない」

 悪びれずに言うリィナだったが、彼女も流石にキズナの反応に不満顔を表し始めた。

 口を尖らせて不貞腐れたような顔をする彼女を見て、キズナはじりじりと汗をかきながらトレイを見つめたのち、ガツガツとかきこみ始めた。

「あら、やっぱり美味しかったのね」

 機嫌を取り戻したリィナに目もくれず、キズナは勢いで食べきろうとする。

「思ったよりも、量が多い……」

 彼の目尻に涙が浮かんでいるのは、やはりリィナの目には入らない。

 確かに涙して食べることになったと、キズナは呟くことすら出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ