第十二話 最悪
「なんかさ、候補生で一人だけまだ合流してないやついるんだって」
候補生たちが昼食をとるために、砦と呼ばれる建物の食堂を賑わしている昼過ぎ、マナカの目の前で気だるそうに話すのは、召喚されてから知り合ったハナという少女だ。
同い年ということもあってか何となく行動を共にしている三人の少女と、スザキマナカは昼食を共にしていた。
この世界に召喚されてから四日目、勇者なんてゲームみたいな肩書きの候補生として集められたというマナカたちに、この国の人々は親切にしてくれている。
それに対する反応はまちまちだったが、男子たちは期待感に包まれている人と、へらへらと笑いながらも状況を受け入れている人が半々程度。
女子の側はというと、自分がまさかそんなものになるとは露とも思わずに、しかし面白がって楽しんでいる人と、憂鬱そうな顔をしている人とがやはり半々くらいだった。
不思議なことに、こんなおかしな事態に巻き込まれているのに、帰りたいと望んだ人は全体の一割程度だ。
その人たちは既にもとの世界に帰っており、そうしていつでも帰れるなら、このままもう少し様子を見てもいいかと考えているのが大多数だとマナカは考えている。
「話によると、召喚の時に気を失ったんだって。それでまだ合流してないらしくて、でももう四日もだよ?」
ハナは噂好きなのか、面白そうに相好を崩して話している。
すると、マナカの隣に座るエミがミートボールを刺したフォークを持ったまま「えー」と声を出す。
「それってさ、召喚のなんというか、負荷的なものに耐えられなかったってことじゃない? その人絶対弱いじゃん、あたし達だって一人もそんなのいなかったのに」
「確かに、少なくともその人が勇者に決まることはなさそう」
エミに対して、向かいに座るリエが同意する。
別にそうした理由で気を失ったという話はなかった筈だが、既にそういうことだと彼女らは捉えたようだ。
「でもどうする? めっちゃイケメンだったら」
まるで内緒話でも始めるような素振りでそんなことを言うエミだが、別に声は落としていないので隠して話すつもりもない。ただのポーズだった。
「いやいや、イケメンならここにいるじゃん」
そんな風に唐突に話に割って入ったのは、コウダイという男だ。
茶髪に染めていたであろう髪は根本に向かうにつれ、徐々に青みがかった紫色に変化している。
どうやらこの世界に来ると魔力とやらの影響で、自分たち地球の人間も髪や瞳の色が変化するらしい。
マナカの髪色も根本から薄い青、空色とでも言うべき色に変わっていっている。
コウダイの場合、元々染めていた茶髪に紫色が侵食しているのが少し気持ちが悪い。
そんな風に思った第一印象から、彼への印象は変わらず、軽薄な態度は好きになれない。
しかし、他の面々は違うようで、彼女のグループはよくコウダイを中心としたグループと絡んでいる。
「コウダイはさぁ……まあ顔は悪くないけどね」
「顔だけじゃないって、性格めっちゃ良いからオレ!」
へらへらと笑いながら話すコウダイは、ハナの事を多分狙っている。
マナカは正直、このグループにいるのが少し窮屈に思えていた。学校生活ならクラスの中心に位置するような立ち位置の彼女らは、自分がつるんで行動するには少し派手だったと思っている。
しかし、そんなことを今さら態度に出せば気まずくなってしまうので、ニコニコと笑って会話を聞き流す。
「マナカちゃんもそう思うよな!?」
コウダイが急に自分に話題を振ってきた。正直困ったが、無下にしてもかわいそうなので「うーんそうかも?」とお茶を濁しておく。
後から合流してきたコウダイたちのグループの面々が、ぞろぞろと隣の卓を合わせて席についてきた。
騒がしい昼食が始まり、マナカは少し後悔する。
自分はスタートを間違えたなと、誰か連れ出してくれないかと。
異世界にきてまでそんな事を思うなんて、自分が悲しく思えてしまった。
◇
「皆集まったな? リィナの姐さんがくっから、静かにしてくれ!」
ちょっとした大部屋にマナカたちが集められたあと、少し遅れて入ってきたのはダインという少年だ。
オレンジの髪色に犬のような耳が生えている。彼のような人物を見ると、確かにここはもとの世界とは違うのだと実感する。
彼はマナカたち候補生のとりまとめを命じられたらしく、二日目のみ姿が見えなかったが、マナカたちの面倒を主に見るのは彼だった。
「出た、魔女さま」
隣のハナが、やはり面白がって話しかけてくる。
魔女さまとは、リィナと呼ばれる少女の事だ。自分たちとそう変わらない歳だそうだが、この国の王族、つまりお姫さまで、しかも色々偉い役職についているらしい。
それこそゲームの魔女みたいな帽子を被って、日本では見ないような格好をしているものの、服装の上等さは遠目にも分かって、コスプレのような印象は受けない。
召喚の際と、二日目にも一度顔を見せたが、自分が直接目にした中では比較対象が居ないくらいに可愛いかった。
しかしだからこそ話し方の堅さというか、自分たちとは違うものだというのがなんだか怖い、というのがマナカの印象だ。
ハナなんかは、どちらかと言えばそれを面白がっている。と言っても、僅かに嘲笑を含んだニュアンスではあるが。
「姐さん、入ってきてくれ!」
ダインが元気な声でそう言うと、大部屋の前方の扉が開き、そこから魔女さま、リィナが入ってくる。
彼女は前方中央の台の前に立つと、室内の面々を軽く見渡したのち、ざわつきが収まるのを待って話し始める。
「おはよう、調子はどうかしら」
「どうかしら、だって」
隣でハナが茶化すように声真似をしてくる。彼女のこうした部分は苦手だったが、マナカは苦笑を返しておく。
「知ってる人もいるかも知れないけど、あなたたち候補生の中でまだ合流してなかったやつがいるの。今日はそいつの顔合わせだけしておきます」
先ほど昼食の時にハナが話していた人物のことだろうか、だが顔合わせだけというのはどういうことだろうとマナカは思う。合流するのではないのだろうかと。
そんな疑問を口にする間もなく、件の人物が部屋に入ってくる。
すると、その人物を見て少し室内の雰囲気が浮わついた。
「え、待って。ホントにイケメンだったんだけど」
ハナの向こうにいるエミが興奮を抑えた様子でハナに話しかける。
確かに、マナカから見ても彼の顔は整っていた。肩まで伸びる長い髪は気になるが、背も高く手足も長くて、髪もそうしたファッションだと言われても納得できる。
マナカたちのように髪の色の変化はないが、瞳の色はよく見れば赤い。魔力の影響はそこに受けているのだろうか。
だが、マナカは彼の雰囲気に少し畏れのようなものを感じた。
まるで、不幸の粋でも集めてきたかのような、陰鬱を通り越し陰惨とも言える雰囲気。
それがマナカの彼に対する最初の印象だった。
「黙ってないで挨拶なさい」
リィナが彼に目線を向け、肘で小突く。
それを見たハナは「お母さんかよ」と小声で突っ込み、エミとリエがくすくすと笑う。
そして、件の人物が口を開いた。
「ナモリキズナだ。お前ら雑魚と仲良くしてやるつもりはないから、覚えなくていい」
マナカは思わず驚愕した。何かあるとは思ったが、まさか一言目から爆弾発言をしてくるとは思わなかったからだ。
「はぁ?」と、男子の誰かが口にしたのを皮切りに、彼を非難する声色のざわつきが室内中に広がっていく。
リィナは額に手を添えながらため息をつき、口にした当の本人は真顔で平然としていた。
「うわ……がっかりすぎ。頭おかしいやつだったわ」
エミが口にしたのを聞いて、ハナとリエも同意する言葉を口にしている。
マナカにしても、彼を擁護するのは難しいと感じたが、何か引っ掛かるような気もどこかでしていた。それが何なのかは分からなかったが。
「雑魚から質問なんですけどー、召喚で気絶してたクソ雑魚がいるって話はホントですかぁ?」
揶揄う声を上げたのはコウダイだ。挙手をしながらニヤニヤと目立つ声を上げている。
コウダイが言っているのは、恐らくハナが話していた内容のことだろう。彼の中でもあの話は真実として固まっていたようだ。
だが問いかけられたキズナは無言で彼を見据えたのち、興味もなさそうに視線を反らした。
「へっ、無視かよ」
コウダイはそれきり興味を失ったのか、近くにいるグループの面々とこそこそと笑いながら話をし始める。
すると、今度は別の場所から男の声が上がった。
「というかですけど、雑魚って何を根拠に言ってるんですかね? 無駄に図体でかいみたいだけど、この世界って魔力があるの知らないんですか? 元の世界でどれだけ鍛えてたって、魔力で簡単に逆転出来ちゃうの知ってます?」
少し早口で語りだしたのは、背丈の低い男だった。声変わりしているものではあるが高い声で、僅かに興奮したように話す。
すると、それを聞いたキズナが面白くなったように鼻で笑ってから、言葉を返す。
「魔力で逆転か、それが無かったら勝てないのは分かってるんだな」
「だから、この世界にはあるからあなたが負けるんですよ。元の世界でどれだけ図体に任せてたかは知らないですけど」
背丈の低い男は少し苛立ったようにまくし立てるが、キズナは肩をすくめて仕方なさげに言う。
「出たよ、お前みたいなのいるんだよな。俺は思うんだけど、ある程度歳が行くとチビの方が攻撃的になるっつうか、背の高いやつにコンプレックスぶつけるのが当然だと思ってるやつのことな」
急に饒舌に差別的なことを語り出すキズナ。だが今度は彼の言葉によって背の低い方にくすくすと嘲笑の声が僅かに上がる。
背丈の低い男は返す言葉を探している様子だが、キズナはそれを許す前に言葉を続ける。
「背の高い方が度量深く受け止めてやらなきゃいけないみたいな流れになりがちなのは何でなんだろうな? お前がチビなのは俺のせいじゃないんだわ、甘えてくんなよ」
マナカは、彼のことが少し嫌いになってきた。相手の抱えるコンプレックスを周囲の嘲笑を誘いながらつつき回すなんて、なんて性格が悪いのだろうと。
しかし、彼は更に言葉を続ける。今度は室内全体に向けて、少し大きな声で。
「それにな、お前らこそ知らないみたいだけど、俺の召喚に使われた魔宝石とやらの数知ってるか? お前ら全員を呼ぶために使われたものより多いんだとよ」
ここで彼がマナカたちの知らない事実を開示する。その言葉に室内のざわつきが色を変え、彼の言葉を待つ。
だが彼の口から続いたのは、やはりマナカたちを嘲笑する言葉だった。
「つまりお前らは、俺っていう超レアキャラを呼び出すまでに呼ばれたノーマルキャラなんだよ。お前らに使われた石は文字通りの捨て石ってわけ。そうでなくても魔力なんかなくたって俺はお前らより強い。分かったらさっさと元の世界に────」
彼の言葉が最後まで続くより前に、唐突に彼に冷や水が被せられた。
比喩ではなく、実際にバケツをひっくり返したような水が彼の頭上に現れたのだ。
彼に対する印象が最悪なものでなければ、水も滴るなんて形容詞が使われそうな様子だったが、この室内でそんな印象をもった人間はいないだろう。マナカも例外ではなかった。
彼はずぶ濡れになった顔を拭ったあと、長い前髪をかきあげて隣の少女を睨む。
「お前な……」
「こっちの台詞よ、バカ。余計なことを考えるなって私言わなかったかしら」
余計なこととはなんだろうかとマナカは思う。彼の侮蔑的な言葉の数々は、室内にいる他の候補生全てを敵に回すものだったが、それを敢えてやる理由など一体何があるというのか。
「とにかく、このバカにはよく言って聞かせておくから。あまり気を悪くしないで……なんて言っても無理よね」
彼女の言葉が、室内の面々の顔つきを見て途切れる。それもその筈だ、彼女の言う通り、これで気を悪くしないなんて不可能に近い。
「質問なんですけど、さっきそいつが言ってた魔宝石ってものの話は本当なんですか?」
先ほど彼に黙らされてしまった背丈の低い男が、リィナに質問を投げかける。
他の候補生たちもそれは気になっていたようで、彼女の言葉を待った。
「ええ、悪いけどそれは本当。だから改めて、気を悪くしないで」
淡々と述べる彼女の言葉に、誰かが「最悪……」と呟き、その言葉を最後にナモリキズナと魔女さまは部屋を後にした。