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第十話 それでも僕は、まあやりましたけれども

「それでは、これよりこの男、ナモリキズナの処遇についての審議会を始める。各々、自由に意見を述べるように」

 キズナは、老年の男のそんな言葉をどこか呆然と聞いていた。

 彼は今、小さな法廷のような部屋の中央、被告人の立たされる証言台に立ち、自身の置かれた立場に現実感が伴わず上の空でいる。

 自由に意見を述べるように、との言葉だったが、この国の裁判においては日本のそれとは違い順序だったやり取りはないらしい、そんなことを他人事のように考えている。

 すると、キズナから見て左側に座っている赤毛の犬耳男が挙手をして発言の構えをとる。

「やっぱりよお、普通に殺しちまうんじゃダメなんかね? こいつが何を考えてどんな力で墓所の遺体を暴いたのかなんて分からねえが、悪意がないとは限らねえだろ? サクッとやっちまうのが手っ取り早いんじゃねぇの」

 キズナは、そんな知性の感じられない野蛮な言い分に思わず、男の方へ視線を向けて顔をしかめてしまう。すると男は「ああ?」とドスを効かせた声で脅しにかかり、キズナは相手にしてられないといった体で視線をゆっくりと外した。

「やっぱ殺そうぜ、なんかムカつくしさ」

「アクセル、お前はどうしてそう短慮なんだ」

 それに対してため息混じりに返答したのが、アクセルと呼ばれた男の隣に座る小柄な男だった。

 襟の長い服装で口元を隠し、初夏の空気に対して若干暑苦しい格好をしているが、根本ほど深くなる蒼い髪色がそれを感じさせない。子供にも見えるが、声からして成熟した大人のようだった。言動からして、自分を庇うつもりなのだろうかとキズナは考える。

「殺す前に、まずは拷問して目的を吐かせるのが先だ。召喚の儀式にこの世界の人間が混ざり込み悪事を企てた可能性を考慮して、大元を吐かせなければならないからな」

 全くそんなことはなかった、むしろより()()が悪いとげんなりするキズナ。

 戦士の国というだけあって、中々に血の気が多い。元々死にたがっていた身の上である以上、殺されるなら仕方ないとは思うものの、そんな彼とて拷問の末苦しんで死ぬのは御免だった。

 すると、そんな彼の内心に同調する人物が現れる。それは先ほども彼と会話を交わした男、フィリップだった。

「お待ちください。私はここに来る道中彼と話をしましたが、とてもそのような背景が見える方ではありませんでした。少々若さが見えるのみで、人に悪意を巡らせる人物には思えません。異世界から来たというのも間違いないでしょう、送り込まれた刺客である可能性は低いかと」

 フィリップに持たれていた印象にわずかにこそばゆくなるキズナ。しかし、若さが見えるという部分には若干苦い顔をせざるを得ない。

「そうじゃのお、そもそも召喚の儀式にこの世界の人間が介入してくることなど相当難しいものじゃ、まあ無理ではないがの。というかそんなことどうでもよいから研究の邪魔せんでくれんかの? こいつは殺さぬ、ワシは研究室に戻る。それで決定、ほい解散! どうじゃ?」

 折角フィリップがフォローしてくれたというのに、ゲオルクが無茶苦茶を言って議会に紛糾をもたらす。

「またゲオルク殿の悪い癖が出た!」

「そういって殆ど外患誘致を行ったことも一度や二度では────!」

 どうやら、ゲオルクが味方にいることは百害あって一利なしであるようだった。彼の発言に対する居並んだ面々の苦い顔がその証拠だ。もはやその内容以前に信用のなさで足を引っ張られている。

「ともかくよお、コイツの無実を証明出来ない限りこの国にぁ置いておけねえだろ? そこんとこ、どうなんだよ、姫さんとしちゃあ」

 矛先が向いたのは、先ほどから沈黙を保っているリィナであった。瞑目して場の流れを待つ様子にやきもきするキズナだったが、彼女は荒れる議会に静かに宣言する。

「彼は、悪意など持っていません。断言できます」

「そりゃ随分買った発言だな。姫さんにしちゃ珍しいが……証拠はあるのか?」

 挑発的なアクセルの態度にリィナは臆することもなく、法廷の奥に控えるガンズの方へ目を向ける。

「彼は、昨晩お祖父様の炎をその身に受けています。そして、それにより彼は焼かれることなく、その身体の傷を癒しました。それが証拠といえるでしょう」

 リィナの発言に、議会は若干の静けさを迎え入れる。そして、ガンズの方へと視線が集まった。

「ガンズ様、それは事実でしょうか」

 小柄な男がガンズへと問いかける。ガンズはそれにゆっくりと目を開き、声を発する。

「事実だ。こやつに悪事を成さんとする意思はない」

 ガンズの決定的な言葉に、議会は静寂に包まれた。それだけ、かの人物の持つ力は強大だということなのだろう。しかし、議論はそれだけでは済まない。

「だとしても、彼の処遇についてはどうなされるのです。放置すればそれだけで厄介事を呼び込むというのが、この報告書の内容でしょう。ここはもと居た世界に送り返すのが妥当な筋ではないでしょうか」

 小柄な男の言うことに、キズナは最もな言い分と考える。

 わざわざ、このような厄介事を無関係な人間が抱える義理もないのだし、被害が出るかもしれないのを置いておきたくないのも道理だった。

 だが、その言葉にはリィナが強く反発する。

「それは待って下さい。彼を追い返すわけにはいきません」

 リィナの心遣いはキズナにとっても嬉しいものだった。しかし、このような事で迷惑などかけたくないのも彼にとって本心だ。自分がもと居た世界に帰るなら、それはその世界での最期をやり直すことに他ならないが、一度は踏み切ったのだから、もう一度それを行うのも仕方ないことだった。しかし、そんな考えをリィナは更に否定する

「向こうの世界での彼の肉体は、既に死しています。だから……彼だけは帰ることは出来ないのです。その状態で送り返す儀式を行えば、魂が迷うことになる。それは私たちの信条に反するはずです」

「向こうでの……肉体?」

 キズナは、いきなり出てきた知らない事実に思わず声を出して反応してしまう。それもそのはずだ。自分の肉体はここにあるし、生きて動いているのだから。そんな話は受け入れられなかった。

「ええ、向こうでの肉体よ。地球の人間をこの世界に呼び出す召喚の儀式は、なにも肉体をそのまま異世界同士で呼び出している訳じゃない。その肉体が持つ魂を呼び出し、肉体を再構成しているの。だから、高所から飛び下りたあなたの肉体はそのまま死を迎え、魂だけがこの世界にやってきている。その状態でその魂のみを返せば、あなたの魂はさ迷うことになる」

 キズナは驚愕に包まれていた。ダインの話では、帰ろうと思えば帰れるということだった上、いざとなればそうするつもりだったからだ。

 いくら彼がもとの世界に未練がないと言えど、急に全く帰ることが出来ないとなればわずかに空白を心に生むことにもなる。

「ですから、彼はこの世界で生きていかなければならず、その彼の抱える問題を放置することは、このウルフェムラの民として見過ごせない。だからこそ、召喚に携わった私が責任をもって預かります。各々がた、それでどうかご納得いただけますよう」

 そんなリィナの一方的な宣言に、反対するものはいなかった。彼女の集める信頼が、ナモリキズナを救ったのだ。


           ◇


「で、これからどうするんじゃ?」

 キズナ及びリィナたちは場所を移し、先ほどの簡易法廷から別の会議室のようなところにいた。

 リィナの身柄を預かるという宣言に対し、リィナとキズナ、ゲオルクとフィリップ、そしてアクセルを含めた五人が揃っての話し合いの場であった。

「どうするって……先生、あなたが魔法の解析と対策を練られるのではなかったのですか。私はこの男の面倒を見なければならないので、それは先生の役目ですよ」

 ゲオルクはまるで虚を突かれたような表情をする。

「ほっほ、そうかそうか! ワシに任せてもええんじゃな? なら存分にやらせてもらうとするかの。まあおおよそ見当はついとるから安心せえ」

「全く安心できねえ……本当に大丈夫なんだろうな?」

 キズナはリィナの方へ目を向けて怪訝な顔をして見せるが、リィナはさもありなんといった体で肩をすくめ、しかしその問いには肯定した。

「問題ないわ、先生はこれでも研究者として一流なの。先生に無理なら私にも無理だし、不安があるとすれば倫理にかなった方法かどうかね。そこは私がフォローするから」

「イマイチ不安だな……俺こいつにいい印象ないんだけど」

 少なくとも自分の数倍生きている相手に向かってこいつ呼ばわりするキズナに、だが反論する人間はいなかった。恐らくそれぞれそれなりに思い当たる節があるのだろう。

「であれば、当面の問題はその解決策が見つかるまでの安全確保ですね。キズナさんの話ですと、昨晩のその怪物とやらは普段相手にされているより手強かったとか。お一人にするわけには参りません」

「それは問題ないわ、さっきも言ったけど私がこの男についておくから」

 事も無げに言って見せるリィナに、言葉を飲み下せないキズナ。首をかしげて疑問を表明する。

「ついておくって……まさか同じ家で寝泊まりする訳でもないだろ?」

「なにがまさかなの、そうするに決まってるでしょ」

 キズナの表情が固まる。同じ家で寝泊まり、この少女と。それは女性に不馴れなキズナにとってとてもじゃないが困惑する状況だった。

「逆にまさか、『美少女と寝泊まりだなんて恥ずかしくって寝れないぜ!』とか言わないわよね、ことは人命に関わるのに」

「ん、んなバカな……」

 思わず声に出して狼狽したキズナ。その場に集まった一同が彼に生暖かい目を向けた。

「い、いや……つか美少女ってお前な、そういう小芝居するキャラかよ。俺は単に、寝込みに火でもつけられないかと不安なだけで……」

 キズナの言い訳がましい言い分にリィナの視線が厳しくなる。キズナは徐々に小さくなっていく自分の声を他人事のように聞きながら、最後に「……はい」と同意した。

「まあ取り敢えず、この童貞ヤローを警護するために人員を咲く必要はねえんだな? 姫さん、言ったからには責任持ってくれよ。まああんたに言うまでもないとは思うけどよ」

 これまで様子を眺めるのみだったアクセルは、それだけ言って部屋を去ってしまった。

 キズナは、そのアクセルの態度に少し引っ掛かる。

「あいつ……俺が言えたことじゃないけどさ、おまえってこの国の王様の孫娘なんだろ? 自分でも言ってたが王族相手にあの態度ってありなのかよ」

「別に、あんなものよ。この国は王制ではあれど、世襲ではないから。そもそも王であるお祖父様はもう数百年退位せずに地位を守られてるし、実力主義だから、王族とかあまり関係ないのよ」

 キズナは、自分の聞き間違いかと耳を疑った。数百年、彼女は確かにそう言ったのだ。

「……いや待て、数百年? 数十年でも間違いかと思うんだが、数百年って言ったか? あの爺さん何年生きてんだよ」

「今年で王としてこの国を作ってからは五百四十二年になるわね。ご年齢はそこに三十年加えたくらいじゃないかしら」

 衝撃的なことをあっさりと言ってのけるリィナに、キズナは思わず気が遠くなる思いでいた。

「え、この世界って人間の寿命とかどうなってんの」

「どうって、理論上は魔力次第で永遠にでも生きられるわよ。まあ一応、存命の人物で最も長くて二千年程度と言われているわね」

 そこまで言われて、キズナははたとある可能性に思い至る。特に理由はないが、どうしても確認しなければならないと思った。

「……お前って実はすげえおばあちゃんだったりすんの?」

 不躾なことを聞くキズナに、リィナの平手が彼の後頭部へ炸裂する。ただの平手ではない、風の魔法を文字通り炸裂させて威力を増幅させた、小気味良い音のおまけ付きだった。

「だれがおばあちゃんよ、私まだ十九だから」

 自分と同い年だと知り、キズナは激痛に頭を抱えながらも少し安心した。それはそれとして本当に痛かったようで、呻きながら反論すら出来ずに踞っている。

 見かねたフィリップが彼の隣に跪いて、その頭に治癒魔法を掛けながら「気持ちは分かりますが、問い方を工夫しましょう」と宥めている。

「まあさておき、ワシは研究室に戻るぞい。考えがあるからの、それと……」

 ゲオルクはそう言いながらローブの胸元をゴソゴソと探り、ひとつの小袋を取り出した。

「ほれ、これを飲んでおきなさい。夕食後に一日一粒じゃ。それじゃの」

 そうしてゲオルクはキズナに小袋を渡すと、部屋をあとにした。キズナはようやく頭の痛みが和らいできたのか、よろよろと立ち上がる。

「で、どうするんだっけ?」

 気を取り直したのか何事もなかったように問うキズナに、リィナは小さく鼻を鳴らしたのち返答する。

「フィリップ、ひとまず家をひとつ用意してくれないかしら? なるべく他の住居から離れた場所がいいのだけれど」

「それならば、以前難民の受け入れ時に使用された北西の区画で使える家屋があるかと思います。諸々整備しておきますので、夕方頃にはお迎えにあがれるかと」

「そ、ありがと」

 とんとん拍子で決まってしまう自分の扱いに拍子抜けしながら、キズナはバレないように小さくため息をつく。

 彼女は確かに自分に協力すると宣言し、自分はそれに救われたが、不安は簡単には尽きない。

 これから先、彼女にどのように危険が及ぶかが分からぬ以上、自分はそれに対してどう向き合うべきか。ただひとつ言えるのは、もうこの呪いによって誰かの命が失われること、それだけは何としても避けなければならないと、強く覚悟を決める、キズナはそれを決心した。

 こうしてここから、彼の異世界での生活が本当に始まるのだった。

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