ʏ( 三 )ʏ 母とパン
「お母さん、いた!」
だいどころに入ったらそこにお母さん……妖咲唯音がみんなの朝ごはんの準備をしている。
「ね、お母さん。おはよう。わたしだよ。妖精になったの」
わたしはお母さんの目の前まで飛んでそこに止まってから声をかけた。
「お母さん? おーい……!」
なんかお母さんのようすがおかしい。わたしはいま声をかけて姿を見せようとしているのに、わたしのこと全然気づいていないらしい。まるでここにはだれもいないみたいな……。
「もしかしてわたしのことが見えないの? 声も聞こえないの? ね、お母さん!」
やっぱり反応なし。なんで? わたしが小さすぎて気づかない? そんなわけないよね。小さくたって14センチあって、手のひらくらいのサイズだし。目の前にいたら気づかないわけがない。さっきだってアキネは普通にわたしの姿を見て普通にわたしと話したのに?
わたしは再度自分の体を調べてみた。別に透明になっているわけではない。普通に見えている。
試しに小さなパン(といってもいまのわたしにとって電磁レンジみたいなサイズ感)を持ち上げてみたら……。
「きゃっ!」
なぜかお母さんは顔が青ざめてわたしを……というより、わたしの手の中のパンをゆうれいでも見ているような視線でながめている。しばらくしたらメガネを取ってからもう一度こっちにながめて顔をしかめて、そしてメガネをふいてからふたたびつけてもう一度ながめてため息をした。お母さん、どうなっているの?
「やっぱり、パンが……?」
お母さんそうつぶやいた。なるほど、そうか。やっぱりわたしの姿が見えないからパンがかってにういているみたいな光景になっている? たしかにそんな場面を目にしたらわたしだっておどろくよね。ゆうれいとかだと思ってしまう。
お母さん、わたしのことゆうれいだとでも思っているの? なんかショックね……。
「お姉ちゃん、みっけ! やっぱりここにいたのね!」
「アキネ……」
アキネはわたしを追ってここまで来ちゃった。なんか『おにごっこ』って気分だな。いまのアキネはわたしにとって本当に『おに』みたいな存在で、つかまえられたらえらいことになるおそれもあるし。
「え? アキネ、いま『お姉ちゃん』って……何のこと言ってるの?」
「この妖精はお姉ちゃんだよ!」
わたしのほうに指差しながらアキネはお母さんに言った。
「パンは妖精? 何のこと?」
「いや、パンではなく、そのパンを手のしている小さな女の子のことよ」
「女の子……? でもあそこにはただかってにういているパンしか見えないんだけど」
「そんなわけないでしょう。妖精がいるよ!」
「え? いや、でも……」
「お母さん、本当に見えないの? うそ……」
やっぱりそうか。理由はわからないけど、どうやらわたしの姿はアキネにしか見えないみたい。
「ごめんね。お母さん。おじゃましちゃったね」
わたしはとりあえず謝ってパンをもとの場所に置いてからだいどころの窓を通って家から出て去っていく。わたしの声もお母さんには聞こえないだろうとわかっているけど。
「あ! 待ってよ。お姉ちゃん! どこに行くの?」
「ね、アキネ。いまのはいったい何のことなの?」
いまでもわけがわからなくて困っているお母さん……。事情の説明はとにかくアキネに任せておこう。
でも他の人はわたしの姿が見えるのかな? 試してみないとね。お父さんは……いままだ寝ていると思うから、じゃましないほうがいいか。
とりあえず外に出て町でいろいろ体験してみよう!




