第二十五話 会長の謎
「ジュリカ…… 一体何が起こっているのだ……」
ステラは困惑しながら声を漏らし、目の前の光景に信じられない気持ちでいっぱいだった。
数十分前まではいつものジュリカだった。しかし、今では頭から二本のツノが生えていて、まるで魔類のような姿をしていた。
「アーデルハイト!」
エレナは立ち上がり、アーデルハイトの元へ向かおうとする。だが、ジュリカの一振りでエレナは激しく飛ばされた。
「エレナ先輩、大丈夫ですか!」
「私の方は大丈夫よ……」
そう言って、身体を起こす。
目線の先では、ジュリカとアーデルハイトの戦闘が再び始まる。しかし、一方的なジュリカの攻撃にアーデルハイトは防戦一方だった。
「僕と戦った時よりも魔力の流れがおかしい……」
「えっ…… ステラ、彼女を止めるわよ。手遅れになる前に!」
「あぁ!」
何かに気づいたのだろうか。エレナは予備の剣を握り締めて構える。ステラも続いて剣を構えた。
「エレナ先輩はアーデルハイト先輩の方をお願いします」
「分かったわ。救護班の生徒に引き渡したらすぐに向かう」
「はい」
ステラとエレナは、ジュリカとアーデルハイトの間に割って入るように動き出した。
なんとか引き離しには成功したが、ジュリカの目には狂気が宿っていた。
「会長、目を覚ましてください!」
ステラの声は会場中に響き渡るが、ジュリカには届かない。
目線の先でゆっくりと《鬼哭》を構えるジュリカの姿に、思わず背筋が凍る。
(エレナ先輩は…… 大丈夫みたいだな)
ステラは周りに誰もいないことを確認し、
「〝紫電剣光〟」
刀身が紫色に包まれた剣を構えた。
(戦うことでしか、止められないのか……)
そう思い、ステラは動き出した。同時にジュリカも動き出す。もう、敵味方関係ないみたいだ。
二人の剣はぶつかり合い、鋭い音が会場中に響き渡る。
「〝殺鬼一刀〟」
ジュリカが《鬼哭》を振り下ろすたびに、自分の魔力が奪われているのが分かる。
「〝長距離移動〟」
(まずい……)
これである程度、距離を離せたと思ったが……
「まじか…… 空間も切断してしまうのかよ」
長距離移動を使ったにも関わらず、ジュリカの目の前に再びワープした。
「逃がさない……」
その低い声は、ジュリカではない別人の声だった。
「君は一体何者なんだ」
「私は…… 私は……」
魔力が《鬼哭》に吸収されているのが感じられたステラは、危険な予感に襲われた。
「〝風壁〟」
ステラはジュリカからある程度距離を取り、防御する姿勢をとった。だが、次の瞬間……
「〝牛鬼長刀〟」
二百メートルほど離れているにも関わらず、ステラは胸から腹部にかけて猛烈な痛みを感じた。
「くっ……」
ステラは苦痛に顔を歪めながらも、必死に意識を保った。視界が揺れる中、ステラは自分の傷を確認する。深い切り傷から血が勢いよく流れているのが分かる。
(先程と同じようにすぐ治るはず……)
ステラは剣を地面に突き刺して、体を支えた。
「逃がさない……」
少しずつこちらに向かってきている。
(もう、こうなったら……)
ステラは立ち上がり、左手を胸の近くに持ってくる。そして、《古の紋章》を発動しようとした。
「これで止め…… ぐっ!」
だが、紋章が発動しない。それどころか、傷がさらに開いた感じがする。再び地面に膝をつく。
(紋章が発動しない……)
気づけば、ジュリカが目の前に立っていた。
「目を覚ましてくれ…… ジュリカ!」
その言葉に反応もなく、ゆっくりと《鬼哭》がステラの真上に持ち上げられる。
(これ、本当に死ぬかも……)
いくら不老不死の能力があっても、首を斬られたら終わりだ。ステラは死を覚悟した。
しかし、いくら待っても《鬼哭》はステラの真上から振り下ろされることはなかった。
「ジュリカ……」
顔を上げて彼女の顔を見ると、そこには赤い涙が流れていた。
「私は…… なんてことをしているのだ……」
我に返ったのだろうか。頭のツノがなくなっている。
「ステラ、その傷……」
胸から腹部にかけて一直線に延びる傷を見て、ジュリカは困惑の表情を浮かべる。そして、手にしている《鬼哭》を見てようやく現状を理解した。
「まさか、この傷は私が……」
「……」
ステラはジュリカから目を逸らした。それに気づいたジュリカは、「本当に…… ごめん……」とだけ言い残し、会場を後にした。
「ジュリカ…… 待って」
ステラは、立ち上がり、どこか悲しげな彼女の背中を追いかける。傷は深く、痛いはずだ。なのに今は痛くもなく、それどころか体が軽く感じる。
追いかけた先は、先程の控え室だった。
「会長……」
ステラは一歩ずつジュリカに向かって歩く。
「大丈夫ですか……」
「私は大丈夫だ。だが、君は……」
そう言ってジュリカはステラの方へと顔を向ける。
「僕は大丈夫です」
実際は大丈夫じゃないが……
「そうか……」
沈黙の時間が流れる。二人の間には、言葉では言い尽くせない思いが渦巻いていた。
「会長…… あの時何があったのか、話してくれませんか?」
「……あの時……」
ジュリカは言葉を詰まらせる。
(何か、言いたくないことでもあるのだろうか)
ステラはそう思っていた。だが……
「彼女は何も覚えていないわ」
突然、ステラの後ろから声が聞こえた。
振り返ってみると、そこには印象的なツノが生えている神類の王女が立っていた。
「何も覚えていない…… 本当なんですか?」
「本当よ。先程の試合の事は一つも覚えていない。そうでしょ、ジュリカ」
「……」
ジュリカは無言のまま立ち上がる。どうやら本当に覚えていないらしい。
「……どいてくれ」
ジュリカは、王女を押しのけるようにして控え室から出ようとする。しかし、王女は彼女の腕を掴んで引き止めた。
「彼にあの事は言わないの?」
「……離してくれ」
「……」
ジュリカの腕から王女の手が離れ、そのまま控え室を出て行った。
「相変わらずね、あの態度。まぁいいわ」
ジュリカを見送った王女は、ステラの方へ向かって歩いてきた。
「初めまして、ステラ君。私はラルテン神王国の第一王女ルカ・ゼルビス・ディ・ヴェルツブルク。よろしくね」
「よろしくお願いします……」
ステラは差し出された手を握り、握手を交わした。
「ところで、ルカ王女が言っていた『あの事』とは一体何ですか?」
「……私が教えてもいいけど、やはり本人の口から聞くべきよ。あれは彼女の過去に深く関わることだから」
「過去に関わる……?」
「これ以上は話せないわ。あとはジュリカ本人から聞いて」
ステラは静かに頷いた。
「それよりもステラ君、この学園を案内して欲しいのだけど、頼めるかな」
「僕で良ければ」
「ありがとう」
そう言ってステラと神界の王女ルカは控え室を出て行った。




