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第二話

挿絵(By みてみん)


 麟国――ラゼン城(落城した龍国の城)。

 城下町アラク。

 笠を被った男が町の外からやってきて、門番(麟国の兵士)と会話し、アラクの雑踏の中へと入っていく。

 彼は城門へ着くと、自分の身分を証明する黄水晶のついた髪留めを取り出し、長めの髪を後ろで括った。笠を外し、門を叩く。門兵は扉を開けつつ、彼を見るなり言った。

「久しぶりだな百鵺びゃくや

「久しぶり」

「……機嫌が悪そうだな」

「悪いことが起きたんだ」

「大丈夫か?」

「俺の身にじゃない」

 それ以上は口を開く気がないのか、百鵺は城門を通って行った。

 麟国の将軍達の集まる《ランマンの間》へ「業百鵺ぎょうびゃくやが帰ってきた」と言う知らせが入った。将軍の一人、業斑玩ぎょうはんがんは百鵺を通すように命じた。

「父上」

「百鵺、例の件はどうなった?」

「火傷痕で見えづらくはなっていましたが、確かに麒麟のアザを発見しました。間違いありません」

 それを聞き、将軍達、その手下達から感激の声が上がる。

「……見つかったのだから喜んではどうだ」

 斑玩のセリフに、百鵺は苦々しく下唇を噛む。その様子を見て、将軍達は黙り込み、続きの報告を待った。

「瑩凰様は龍国の獲雲の兵士に強姦されました……」

「「「!!」」」

「俺がいながら、守れず……」

「お前は後程罰を受けろ。それより龍国の奴らだ。タダでは済まさんぞ。その獲雲と言う部隊はどこに潜んでいる?」

「クウロ砦で野営しています」

「私が向かおう。今すぐにだ」

 いや、私が。そんな声が次々と上がるが、斑玩は手でそれを制し、将軍達を宥める。

「私が全員の皮を剥ぎ、その皮を奴らの尻の穴に捩じ込んできてやる」

 その一言を聞き、「それじゃあ足りない、炙った鉄の棒を入れろ」だとか、「毒虫を入れろ」だとか、「半日を掛けて肉を削げ」だとか様々な意見が飛び交った。

「いいだろう」

 と、斑玩はその意見に賛同した。

 業百鵺は下唇を噛むのを止める。

「父上、俺にも同行させてください」

「お前はまだスパイとして潜り込んでもらう。瑩凰様を取り返すまで、傍で守って差し上げてくれ」

 百鵺の脳裏には自分の頭を撫でた瑩凰の姿が浮かんだ。

「はい……っ! はい……命を賭けて、必ず守り抜いて見せます!!」

 その言葉に、斑玩は深く頷いた。

 百鵺は声を掛けてくる門兵に軽く返事をし、城下町アラクへ出て、その町で装飾品の店を見つけ、立ち止まった。

「これは?」

「いやぁ、お目が高い。偽物の黄水晶ですが、手頃で人気なんですよ」

 龍国の民だ。落城したその場所でまだ店を出すとは肝が据わっている。麟国の兵士は龍国の民に興味がないらしい、咎める者はいなかった。

 店主の男が持つそれは、他の品より遥かに出来が良く、目を引いた。見事な鳳凰の細工が施されている。

「……あの人に似合いそうだ」

「想い人ですか? きっと喜ばれますよ」

「……これで足りるか?」

 服の裾から出した金の装飾品に、店の男は目を見張らせた。

「お、多いくらいです!」

「これしかないんだ」

 そう言って男に押し付けて、鳳凰の腕輪を眺めながらアラクを後にした。



.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+




「凰麟様」

「麗可?」

 名前を呼ばれ、振り返れば、真剣な顔つきで自分を見る麗可を発見した。

 麗可はもじもじと背に何かを隠しながら、ちらちらと凰麟の様子を伺う。

「もう1週間前のことですが、貴方を守れなかったことを謝らせてください」

「何で麗可が謝るんだ?」

 麗可の戸惑う顔を見て、凰麟は思い出す。

「…………そう言えば、君の命はわたしの命だったな。気にするな」

 ぽんぽんと慰めるように頭を撫でられる。麗可の顔は真っ赤に染まった。

「こ、これを」

「?」

「お、凰麟様に似合うと思いまして……」

 小さな黄水晶の嵌められた鳳凰の腕輪が、麗可の手の上で煌めいた。

「宝石は偽物ですが……」

「ど、どうして麗可がわたしに贈り物なんて……」

「付けなくてもいいので、どうか受け取ってください」

 必死な声音でそう言われ、凰麟は驚いた。

「…………! ありがとう。貰うよ」

 焦ってそう言って、腕輪を手に取る。その様を、麗可はぽうっと眺めた。

 手首に付けると、麗可は満足そうに笑った。

「それは誓いの品です。今度こそ貴方を守り抜いて見せます。お守りだと思ってください」

「麗可……どうしてそこまで」

「愛しているんです」

「…………、え……?」

 麗可の真剣な顔つきから出た言葉に、凰麟は一瞬呆けてから、顔を真っ赤に染め上げる。

「え!?」

「…………身の程知らずなのは分かっています。ですから、必ず貴方を守り抜きます」

「れ、麗可」

 麗可は凰麟の手を取り、跪いて口付けようとする。

 凰麟はその未来を予測して、顔を真っ赤に染め上げた。

「――っ!!」

 ――――しかし、その行為は凰麟の後方から現れた者の手によって止められた。凰麟の白い手は麗可から奪われ、奪った相手は凰麟の手首に嵌められた腕輪を眺めていた。

「牙獲さま?」

「…………」

「……!!」

 麗可は憎いと言わんばかりに、牙獲のことを睨み付ける。

「凰麟、見張りの時間だ」

「……っ、分かりました」

 凰麟は顔つきを変え、言われるまま、麗可と牙獲と別れる。二人きりになってから、牙獲が麗可を睨み付けながら言った。

「凰麟はお前のことも誘惑したのか?」

「貴方こそ、凰麟様を好いていないのなら、誘惑しないでいただきたい」

「…………何の話だ?」

「無自覚ですか、貴方は青璐様が同じような状況にあっても止めましたか?」

 はんっと嘲笑するように笑う麗可に、牙獲の眉がピクリと震える。

「青璐は男から贈り物なんてされたことはない」

「凰麟様はあると?」

「…………」

「そう言えば、青璐様から頻繁に衣や菓子を貰っているようですね」

「…………」

「だから貴方は青璐様に嫉妬している」

「何?」

「青璐様への特別な情は確かにありそうです。幼少期から共に過ごした大切なご友人ですからね」

 なぜそんなことを知っている? と、牙獲は思ったが尋ねることはしない。相手の言葉を無意識に待っていた。

「ですがそれ以上に特別な存在が出来ることを貴方は気付けていない」

「どう言う意味だ」

「貴方は恋をしたことがありますか?」

「……急に何だ」

「貴方から向けられる青璐様への感情は恋ではありません」

「…………」

「なら、青璐様と凰麟様が親しげに話している時、嫉妬を覚えるのは……何故ですか。凰麟様が私と共にいる時、邪魔をしたのは何故ですか」

 麗可は冷酷な目を牙獲へ向ける。

「貴方にだけは、例え命を失うことになろうと、凰麟様を渡すことはありません」

「お前が決めることではない」

「――ッ!?」

 ピシャリと言い渡され、麗可の顔は憎しみに歪む。

「凰麟様を散々傷付けておきながら、まだ傍に置く気だと?」

「…………」

「たかだか将軍風情が、身の程を弁えろ!!」

「それはこちらのセリフだが? ただの平民風情が俺の事情に口を出すな」

「……!!」

「それに、俺の意思ではなく凰麟の意思だ。あいつの命は俺のもの、らしいからな」

「な……っ」

「分かったらお前も見張りへ行け。……お前の忠誠は凰麟へ注がれているようだな、凰麟とは反対側の場所へ向かえ」

 去ろうとする牙獲の背に、麗可は静止の声を掛けるが、牙獲は振り返ることはなかった。



.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+



 出会ったばかりの頃、牙獲は青璐と二人で年下の凰麟を可愛がっていた。

 青璐のスキンシップが激しくなるにつれ、凰麟と青璐の距離が縮まるにつれ、牙獲は嫉妬を覚えた。

 染家が身目良い養子を探していると聞き、牙獲は染家へ凰麟を勧め、染家へ届け物をする際凰麟を使わせた。

 染家は思い通り、凰麟の容姿に食いついた。凰麟は離れることを寂しがっていたが、彼の将来のことを思っているように説き伏せて、納得させた。

 凰麟がいなくなってから、嫉妬を覚えることは無くなった。しかし、ぽっかりと胸の中に穴が空いたような感覚があった。弟として可愛がっていたためだろう。

 久しぶりに凰麟が顔を見せると、青璐は凰麟に会えなかった分必要以上に甘やかした。

 その頃になると、青璐が凰麟を特別な目で見ていることに気が付いていた。

 牙獲はそれに、酷い嫌悪感を抱いた。

 牙獲が凰麟を冷たくあしらうようになったのは、その時からだった。

 そして、自分が青璐を好きなのだと思ったのも、その時だった。



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 牙獲は部下達と砦の守護の作戦を考えた後、自分の部屋で休んでいた。

 ベッドに仰向けに倒れ込み、麗可に言われた言葉を思い出す。

 青璐と凰麟が仲良くしていた時、嫉妬を覚えた。青璐が過剰なスキンシップを凰麟に行った時、嫌悪感を覚えた。

 青璐が凰麟を好きだと知った時、吐き気すら覚えた。

 ――凰麟が板岳達に暴力を振るわれ、性的暴行も振るわれたと知り、怒りを覚えた。

 そして、麗可が凰麟の手を触り、そこに口付けしようとした時…………――殺意を覚えた。

 麗可は青璐が同じ目に合えば、と言っていたが、想像出来なかった。

 その代わり、凰麟のことは簡単に想像出来た。

 見目麗しい凰麟には、男も色を覚えるほど儚い美しさを見せることがある。凰麟は女性にもモテたが、男にもモテる。

 同じ隊であるから分かる。隊の者も、そうでない者も、偶にだが彼に熱っぽい視線を向ける輩がいた。

 そう言う時は、友人の凰麟を守るためだと理由をつけて彼らから遠ざけていたが……。

 麗可の言葉を思い出す。

「俺が凰麟に恋をしているとでも……?」

 バカな。

 それでは今まで、俺は愛した相手を虐めてきたのか。

 自ら嫌われるようなことをしてきたのか。

「俺が好きなのは青璐だ……」

 そうかぶりを振ってから思い浮かべるのは、凰麟の姿だった。



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 龍国――クウロ砦。獲雲野営地。

 周辺。

 砦の周囲を囲むように、凰麟達は見張っていた。

「凰麟様」

「麗可」

 凰麟の隣に麗可がやって来て、凰麟は気不味そうに顔を背けた。

 耳が赤くなっているのを見て、麗可は口元を緩める。

「…………牙獲様のどこに惹かれているんですか?」

「え!?」

 顔を真っ赤にして振り向く凰麟を見て、麗可は慈しむように目を細めた。

「な、何でそれを」

「見ていれば分かります」

「……みんな知ってる?」

「大声でいつも言ってるじゃないですか。貴方は牙獲様の命だと」

「……だ、だからって惹かれているとは限らないんじゃ」

 凰麟はそう言ったが、先ほど愛していると言われたばかりだと思い出して、自分の言ったことに対して、あれ、と疑問を抱く。凰麟が頭を押さえて混乱していると、麗可がそれを見ながら言った。

「それで、一体どこに惹かれる要素があるんですか?」

「……かっこいいだろ」

「容姿だけですか?」

「全部含めて。戦ってる姿も、普段の姿も、昔、優しかった時も。今でもずっと、かっこいい」

「はあ……貴方にはそんな風に見えているんですね。酷いことをされたのに、傷付けられたのに、それでも愛しているんですか」

「愛してる」

「…………」

「どんなに嫌われたって、どんなにいじめられたって、ずっと傍にいたいんだ。……ひとりぼっちになったわたしを、助けてくれた人だから」

「ひとりではないと言ったら?」

「え……?」

「貴方の家族が、生きていると言ったらどうですか?」

 真剣な顔で麗可に見つめられる。凰麟は酷く戸惑っていた。

 わたしの家族が生きている? わたしは、わたしは。

「……会いたいけれど、牙獲さまや青璐さまから離れたくはない」

「……っ!!」

 麗可は無理やり凰麟の腕をひっ掴み、自分へと引き寄せた。

「それでも貴方を連れて行くと言ったら!?」

「…………麗可? どこに連れて行くって言うんだ?」

「…………っ、いえ、何でもないです。今はその時じゃない。……っ!!」

 麗可はそう言ってから、ハッとする。それには凰麟も反応した。

「――だ!! 奇襲だあああああ!!」

 そんな声が聞こえて、凰麟は麗可にその場を任せ、牙獲の元へと走る。麗可の静止の声が聞こえたが、凰麟の頭の中は牙獲のことでいっぱいになっていた。

 牙獲さま、……牙獲さま!

 麟国の敵兵は、どんどん砦の中へ入り込んでいく。それを見て、凰麟は非常に焦っていた。砦は数分後には四方八方を敵に囲まれ、深くまで入り込まれている。

 牙獲のいる塔にも既に敵が突入しているらしかった。

 凰麟は敵兵を倒しながら、牙獲の元を目指した。



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「牙獲さま!」

 塔の中まで入り、牙獲の姿を探していると、奥から金属と金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。凰麟は耳を澄ませ、音のする方向へと走り出した。

 扉を蹴破られたらしい部屋の中に入ると、牙獲と豪華な鎧を纏った男が戦闘を始めていた。

「牙獲さま……っ」

 男が凰麟の姿を捕らえて、目を見開かせ、隙を見せる。

 その一瞬を突き、牙獲はパワーで押し込み、相手の剣で防がれたそれを真っ二つにへし折った。剣は鎧を砕き、相手の胸を裂いていく。

 敵は後方に避けたらしく、傷は浅い。敵は傷を押さえながら、凰麟を見て言った。

「貴方だ、アザを見なくとも分かる。その髪、その瞳の色、貴方の母君と父君にそっくりだ」

「……っ!!」

「……?」

 牙獲は息を呑み、凰麟は戸惑う。

 中央の国、麟国から東の国龍国へ流れる狼河、その狼河から流されてやってきた凰麟。

 麟国の閻魔帝が探す麟国の皇子の噂。

 可能性を考えなかったわけではない。しかし、それは可能性でしかなかった。

 敵の男は部下達の残した武器を手に取ると、凰麟に向き直って言った。

「私は業班玩!! 一緒に国へ帰りましょう、瑩凰様!!」

「……えいおう?」

 その名を聞いて、凰麟は戸惑う。かつて自分をそう呼ぶ者達がいた気がした。

「凰麟、お前は下がっていろ!!」

 互いの部下は既に床に伏している。その場にいるのは牙獲と班玩、凰麟だけだった。

 牙獲と班玩が再び戦い始めると、階段から敵が登ってくる音が凰麟の耳に届いた。凰麟は階段前に向かい、敵を次々と倒していく。

 麟国の兵士を前にしても圧倒的であるその強さに、牙獲も、班玩も、彼が麟国の皇子であると確信する。

 戦いは勢いを増した。

「瑩凰様! 私は貴方を国にお連れするために来たと言っても過言ではありません、貴方の受けた屈辱もこいつらに返してみせます!!」

 目の色を変えてそう吠える班玩に、牙獲は血相を変える。

「ここにいるのは瑩凰などではない! 染凰麟だ!!」

 牙獲の剣が、班玩の剣を弾き飛ばす。振り下ろされた牙獲の剣は、相手に致命的なダメージを与えた。相手もそれで終わりではなかった。牙獲の右肩に、弾き飛ばされた剣が振り下ろされ、抉るような傷を作っていく。

「牙獲さま!」

 倒れかかる二人の元に、それぞれの部下が集まる。

「班玩様、班玩様を逃がせ!!」

 敵兵は気を失った班玩を運ぶ。牙獲は地面に肘を突き、剣に体重を預けながら敵を睨み付けた。

「牙獲様、下はもう全滅です!! 周りは麟国の兵で埋め尽くされています、撤退するべきです!」

「凰麟」

「はい」

 呼びかけられ、凰麟は牙獲の顔に顔を寄せる。

「お前達だけで逃げろ」

「は?」

「他の将軍と合流し、命令に従え」

「……嫌です!!」

「凰麟」

 睨み合う二人を見て、兵士は戸惑う。

「牙獲様を運べ、わたしが道を切り開く!!」

 凰麟はそう言って立ち上がり、床から剣を2本拾い、両手に構えて走り出す。生き残った数少ない獲雲の兵士達は、鳳凰・凰麟の背に励まされ、敵兵の中をどんどん進んでいった。

 しかし敵兵を突破した頃には、牙獲と凰麟、数人しか残らなかった。凰麟が騎兵から馬を奪い、みんなで逃げ出すも、追いかけて来る敵はかなりの数だった。

 森の中へ逃げ込むと、仲間たちが言った。

「我々が囮になります、凰麟様は牙獲様をお願いします!!」

「凰麟、後は頼んだぜ」

「命を張って牙獲様を守り抜け!」

 仲間達は返事をする前に雄叫びを上げ、自分達を捜索している敵の前へと向かって行った。

 牙獲を後ろに乗せ、森を走っていると、砦の跡地が見えて来る。

 クウロ砦が立つ前にあった廃砦だろう。

 凰麟はそこに身を隠すことに決めた。

 囮作戦は成功したようで、廃砦周辺に敵の大軍が向かって来ることはなかった。

 ちらほらと、廃砦を捜索に来た敵もいたが、凰麟は彼等を簡単に倒した。倒し過ぎると居場所がバレる可能性もあったため、廃砦の中も移動し隠れ回った。

 敵が諦めた頃、牙獲の鎧や服を脱がせ、傷の様子を見る。

「逃げ回っている最中に薬草を見つけました。取ってきます」

「凰麟」

 牙獲に腕を掴まれ、凰麟は戸惑いの顔を浮かべゆっくりと振り返る。

「なぜ俺を助ける。俺はお前に散々、酷いことをしてきた筈だ。お前は俺を恨んでいる筈だ」

「前にも言いました。貴方を恨んだことはありません」

「凰麟、俺はもう死ぬ、だからお前だけでも逃げろ」

「いいえ、貴方は死にません。わたしが助けて見せます……っ」

 涙目でそう言い張る凰麟を見て、牙獲は憎いと言わんばかりに凰麟を睨み付ける。

「命令だ、ここを離れろ」

「絶対に嫌です」

「凰麟!!」

 目をぎゅっと瞑って、凰麟は声を荒げる。

「牙獲さまを置いていくなんて考えられません!! ここにいたら死ぬと言うのなら、わたしは牙獲さまと共に死にます!」

「青璐がお前を待っているんだ!!」

「わたしは牙獲さまのそばにいます!!」

「愛する者のそばにいろと言っているんだ!!」

 肩を掴まれ、そう熱弁されるが、凰麟はそれを否定するように首を振る。

 泣きじゃくりながら、牙獲の背に腕を回した。


「――わたしがお慕いしているのは牙獲さまです!!」


「…………っ」

 目を見開き、自分に縋り付いて来る相手の腰を支える。

 自分の胸で嗚咽を漏らす凰麟を見詰めながら、牙獲は頭の中が真っ白になった。

 鼓動が早まり、身体中の熱が沸き立つ。

 ずっと胸を締め付けて苦しかったそれが外れたどころか、形を変えて再び胸を締め付ける。

「…………」

「好きです、好きです……牙獲さま」

「凰……麟」

 牙獲は腕の中の凰麟を見下ろし、眺め続ける。

 敵の血や、自分の血で汚れ、涙で汚れた凰麟の顔をじっと眺める。牙獲は泣きじゃくる凰麟の頬に手をやり、涙を拭った。

 凰麟が泣き止むまでそうして、彼が泣き止んでから、牙獲は気を失うように凰麟の上へ倒れ込んだ。



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 龍国――麟国の戦は麟国の勝利に終わった。麟国はある重要な知らせを閻魔帝に伝えるために、龍国の七つの城を落とした後引き返した。

 後に、龍国の王には閻魔帝から、麟国の皇子を差し出せ、差し出さなければ龍国を滅ぼすと言う内容の手紙が届いた。

 龍国の王はそれに恐れをなし素直に従う気でいたが、麟国からの情報で知った麟国の皇子の居場所・獲雲は既に全滅したと言う知らせが届いていた。

 閻魔帝にもその知らせは届いているだろう。つまり、差し出せないと知っておきながら、恨みを込めた手紙を送りつけてきたのである。

 2年後、龍国は麟国に滅ぼされた。

 麟国は武国を相手した時のように容赦なく将軍達を殺すことはなかった。

 皇子の死体が出てこないことから、もしかしたらまだ生きているかもしれないと、捕らえた将軍を登用し、捜索させたのだった。

 青獅子・青璐は、獲雲との仲も良かったため、捜索隊としてクウロ砦付近へ向かわされることが多かった。

 青璐は龍国の王への忠誠が高かったわけでもないため、今は閻魔帝に従っている。まさか凰麟が麟国の皇子だったとは思いもしなかった。

 かつて戦場で獲雲全滅の知らせを受けた時、青璐は戦場にいながら頭を真っ白にして戦った。

 青璐が龍国に尽くしてきたのは、民のためと、凰麟と牙獲のためだった。彼らが龍国にいる、だから龍国を守る。たったそれだけの理由だったので、今麟国が凰麟を諦めずに探していることには好感が持てたし、逆らう理由もなかったのだ。

 彼らを失ったと知った時、悲しみに暮れる暇もなく、龍国を滅ぼすと言う麟国からの宣戦布告を受けた。民を守ると言う戦う理由があったために、青璐は戦った。

 龍国の王が追い詰められ、王族の命と引き換えに民の命を救うと言う条件で、龍国は滅ぶこととなった。

 青璐は当時獲雲を追い詰めた兵士らに、牙獲たちを最後に見たのはいつか聞いて回った。牙獲は傷を負っていたと聞いた。

 もしかしたら、牙獲が死亡していて、凰麟は……その後を。

 そう考え、かぶりを振る。

「あいつらは生きている……絶対に」



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 龍国――クウロ砦近辺の廃砦。

 凰麟は気を失った牙獲を廃砦の中に残っていたベッドに寝かせ、廃砦の周りに生えた草むらから薬草を取りに来ていた。

 凰麟は急いで薬草を取り終えると、牙獲の眠る部屋へとやってきた。短くなり消えそうになっている蝋燭を新しいものに変え、牙獲の深い傷の上へ薬草を貼り付けていく。

 牙獲は気を失っており、荒い息を吐き続けるばかりだった。

 廃砦には持ち出されていなかった乾燥した食糧等が残っており、

凰麟はそれを食べつつ、牙獲にも粥を用意してゆっくりと食べさせた。

 凰麟は何ヶ月も掛け、牙獲の世話をした。

 毎日の日課である薬草取りをし、牙獲の傷に張り付けた薬草を取り替える。

 別の薬草を刻み、粥に混ぜて、味を確認する。

「牙獲さま、ご飯ができました」

 目を覚さない牙獲を抱き起こし、彼の口に匙をつけ、ゆっくりと飲ませていく。

 食事が終われば牙獲を寝かせ、凰麟はそろそろ底を尽きそうな食糧を探しに、クウロ砦へやってきていた。

 前の戦で麟国が勝利し、既に撤退した時期だった。

 凰麟はそれを知らない。警戒を解かずにクウロ砦の中に入り、食糧を探すも、敵兵に全て回収された後だったらしい。

 凰麟は廃砦へと帰り、森にいる獣を狩った。

 牙獲の傷は深い、薬草だけではそう簡単には治らなかった。

 体力回復のためにも、お肉も食べて貰わないと……。

 でも、牙獲さまは目を覚さない……。

 獣を捌き終え、肉を干し、牙獲のいる部屋へ戻る。

 薬草を取り替え、かつて自分の服の一部をさいて作った歪な包帯を巻いていく。

 夜になり、凰麟は疲れ切ったように牙獲のそばで眠りについた。

 牙獲が目を覚ましたのは、最後の一本であった蝋燭が短くなり消えかかっていた時だった。

「う……」

 以前より塞がってきている傷は、まだ動くと開く。牙獲は安静にすることを選び、再びベッドに寝そべった。

 そばで眠る凰麟に気がつき、そっと髪を撫でる。

 水浴びが好きな凰麟はいつもさらさらの髪を揺らしていた。今は血や汚れがこびりつき、ボサボサだった。

 そんな髪を優しく撫でてから、そっと、クマの出来た目元に指を這わせる。

「…………」

 指を離し、手のひらで頬を優しく撫でる。涎を垂らす唇に親指が触れた。

「…………」

 長いまつ毛が震え、ゆっくりと凰麟の黄金の目が開かれる。

「牙獲さま……!」

 目を開けている牙獲に気がつき、凰麟が涙目で顔を寄せて来る。

「ありがとう、凰麟」

「え……?」

 戸惑う凰麟に、牙獲は優しい微笑みを浮かべる。凰麟はそれを見て目を見開いた。顔を真っ赤にして、俯く。牙獲はその反応を堪能するかのように、じっくりと眺め続けた。

「本当に俺が好きなんだな」

「なっ……いえ、その。はい……」

「そう言えば以前から、そんな顔をしていた気がする」

「ど、どんな顔ですか!?」

 顔を両手で押さえる凰麟を見て、牙獲は口元を緩める。

「俺は青璐が好きだ。……だが、お前を好きになれるよう努力しよう」

「え?」

「青璐のことは諦める。お前を好きになりたい」

 今でも牙獲は青璐を好きだと思っている。だが、それ以上に凰麟を好きであると、気付いた。

 それでもその気持ちを、素直に伝えることはまだできない。

 重たい理由ではない、ただ、恥ずかしい。

 真っ赤になった凰麟を眺めながら、牙獲はゆっくりと眠りについた。

 蝋燭の明かりが消え、凰麟も眠ろうとベッドに顔を伏せる。

 火照った顔は一向に冷めることはなかった。



.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+.。.:✽・゜+




 牙獲が完全に回復したのは、あの戦から2年と半月が経った頃だった。

 廃砦の中庭で、木の棒を振るい、鍛錬を積んでいる時だった。

「牙獲さま、そろそろ国へ帰りませんか?」

「ああ。そのつもりだった。お前の身分は隠しておけ」

「身分?」

「お前はおそらく、麟国の皇子……閻魔帝・鸞挺劉の息子、鸞瑩凰だ」

「あの閻魔帝の、息子?」

 呆けていれば、牙獲に抱き締められる。牙獲の汗の匂いにドキドキしていれば、ちゅ……と頭の上で短いリップ音が鳴った。

「が、牙獲さま!?」

 見上げれば、牙獲の顔がゆっくりと近づいて来る。凰麟は顔を真っ赤に染め上げ、目を瞑った。

「凰麟……お前を渡してたまるか」

「牙獲さま……ずっと牙獲さまのそばにいます」

 初めて触れる牙獲の吐息に、びくりと身体を震わせた時だった。ガサリと近くの茂みから音が鳴り、バッと、二人して顔を背ける。

 茂みを見てみれば、一匹のうさぎが顔を覗かせていた。

 あ、後もうちょっとで、牙獲さまと口付けできたのに……っ。

 後もう少しで凰麟と……。

「牙獲さま、久しぶりのお肉です!」

「ああ、凰麟。今夜は鍋にしよう」

 剣を取り構えながら迫ってくる二人に、うさぎは飛び上がって逃げていく。

 凰麟と牙獲は泥だらけになりながらそのうさぎを追った。


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