番外編 ⑧
高鳴る心臓は、どう頑張っても抑えることが出来ない。
交際を始めて半年が過ぎようとしているが、ここまで音無さんと接近したのは初めてだ。花火大会の会場へ向かう道中ではぐれてから5分ほど。ようやく見つけた彼女がいきなり飛びついてきたのが事の発端。
奇跡的に僕の背後は壁だったから良かったものの、危うく倒されてしまうところだった。
そこから感情があふれ出したのか、音無さんは僕の胸に顔を埋め、泣き出してしまった。
突然の接触と鼻腔をくすぐる甘い香りは、僕の冷静さを失わせていたようで。
ふと気付いた時には、僕の右手は彼女の頭を撫でていた。
打ち上げ時間が迫り、駅からの人波は途絶えることなく続いているが、胸から伝わる呼吸を聞くに彼女はどうやら落ち着いてきたようだ。
僕は彼女の手を引いて、会場へと歩き始めた。
色とりどりの提灯が河川敷に連なり、暗闇を彩っている。
下流から流れる夜風は屋台からの香ばしい匂いを運び、食欲をかき立てる。
ふと隣を見ると、先ほどまでの涙が嘘のように、音無さんが屋台を吟味するように周囲を見渡している。
ショッピングモールを離れてからまだ1時間しか経っていないのだが、服を選ぶために苦しんでいた時間が遠い昔に思えてしまうほど、今の音無さんははつらつとしていた。
結局、焼きそば、たこ焼き、フライドポテトというド定番のメンバーを抱え、僕たちは空いていた席を確保した。
スピーカーから流れる縁日の音楽が、急にポップなものに変化する。
時計を確認するといつの間にか8時を少し過ぎており、打ち上げ時間となったことを知った。
夜空に咲く花々は数秒遅れで爆音を届け、会場のボルテージは指数関数的に増加していく。
音楽に合わせて連射される花火たちは、暗闇によく映える。
柳と呼ばれる巨大な花火が上がると、観客からは大きな拍手が鳴り響いた。