勇者
毒使いが事切れた後、広間は暫しの静寂に包まれた。
その静寂を打ち破ったのは、女拳士の能天気な声だった。
「へえ……やるじゃん」
彼女は俺の前につかつかと歩み寄ると、人差し指をピンと立てて俺を指さした。
「でも、あんな毒手に頼った邪拳紛いの拳法が、南派拳の神髄だと思ったら大間違いだよ」
そして親指を自分の顔の方に立てて、思いっ切りドヤ顔して言った。
「何を隠そう!!このボクこそが、さっき奴の使った南派拳、その南家六分家一〇八門を束ねる南派宗家の次期当主なのだ!!」
彼女は「えへん」とばかりに、ふんぞり返る。
(ぬぁにいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!?
この頭の足りなさそうな小娘が、彼の伝説の暗殺拳、北派拳と双璧をなす南派拳の次期当主だと……?
しかも一子相伝の北派と違い、南派は拳の道を極めようという本格的な武道家から、女子供の護身術まで幅広くカバーする、言わばメジャー格闘技。真面目な格闘少年とかが知ったら幻滅するぞ……)
全く明かす必要もない素性を明かしている女拳士だったが、俺はふと妙な事に気が付いた。
(それにしてもこいつ妙に元気だな……毒使いの放った筈の神経毒が効いてないのか?)
その女拳士を尻目に、モヒカン男が毒使いの死体に近づいて行った。
「しかしとんでもねえ先走り野郎がいたもんだぜ……この俺様が神経毒ぐらいでやられるとでも思ってたのか!!?」
ドガッ
彼は憤怒と侮蔑を込めて、毒使いの死体に蹴りを入れ始めた。
「このボケが!!ボケが!!ボケボケボケボケ……」
ドガッ ドガッ ドガッ ドガッ……
よく見ると、神経毒に侵されて土気色をしていたモヒカン男の肌が見る見るうちに元に戻り、顔にも赤みがさしている。
(どういう事だ……【解毒】も使わず神経毒が回復していってるぞ?)
俺が訝しがっていると、背後から声がした。
「全体攻撃で一網打尽にしようなんて、みんな考えてたわよ……考えていたけど、敢えてやらなかったのよ」
博士服の女性が半ば呆れた様に呟いていた。
「……ま、流石にこの面子を相手に、全員を敵に回すのは得策じゃないからね」
更に大理石の円卓に頬杖をついたエルフの女が呟く。
「まあ、ワシならやって出来ん事はないがなのう……ヒャッヒャッヒャッヒャ……」
同じく大理石の円卓に鎮座していた暗灰色の衣を纏った老人がそう言うと、殆ど歯の無くなくなった口で笑い始めた。
皺だらけの顔は痩せこけて、殆ど木乃伊の様だ。落ちくぼみ、おそらく既に光を失ったであろう真っ白な眼球から、ギラギラとした眼光だけが不気味に輝いている奇怪な老人だった。
「一人ぐらいは殺してくれるんじゃないかと思って黙って見てたけど、結局死んだのは自分だけか……とんだ役立たずだわ」
喪服を着た幼女はそうぼやくと、何事も無かったかのようにチョコレートの銀紙を剥いてボリボリと食べ始めた。
「神よ、いと罪深きこの者の罪を清め給え……穢れを祓い、せめて魂は天に召されん事を……」
毒使いの死に、女僧侶は祈りを捧げている。
「昇天めされい、ナムアミダブ ナムアミダブ……」
坊主は念仏を唱えている。
……どうやら他の連中にも、毒使いの神経毒はあまり効いていなかったらしい。
成程……矢張こいつ等は只者ではない。全員が何かしらの魔法なりスキルなりで毒を防いでいたというわけか。
尤もどんな方法を使ったのかまで、明かす奴はいないだろうが……
「ほっ」
女拳士が頓狂な掛け声をあげると、花が生けられていたガラス製の花瓶に指を突っ込んだ。
すると暫くして、水が沸騰したかの様にゴボゴボと水泡を生じさせると、見る見るうちに毒毒しく濁り、花が萎れていった。
「ふふん、気の流れを操作して、毒を排出したんだよ!!」
女拳士は「どやっ」とばかりに、その毒気を抽出させた花瓶を突き出した。
その様子に、俺を含めた場にいる全員が唖然とする。
(そうだ……一人例外が居やがった。自分のスキルを全く隠そうとしない阿呆が……)
「神経毒ぐらい呼吸法一つで楽々防いでいたっつーの」
(……だからって、なんでそれを態々見せびらかすよ!!?)
「まあ、そこのスーツの君が行くのがもうちょっと遅かったら、百歩神拳ぶちかましてやろうかと思ってたんだけどねー、キャハハハハッ」
また俺を指差して、女拳士はケタケタと笑う。
(……全くコイツは聞かれてもいない事をペラペラと……これはもう、作戦とかブラフとか関係なしに、本当にただどうしようもなく頭が悪いってそれだけらしい)
ドサッ
その時、不意に誰かが倒れる音が部屋の奥から聞こえた。
「セツナ……セツナーーーーー!!しっかりしろ!!」
倒れる音の直後、悲痛な叫び声が大広間に響き渡った。
その方を見ると、黒づくめの服を着た少年が、同じく黒づくめの海兵服にスカートをはいた様な服装の少女を抱きかかえて叫んでいた。
少女の顔は青褪め、手足は血の気を無くした土気色で口角からは少量の泡が噴出している。
明らかに神経毒に侵された症状だ。
「大丈夫か?」
銀髪の剣士が二人に駆け寄った。
「私も診ます……神に仕える者として、苦しんでいる人を放ってはおけません」
女僧侶の女も双子の傍に寄り、瀕死になった片割れの少女を診療するが、他の連中は黙って見ているだけだった。
まあ、当然と言えば、当然の事だが……
「ちょ……何この娘……毒物、いや……魔法そのものに対する耐性が全く無い……」
少女を診た女僧侶が驚きの声を上げる。
「こんなの初めて見たわ……まるで、魔法の無い世界からやって来たとしか思えない……」
「魔法とか……さっきから貴方たちは何を言ってるのですか!?そんなゲームやおとぎ話の世界じゃあるまいし……」
少年は困惑の表情を浮かべながら、ありえない疑問を口にしている。
(まさかコイツ……本当に魔法の存在そのものを知らんのか?)
女僧侶は少女の神経毒を取り去ろうと【解毒】をかける。しかしそれは空しい徒労に終わった。
「やはり毒使いの言っていた通り……【解毒】は効果が全く無い。このままだとこの娘は死ぬ……」
女僧侶の死亡宣告を聞いた少年が、一層の絶望にかられる。
「誰かお願いします、僕の妹を助けて下さい。誰か早く救急車を……救急車を呼んで下さい!!」
少年は俺達に向かって膝を折りて座り、手を床に着けて、何やら聞き慣れない言葉を使って何かを懇願した。
(キュウキュウシャ……?なんだそりゃ?誰か呼んで欲しいのか。そのキュウキュウシャとやらは、医者か何かか??)
その様子を見ていたモヒカン男が、斧で肩をポンポンと叩きながら、必死に少女を助けようとしている³三人に近付いていった。
「オイオイオイオイ……何やってんだ、お前ら莫迦か?これから敵同士になる奴らを何助けてんだよ?」
軽薄な表情を浮かべ、さも小馬鹿にしたような口調だ。
「ああ、それともアレか。今ここで恩を売っておいて、お前ら後で共闘でも組もうって考えてんのか?そんなモヤシみてーな奴らとよ……」
巨体のモヒカン男は四人を睥睨すると、双子の片割れの少年にあからさまな侮蔑の笑い顔を浮かべた。
「見ての通りそいつらには魔力が全く無え……しかも身体まで貧弱ときてやがる!!一体どんな環境で育てばこんな軟弱野郎が出来上んだよ?普段肉体労働している、そこいらの農民の子供の方がよっぽどマシだぜ」
「くっ……」
モヒカン男の心無い言葉に少年の顔が強張る。
「やめて下さい!!僕たちはあなた方と戦うつもりなんてありません……学校の帰り道で事故に遭い、気付いたらこの部屋にいたんです!!」
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ……」
モヒカン男は如何にもチンピラといった感じの下種な哂い声を立てながら、斧を舌なめずりした。
「ま……アレだ。どうせお前等みたいな奴等はいの一番にやられるんだから、今ここで俺様が楽にしてやるよ……」
そしてモヒカン男は斧を振り上げる。
「場違いな弱者は消えろ!!」
「や……やめてくれーーーーーーーー!!」
少年の必死の懇願も、モヒカン男には全く届かない。
「ヒャッハーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
モヒカン男の斧が少女に振り下ろされようとした、正にその時だった。
ガッチーーーーーーーンッッッ
その凶刃を、一閃の光が走ったかの如く抜刀された白銀の剣が受け止めた。
少年の傍らにいた銀髪の剣士が、間一髪少女を救ったのだ。
「やめろ……それ以上やるなら、私が相手になるぞ……」
彼は静かだが、底知れぬ強さの意思を込めた口調で殺戮者に警告を促す。
「何故邪魔をする!!?他の参加者が一人でも減れば、お前にだって好都合な筈だろ!!」
モヒカン男は憤怒と不可解が入り混じった面持ちで、銀髪の剣士を怒鳴りつけた。
「勝負はまだ始まっていない……」
「あ゛あ゛!!?知るか、そんなもん!!これからやるのは殺し合いだぞ!!」
激しい口調のモヒカン男とは対照的に、銀髪の剣士は静かに応えた。
「勝負がまだ始まる前ならば……弱り傷付いた彼等は、私にとって護るべき者の対象だ……」
「はぁ?何言ってんだお前。大体今日始めて会った筈のお前が、名前も知らねーようなその双子を助ける理由が何処にある!!?」
「理由ならある……」
銀髪の剣士は一呼吸空けると、大広間の全員に聞かせるかの様な強く大きな声で高らかに名乗りを上げた。
「私の名はアルベルト。私は護る為に戦う宿命を背負って生まれた……勇者だ!!」
場を一瞬の沈黙が支配する。
「ぬぅあにぃぃぃぃ~~~!??勇者だあぁぁぁ?!?」
モヒカン男は訝し気な表情を浮かべ。
「勇者……さま……」
少年は憧憬の眼差しを向ける。
「…………」
俺を含めた他の連中は、ただその様子を淡々と眺めていた。
次回から、勇者目線での話になります。
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