生まれついての悪
ジェラルド・リヒテンシュタインはとある小国の侯爵家、その四男としてこの世に生を受けた。
裕福な家柄で、優しい両親の愛情を受け、兄達からも可愛がられ、大勢の使用人に囲まれながら、何不自由のない恵まれた幼年時代を過ごしたのであった。
唯一彼が恵まれなかったもの。それは人間が生まれながらに持っている、愛情や優しさといった、善なる心だった。
リヒテンシュタインが生れて始めて「毒」と出会ったのは5歳の頃だった。
偶然、猫いらずを食べて死んだネズミを目にし、彼は言いようのない興奮と興味を覚えた。
命を奪う不思議な物質の魅力に取りつかれた彼は、以来、毒物の研究に熱中し、捕らえてきた小動物に毒物を飲ませては、その死に至る様子を一日中眺めていた。
幼き日のリヒテンシュタインにとっては、それが何よりのお気に入りの遊びだった。
そして声変りがする頃には、既に学者顔負けの毒物の知識を身に付けるまでになっていた。
この頃になると彼は既に、いずれ家督と財産を継ぐであろう3人の兄達を毒殺し、遺産を独り占めにする計画を立てて、それを実行に移した。
領内に感染症が流行したのを奇貨とし、その病とよく似た症状を引き起こす毒物を調合して、少しずつ3人の兄に摂取させていたのだ。
しかも、毒物に依って苦しみ衰弱していく様子を看病するふりをしながらつぶさに観察し、毒物研究の一環として記録していた。
その上、犯行をほんの少しだけ疑った両親をも毒殺し、13歳の若さで家督と財産を継いだ。
別に両親の庇護を受けずとも、既に一生を暮らしていくには十分すぎる財産が保証されている事を、彼は知っていたのだった。
その後、世界でも指折りの全寮制名門学校に入った彼は、そこでも比類なき神童ぶりを発揮した。
入学テストでは過去最高点を更新し、学業、運動を問わず、あらゆる記録を塗り替えた。
家族全員を流行り病で亡くした悲劇の貴公子という境遇も相まって、彼は学校中の人望を集めて、新入生にして生徒代表を務めるまでになっていた。
天才的な頭脳と並外れた運動神経を持つ、学園始まって以来の天才児。
社交性にも優れ、誰からも好かれる超優良生徒……だが、それはリヒテンシュタインの表の顔であった。
裏ではクラスの生徒全員を洗脳し、取り巻き達を使ってイジメ、恐喝、暴行、凌辱を日常的に行う最凶最悪の問題児だった。
気に入らない生徒同士を死ぬまで殴り合わせた事もあった。
クラスを扇動して学級崩壊を起こさせ、新任教師を自殺に追い込んだ事もあった。
そしてやはり学園内でも毒物の研究に勤しみ、その研究成果をクラスメイトを使って「実験」していたのであった。
卒業までに、彼によって命を落とした者は、生徒、教師を含め20人以上に及んだ。
勿論彼は、一切の証拠は残さず、疑いの目さえも自分に向けさせず、全ての犯行を成し遂げていた。
学園内で彼の手にかかって死んだ者達の葬儀では、学園代表として偽りの涙を浮かべながら、弔辞を述べていたぐらいである。
卒業後の彼は、洗脳して傀儡と化した叔父に領内の統治を任せると、自分は西方にある軍事独裁政権が支配する大国の指導者に取り入り、軍事技術顧問となった。
頭のおかしい独裁者が支配する国によって運営される研究施設は、リヒテンシュタインにとっては正に天職ともいえる職場だった。
彼はそこで捕虜や奴隷、強制収容された占領下の国民を使った身の毛もよだつ人体実験に没頭する日々を送っていた。
その尽力もあり、その軍事独裁大国は毒ガスという新兵器を開発し、破竹の快進撃を続けたものの、独裁者の軍事侵攻を阻止すべく結託した連合国によって次第に追い詰められ、遂には敗戦した。
その後の軍事裁判にて、リヒテンシュタインは助手にあらゆる罪を着せた上で自分は無罪を主張。
司法取引の末、高額な罰金刑と1年足らずの禁固で釈放となったが、彼にとって何より不本意なのが、もう人間を使った毒物の研究が出来なくなった事であった。
これが、ただ只管に悪と狂気に満ちたリヒテンシュタインの半生である。
世の中に、生まれながらにして悪い人はいない。
どんな人間でも生まれた時は無垢な赤ん坊で、その後の環境によって天使にも悪魔にもなる。と、そう言う人もいる。
そして普通の人間は確かにその通りだろう。
だが、ごく稀にではあるが、生まれながらにして邪悪な心を持った人間もいるのである。
リヒテンシュタインは正にそういった人間であった。
並外れて優秀な頭脳と引き換えに、彼は良心というものが完全に欠落した状態で生まれてきたのである。
それは絶対悪、あるいは完全悪とも呼べる存在であった……
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