毒使い
パタンと本を閉じる音がした。
音をした方を見ると、部屋の中央に据えられた円卓の真ん中付近で本を読んでいた眼鏡の青年が、読書を止めて不意に立ち上がった。
「どうやら最後の参加者の方も来られたようですね。皆さん、如何でしょう。全員揃ったところでひとつ自己紹介でもなさりませんか?」
一同の目が一斉に彼に注がれる。
「あ゛あ゛っ!!? お前ふざけてんのか!!!!」
予想通り、喧嘩っ早そうなモヒカン男が先ず恫喝した。
まあ、当然だ。
これから殺し合おうという者同士が、仲良く自己紹介などする筈がない。
しかしメガネの青年は和やかに微笑みながら応えた。
「まあまあ……そう仰らずに名前だけでも教えてくださいよ……」
刀剣のバーゲンセールを開いていた剣士が、鋭い目で睨みつけながら低い声を出した。
「我が国の流儀では、お互いの名を名乗る時は、それは相手か自分が死ぬ時だ……それを解って言うておるのだろうな!?」
凄みのある返答にも、青年は飄々と応える。
「いや、だってほら……名前を知っていないと不便でしょう、墓碑を造るのに……」
そして笑顔でとんでもない事を言い出した。
「だって皆さんは今、ここで死ぬんですから……」
その言葉で、場の空気が一瞬にして張り詰めた。
「テメエ、そりゃどういう……」
モヒカン男が立ち上がり、青年に歩み寄ろうとしたその時。
「うぐっ……!!?」
彼は巨体をグラリとよろめかせるとバランスを崩し、片膝を床に着いた。
「テメエ……何かしやがったな……!!」
床に蹲る大男を、青年は冷ややかな笑みで見下ろしている。
異変が起きていた。
大広間に集められた戦士たちは、自分の身体が思う様に動かなくなっている事に気が付いた。
「クックック……そろそろ気付いたようですね。でも、もう遅い。私の放った神経毒は既に皆さんの身体の自由を奪っている筈です」
「神経毒……だと?」
「クク……ッその通り、無色透明無味無臭の毒ガスです。だから気付かなかったでしょう」
青年の眼鏡の奥から冷酷な瞳が光っている。
それは最早人を見る目ではない。
実験用のモルモット。もしくは解剖前のカエルに向けられる視線だ。
「どういうつもりだ……?まだ戦いは始まっていないんだぞ」
銀髪の剣士が静かな怒りを込めた口調で抗議した。
だがそれに、眼鏡の青年はさも小馬鹿にしたな口調で応える。
「戦い?違いますねえ……これから始まるのは戦いではなく、一方的な虐殺。そして大量虐殺は私のただの趣味です」
恐ろしい言葉を口にしながら、青年は満面の笑みを浮かべた。
しかしその笑みは不自然でぎこちない。
サイコパス特有の、顔の筋肉だけでつくる能面の様な不気味な笑顔だった。
「おっと……これは失礼。私とした事が、相手に名前を尋ねておいて、自分から名乗るのを忘れていました」
青年は改まって、優雅なボウ・アンド・スクレープで一礼した。そして自己紹介を始めた。
「私の名はジェラルド・リヒテンシュタイン クラスは【毒使い】です。以後、お見知りおきを……」
そして顔を上げると、再度、満面の微笑みを一同に送る。
「尤も……皆さんの寿命はあと10分もありませんがね……」
その笑顔は人間とは思えない、ある意味どんなモンスターより不気味で底知れぬ不快感を抱く。
心の根底から完全な悪に染まった者だけが作り出せる貌であった。
本作品は群集劇ですので、次回から毒使い目線で進行致します。
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