魔王
また指パッチンの音が俺達の精神に響き渡った。
すると、この“何もない空間”に突如巨大な門が現れた。
幅20メートル。高さは30メートル程はあるだろうか。
「では、これより10分後に戦いを開始します」
絶対者の告知の後、また指パッチンの音が響き渡る。
「トイレがまだの方は、今の内に済ませておく事をお勧めします」
すると男女別で仮設トイレが現れた。
「ふ~~~~~~……」
折角出して貰ったので、俺は小用を済ませる事にした。
ご丁寧に水洗機能まで付いているが、いったい何処へ流れているのやら。
仮設トイレから出ると、戦士たちの大半が門の方へと集まっていた。
俺を含め、あの巨大な門は、皆の関心を少なからずを集めたようだ。
ただ、浮浪者のおっさんと喪服の幼女だけは、門に関心があるのかないのか分からないが、席にすわったままでいた。
おっさんは相変わらず死人の様に虚ろな目で宙を見たまま煙草をふかし、喪服の幼女はタルトをすっかり平らげ、優雅に紅茶を飲んでいた。
「なんだこのバカでかい門は……」
「この門から戦いの場へ転送されるというのか……?」
“何もない空間”に、ただ門だけが建っているわけなので、本来ならば門をくぐったところで同じ場所に出るだけなのだが、この門がただの門ではない事は誰もが直感的に理解していた。
「あの……皆さん」
門の前に集まった俺達に向かって、黒髪の少年が双子の妹を後ろに連れて俺達に話しかけてきた。
「提案があります。戦いを止めましょう……そんな事をしなくても、もう僕たちの願いは全て叶えられるのですから」
「え……?戦わなくてもボク達の願いが全て叶うって、どういう事……?」
女拳士が不思議そうな顔で黒髪の少年に質問する。
「はい、先ずは僕たちの中から、代表を一人決めます。そしてその一人以外の全員が自決してその人を優勝させ、願いの数を増やした上で、僕たち全員を生き返らせて貰います。そして次にこう願うのです……“みんなの願いをかなえて欲しい”と、こうすれば僕たちは誰一人死ぬ事なく、願いだって全て叶うのです!!」
「そっか~!!キミ頭良いね~~~!!」
女拳士は感嘆の声を上げる。
「僕はその代表に勇者様を推薦します。この人なら信頼して命を預けられる……ねえ、皆さんもそう思うでしょう!!?」
「「「「「「「「はぁ~~~~~~~~~~~~……ッ」」」」」」」」
女拳士以外の戦士達が皆、ため息をもらす。
「あれ?どうしたのみんな??」
女拳士はキョトンとした顔で戦士達を見渡した。今更ながら、女拳士のアホさ加減には呆れ返る。
「……ま、お前が“願いの数を増やせるか”って訊いた時から、そんな事を言い出すんじゃねーかとは思っていたけどよ……」
俺は黒髪の少年のあまりに予想通りの提案に、少々げんなりしていた。
「非常に平和的な解決方法だ……しかし、所詮は理想論に過ぎないな」
指名された勇者ですらもが、辛辣な応えを返す。
「どうしてですか!!?誰一人死なず、戦う事もなく、みんなの願いが叶うのなら、良いこと尽くめじゃないですか……!!?」
「先ず、第一にだ……」
俺は辟易しながらも、一応説明してやる事にした。
「“ここにいる全員の願いを叶える”ってのがそもそもヤバいんだよ。おそらくこの参加者の中には、さっきの毒使いが言ってた“人類選別”みたいな、ろくでもない願いを叶えたいって奴もいるだろ……」
「そ……それは……」
少年は当惑した表情で言葉に詰まる。
「ええ、そうね……」
エルフの女が口を挟んだ。
「最初に言っておくわ。私の願いは自然を壊し、この世界を蝕む人類という名の害虫を一人残らず撲滅する事よ。驕り高ぶる人間共は、自然の怒りを思い知るがいいわ!!」
エルフの女は憤怒に満ちた目を俺達に向ける。
過去に何があったのかは知らないが、彼女は人間に対して、相当根深い恨みを持っているようだ。
しかし“人類根絶”とは、さっきの毒使い以上にヤバい願いだな。
「そもそもよぉ~……勇者が裏切らないって、保証自体が無いだろ」
モヒカン男も会話に便乗する。
「ま、俺様は最初から誰も信じちゃいないがな……自分自身以外は、ヒャッヒャッヒャッヒャ……」
「約束を反故にされるのが心配なら……じゃあ、さっきのなんとかの血判状っていうのを使って強制的に……」
「無駄よ」
尚も提案を押し通そうとする少年を、博士服の女性がきっぱりと否定する。
「ゲルハルバルトの血判状の効力も、絶対者の力の前には無力なのはアナタが身を以て証明したでしょ。“血判状の効力を消してくれ”って願われたらそれまでなのよ」
「うっ……」
少年は最早手詰まりの様子だった。
「何よりだ……」
勇者が神妙な声で口を開く。
「そんな平和的解決を“奴”が許す筈がないんだ……!!」
「あの……勇者がさっきから言っている“奴”って一体何なの?」
勇者のただならぬ様子に疑念を抱いた女僧侶が彼に問いかける。
「……まあ、隠しておく必要もないだろうから、この際言っておこう」
勇者は少し考えた後、全員に伝える様に言った。
「魔王だよ」
瞬間、黒髪の双子以外の全員に戦慄が走った。
「魔王って……まさかあの魔王が復活したって言うの!!?」
エルフの女が勇者に問いただす。
「五千年前……突如として現れ、全生態系の三分の一を死滅させたという、あの伝説の破壊神が……」
博士服の女性が青褪めた顔になる。
「マジかよ……」
あの豪胆なモヒカン男でさえ、少なからずショックを受けている様だった。
「ちょ……ちょっと、何なんですか?その“魔王”って……?」
話が飲み込めないといった様子で、黒髪の少年が説明を求める。
「ああ、君たちは知らないだろうから、一応説明しておこう。魔王とは、今から5千年程前、この世界で大絶滅を引き起こした元凶だ。魔王によって、人類のみならず、エルフ、ドワーフ、ホビット、と言った亜人種は勿論、竜族、巨人族、妖精族、魔族ですらもがその惨禍によって、大量死、あるいは絶滅を余儀なくされた……その被害は全生態系の三分の一に及ぶとも言われている。魔王の正体が何なのかは、未だによく判っていない。しかしその目的は判明している。それは……
自分自身を含めた、この世界の完全な消滅だ!!」
「そんなとんでもないやつが……」
勇者の話を聞いて、黒髪の少年は蒼白となる。
「この世界を完全な無に還す。魔王はその為に生まれてきた。それが魔王の唯一にして最大の目的であり、存在理由の全てだ」
黒髪の双子だけではなく、全員が深刻な表情となる。
無理もない。魔王の恐ろしさは、この世界の者ならば誰もが知っている事なのだ。
「人間族、エルフ族、竜族、或いは魔族も含め、幾多の強者たちが魔王に戦いを挑んだが、魔王を斃す事は出来なかった……しかし数多くの犠牲の末、その時代に現れた人間の勇者が、魔王を封印する事に成功した……」
エルフの女が勇者の話を引き継いで説明する。
「私たちの世界に生きる者なら、子供でも知っている伝説よ」
博士服の女性がそう付け足した。
「でも……その魔王が今のボク達と、何の関係があるんだい?」
女拳士が勇者に問いかけるが、最悪の答えをこの場にいる誰もが予見していた。
そしてそれは勇者の次の言葉によって、現実となる。
「……いるんだよ、その魔王が今、此処に」
二度目の戦慄が、俺達が送り込まれた“何もない空間”を走り抜けた。
それにしても“魔王”か……懐かしい響きだ。
しかしどうやら、俺が前々世でやってた魔王とは別物らしいな。
……ま、それを言ったら、この勇者だって、俺が前世でやってた勇者とは別物だしな。
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