絶対者
「大変お待たせ致しました。私がこのゲームの主催者です。諸君にはこれから、最後の一人になるまで戦ってもらいます……」
「ちょっと待ちなさい」
俺達の精神に直接語り掛けてくる声の主の言葉を、不意に喪服の幼女が遮った。
「私たちをこの“何もない空間”に転移させたのはアナタ?」
「Exactly!!その通りですが、何か?」
「広間にあった家具や美術品は兎も角、円卓の上にあったお菓子は私が持ってきた私の私物よ。返しなさい!!」
喪服の幼女は黒体の如く深い闇の瞳をギロリと宙に向けて、声の主に抗議した。
「おっと、これは失礼。私とした事がとんだミスをしてしまいました……ま、神様だって人間です。失敗もすれば、間違いだって犯します。尤も、私の存在は、君たちが神や悪魔と呼ぶ者よりも、もっと高次元で複雑ですが……」
パチンッと指を鳴らす音がした。
すると、消えた筈の円卓と、そこに載っていた大量のお菓子の山が喪服の幼女の目の前に現れた。
「ふむ。よろしい」
満足した喪服の幼女は椅子にチョコンと座り、ふたたびモシャモシャとお菓子を食べ始めた。
「お詫びにこれもお付けしましょう」
またパチンッと指を鳴らす音が聞こえた。俺達の精神に直接響く音で。
次の瞬間、喪服の幼女の傍らに、円形に並べられた十種類のタルトとティーポットのセットを載せた小さなテーブルが出現した。
喪服の幼女はタルトの一つを掴むとそれを一口齧った。
「まあまあね……」
どうやら、彼女の機嫌は直った様だ。
「さて、改めて自己紹介を致しましょう……と、申しましても、私の存在を君たちの使う“言葉”という不完全なコミュニケーションツールでは説明できません。リンゴを食べた事がない人に、リンゴがどういう味なのかを正確に伝える事は、どんな大文豪が如何なる言葉を使っても不可能ですよね。それと同じ事です……」
声の主は考え込んだ様に、そこで一拍置いた。
「けど、まあ……やって出来ない事はないですよ。……なにしろ私は“全能”ですから。しかーーーし、そんな事はどーーーでもよろしい!!」
……どうやら絶対者、思ったより随分いい加減な性格らしい。
「私が伝えたい事は二つ。一つは私が全能の存在であるという事。もう一つは、私は諸君にチャンスを与えます。この中で最後の一人となるまで生き残った者には、如何なる願いでも一つだけ叶えて差し上げます。一〇〇〇年に一度のスペシャルプラーーーーーーイズです!!」
「いりません!!」
突然声が上がった。
見ると、黒髪の少年とその双子の妹が立ち上がっていた。
「そんな願いなんかいりません……!!僕たち兄妹はこの戦いを棄権します!!」
彼は予てからの約束通り、戦いの辞退をきっぱりと宣言するが……。
「残念ながら、この戦いは強制参加です。棄権は認められません」
非常な宣言が絶対者から告知される。
「そ…そんな、この戦いを辞退出来なければ、僕は血判状の呪いで死んでしまうというのに……」
蒼白となる黒髪の少年の言葉を、絶対者は能天気な口調で返す。
「そんな契約は、私が無効にしてあげます」
するとまた、パチンッと指を鳴らす音が聞こえた。
「ハイ、これで契約は無効になりました。心置きなく、思う存分戦って下さい」
随分と軽く言うが、それはこの黒髪の双子にとって死刑宣告にも等しい非常な通知だった。
「そんな理不尽な……せめてセツナだけでも……」
黒髪の少年はうな垂れ、膝からガクリと崩れ落ちた。
傍らにいた少年の妹が、心配そうに肩を抱きかかえる。
「ヒャッハッハッハーーーー、残念だったな、ボウズ!!」
絶望に打ちひしがれる、まだ若すぎる兄妹を、モヒカン男が横から茶化す。
(チッ、やはり棄権は認められないか……ま、大方こんな事じゃないかとは思っていたが……)
俺は心の中でぼやきを入れた。
「さーーーて、他に質問は御座いませんか?私の目的だとか、何故この様な戦いを仕組んだのだとか、そもそも全能なんだから、この戦いの結末も最初から分かるだろうとか、そういうクッッッソどうでもいい質問以外なら、何でもお答えしますよ」
全能の存在なのだから、この戦いのルールを俺達に一瞬にして分からせる事も出来る筈だ。
しかし敢えてそれをやらないのは、この質問タイム自体が戦いの一部なのか、それ以外の思惑があるのか、はたまた、ただの気紛れか……
いや、超高次元の存在のやる事に、人間の感覚でいちいち整合性を求めるなど無駄というものか。
そもそも精神構造自体が人間のそれとは違うのだろう。
「おい」
ぶっきらぼうな声で浮浪者のおっさんが手を挙げた。
「念の為に聞いときたいんだがな……何かこれをやったら失格みたいな、反則ってのはあるのか?」
「反則?そんなものは一切ありません!!如何なる手段を使おうと、最後まで生き残った者が優勝です。時間制限も無期限ですから、タイムアップの心配もありませんよ」
それを聞いて、浮浪者のおっさんはボリボリと頭を掻いた。
「おいおいマジかよ……そんなルールで戦ったら、俺が勝つに決まってんじゃねーか……」
おっさんのぼやきを聞いて、モヒカン男が横から口を挟んだ。
「ヒャッヒャッヒャ……奇遇だな。俺様も大得意だぜ……ルール無用の殺し合いはよ」
横槍を入れたモヒカン男に、おっさんは相変わらず全く生気のない瞳をジロリと返す。
「粋がるな……チンピラ。どうせ最後は俺が勝っちまうんだからよ……嫌でもな」
「へぇ……お前面白い事言うじゃねーか。この俺様の恐ろしさも知らずによお……」
モヒカン男は不敵な笑みを返す。
「決めたぜ!!お前は一番最初に殺してやる!!」
モヒカン男はおっさんに斧を差し向けた。
「その次は勇者……テメエだ!!」
モヒカン男はおっさんに向けた斧を今度は勇者に回す。
勇者はその挑発に、無言のまま強い眼差しだけを返す。
「……ま、女は最後まで残しておくかな。その方が色々と楽しみが増えるってもんだしよお……ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ……」
最後にモヒカン男は黒髪の双子に目を向けると、斧を舌で舐めながら軽薄そうな笑みを浮かべる。
ふた昔前の悪役そのままの仕草だ。
「くっ……」
双子の兄は、怯える妹を庇う様にモヒカン男の視線の前に立ちはだかる。
モヒカン男の邪悪な笑みに気圧されながらも、妹を守ろうと必死に睨み返した。
「そうだ、君たち二人にはこれを渡しておこう」
勇者は双子の兄妹に歩み寄ると、懐から大人の親指程の小瓶を二本取り出した。
「毒薬だ……物理的作用ではなく、呪いによって命を奪う。魔力抵抗の無い君たちなら、何の苦しみもなく楽に死ねるだろう……」
勇者は毒薬の小瓶を一本ずつ兄妹に渡す。
黒髪の双子は恐る恐るそれを受け取った。
「んな回りくどい真似するよりよぉ……俺様がこいつ等の頭カチ割ってやった方が手っ取り早いんじゃねーのかぁ!?」
「そんな事をこの私が許すとでも思っているのか……?」
勇者は聖剣の柄に手をかけた。
「ヘイヘイ、戦いが始まるまでは“守るべき者”だったな……」
モヒカン男は呆れた様にぼやいた。
「それもある……しかし双子が勝ち残るという可能性もあながちゼロではない。他の戦士達が全員潰し合い、最後に漁夫の利を得るという事も考えられる。ならば双子の選手としての権利もまた尊重すべきだろう」
成程……、戦いはあくまで正々堂々を貫くって主義か。
全くとんだ正義バカが混じっていたものだ。
「フンッ……所詮は偽善者ね。どうせ勇者だって、他の参加者を皆殺しにして、願いを叶えようとしてるくせに……」
ブラックベリーのタルトを頬張りながら、喪服の幼女が勇者を非難した。
「その点なら心配ない……。私が優勝して叶える願いは、この戦いで犠牲になった者達を全員生き返らせる事だ」
勇者はすっと傍らを指差した。
「勿論、そこで死んでいる毒使いも含めてな……」
勇者の意外な願いを聞き、一同が彼に視線を送る。
「毒使いは今まで相当の悪業を積んできた様だ……だが、それ故に今一度生き返って法の裁きを受けなければならない」
「ケッ!!随分としょーもない願いだぜ!!」
モヒカン男は吐き捨てる様に言った。
「みんなを……生き返らせる……」
黒髪の少年は何か考え込んだ様に呟くと、不意に顔を上げた。
「あの……主催者さんに質問したいのですが」
「はい、なんでしょう?」
「さっきどんな願いでも一つだけ叶えてくれると言ってましたが……願いの数を増やして欲しいという願いは叶えて貰えるのですか!?」
「No problem!!」
相変わらず陽気な声が響く。勿論、俺達の精神に直接。
「全く問題ありません。願いの数を無限にしてくれでも、絶対者と成り代わりたいでも、何でも無・問・題!!」
いちいちウザい喋り方をする奴だ……。
つか、言語ぐらいは統一しろよ。
「願いの数を増やせるのか……それなら……」
黒髪の少年は何やら思い付いたらしい。
まあ、コイツが何を考えてるのかは大方予想は付くが……。
「ぬぁにぃぃぃぃぃ~~~!!?願いの数増やすのもアリなのか!!……って事は、って事は……やりたい放題じゃねーか!!
ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッハーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
モヒカン男は狂喜して、下卑た笑い声を上げる。
つか、コイツ笑い方まで「ヒャッハー」かよ。
「止めとけ止めとけ、つまらんぞ……何でも願いが叶う様な人生なんてよ」
俺は小躍りして喜ぶモヒカン男に忠告してやる事にした。
「俺の願いは、このアホみたいなチート能力を無くして普通の人間になる事だ。やっぱ人生ってのは、ある程度苦労するから、やり甲斐もあれば生きてる実感も湧く。なんでも出来るってのは退屈だ。俺はそれを嫌って程味わってきたんだよ……」
何しろ俺は前々世で、身に付けたあまりに強大過ぎる力により、最後は孤独と虚無感に支配された。そして絶望して世界を滅ぼす魔王になってしまったのだ。
うむ、ついカッとなってやった。今は反省している。
前世はまだ良かった。前世はまだ“前世の魔王を斃す”という目的があった。
だが、今世はどういわけか、前世と前々世の力を両方とも引き継いで生まれてきてしまったのだ。
そんな人生が面白い筈がない。
圧倒的過ぎる力というものが如何に虚しいかは、前々世で既に学習済みなのだ……
「ヒャッヒャッヒャッヒャッ……オメーもまた随分と欲の無い願いだな!!」
モヒカン男は斧の柄でポンポンと肩を叩きながら、上機嫌で俺に向き直った。
「ま、心配するな。どうせ優勝するのはこの俺様よ!!オメーは強い、確かに強い。強さだけならこの俺様より上かも知れねえ……ほんのちょびーっとだけだがな。だが、オメーがいくら強くても、強いだけじゃあ、この俺様には勝てねえ……勝てねえ理由があるんだよ!!」
「ヘェー……アンタ見かけはバカっぽいけど、なかなか核心突くわね」
5つ目のタルトをモシャモシャ食べながら、喪服の幼女が俺とモヒカン男の話に割って入ってきた。
「確かにこの戦いは単純な強さだけで勝ち残れる程甘いものではない……勝つのは十手先、二十手先を読み、他者を出し抜ける者……」
そう言って、6つ目のタルトに手を伸ばす。
それにしてもチビのくせによく食うヤツだ……。
さっきから甘いものばかり食っているが、コイツの血糖値はどんなけ高いのか。
「……ま、俺もお前らには期待してるぜ。俺の最後の戦いを飾るに相応しい健闘をな」
俺は改めてここに集められた戦士達を見渡した。
「さて、他にもう質問はありませんか?無ければこれにて質問タイムは終了させて頂きます……」
「ちょっと待った」
質問を切り上げられる前に、俺は手を挙げた。
ちょっと気になる事があったのだ。
まあ、本当にちょっとした事なのだが……
「実を言うとな……この戦いには関係ない事だし、ぶっちゃけクッソどうでもいい事なんだが、一度全能の存在に会ったら試してみたい事があったんだよ……いいか、“絶対者が持ち上げられない石を出してくれ”」
「それってもしかしてアレですか……『全能のパラドックス』ですね」
「Exactly!!その通りだ」
「成程……もし絶対者が持ち上げられない石を出したら、その石を持ち上げられないのだから、私は全能ではない。かと言って、持ち上げられない石を出せないのだったら、それはそれで全能ではない。故に全能の存在など存在しえないというパラドックスですね」
「そう……絶対者が全能の存在であるというのなら“全能の存在でないという事も証明出来なければならない”それが出来なければ全能ではない。そして出来ても全能ではない……」
「宜しい!!大サービスでやってあげましょう!!」
俺の質問に、他の戦士達も少なからず関心を示したらしい。
「何、本当か……!?」
「そんな事が……出来るの?」
「ヒョッヒョッヒョ……こりゃ見ものじゃわい……」
全員が固唾を飲んで見守っていた。
アホの女拳士を除いて。(コイツは質問の意味がよく分からなかったらしい)
そして絶対者の、相変わらず陽気な声が俺達の精神に響く。
「いきますよー、3,2,1、ハイ!!」
そしてまた、パチンと指を鳴らす音が俺達の精神に響き渡った。
次の瞬間、奇跡を超える奇跡が起きた。
「マ……マジかよ……!?!本当にやりやがった……」
「信じられない……こんな事ができる筈がない……」
アホの女拳士を除く全員が驚嘆していた。
絶対者は確かに“自分では持ち上げられない石”を出現させた。
しかし、それでも尚、彼は“全能の存在”であり続けたのだ……
成程、どうやら絶対者の力は本物のようだ。
絶対者はこの論理的には絶対不可能な問題を、あらゆる理屈を超えた次元で解決して見せたのだ。
どうやら絶対者とは、あらゆる法則、論理、理屈さえも超越して、ただ“全てを実現できる”という、そういう存在らしい。
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