心霊治療
「解毒剤を創るって……そんな事が可能なのか?」
勇者が半ば信じられない様子で俺に尋ねる。
「出来るんだよ……あいつの身体を使えばな」
俺は親指で毒使いの死体を指した。
その死体に歩み寄ると、俺は自分の右手に魔力を込めた。
すると、俺の手は青白い輝きを帯び始める。
「やるか……」
俺は自分で自分に気合を入れると、右手を毒使いの心臓あたりに突き刺す。
手は毒使いの着ている高そうなダブレットに一瞬当たると、そのままズブズブと沈むようにすり抜けて皮膚を貫通し、体内に入っていった。
「心霊治療……過去にほんの数人、伝説級の大聖者でなければ使えなかったという、奇跡の業……」
女僧侶が驚愕していた。
(確か毒使い……あらゆる毒物に免疫を持っていると言ってたな。って事は、こいつの血液から、抗毒血清を作り出せる筈だ)
俺は右手に全神経を集中させて、魔力を込める。
(抽出……純化……そして濃縮…………)
俺はゆっくりと、毒使いの死体から右手を引き抜いた。
その手にはキラキラと輝く白い物体が握られている。
魔力のオヴラートによって包み込んだ血清だ。
「精製魔術……錬金の秘儀中の秘儀をいとも簡単に……」
今度は博士服の女性が驚嘆の声を上げていた。
うむ、あの女、どうやら錬金術師だったらしい。
俺は血清を慎重に掴み出すと、そっと手に包んだまま、床に倒れている海兵服の少女の元へ歩いて行った。
「あ、そうだ」
その時、ふとある懸念が頭をよぎった。
「そのー……アレだ」
一応黒髪の少年に断っておく。
「ちょっと胸の辺り触るけど、そこは了承してくれよ。お兄ちゃん」
俺の言葉を聞いて、少年は少し怒り出した。
「そんな些細な事はどうでもいいんです!!どうか早く妹を……セツナを助けてやって下さい!!」
ヘイヘイ、今のは俺が不謹慎だった。反省している。
俺は少女の胸の辺りに手を当てると、そのまま服と皮膚をすり抜けさせて、少女の体内に手を入れた。
そして、魔力によって精製した血清を抽入する。
その後、再び全神経と魔力を右手に集中させて、抗毒作用を少女の全身に巡らせた。
「凄い……毒がみるみる中和されていく……正に神の手だわ……」
女僧侶は目を見開いて、ただただ俺の治療に見とれていた。
いや、彼女だけではない。この大広間にいるほぼ全員が、俺の手腕に注目しているようだ。
まあ、寝ている奴はどうか知らんが……。
解毒の処置を全て終えた俺は、少女の身体からゆっくりと手を引き抜く。
「大分弱ってはいたが、これで助かる筈だ」
俺は少女を両腕で抱えて、壁際のソファーにそっと寝かせてやった。
「凄い……毒が完全に消えている。今なら通常の治癒が通用する筈」
女僧侶は少女の額に手をかざして、治癒魔法をかける。
すると、少女の体力が回復し、蒼白い顔に赤みが差し、土気色だった肌には元の艶やかな色合いが戻った。
不意に勇者が窓際に歩み寄ると、聖剣を一閃させた。
次の瞬間、シルクのカーテンが長方形に切り取られる。
勇者はそれを少女の元へ持って行き、毛布代わりにかけてやった。
勇者と女僧侶、それに彼女の兄である黒髪の少年は傍らに付き添い、未だ意識の戻らない少女の容態を心配そうに見守っていた。
「……ま、後は暫く安静にしておくんだな。じきに目が覚めるだろう」
俺は少女の治療を終えると、円卓の椅子に座り、暫し寛ぐ事にした。
流石の俺でも些か疲れて来た。心霊治療はいつやっても、存外に魔力と体力を消耗する……。
「やるわね、あんた……人間のくせに」
エルフの女が呟いた。
「毒魔法だけではなく、錬金術……医療技術まで持ってるなんて」
博士服の女性も、俺に話しかけてきた。
「しかも系統が全く違う複数の魔術を組み合わせるなんて……私たちエルフでも限られた者しか出来ない超高等技術よ……あんた、本当に人間?」
「本当に人間?”」
……ま、そのセリフはしょっちゅう言われるけど。
「あの毒使いとの立ち合いを見た限り……体術の方も拳聖レベルだね……!!ふんっ!!はっ!!」
女拳士も、シャドーを再開しながら、俺に言葉を投げかける。
相変わらず元気な奴だ。
「どうやら彼は……私達の中でも、別格の存在らしいわね」
寛ぐ俺を遠巻きに見ながら、女僧侶が勇者に話しかけた。
「ああ……いずれ彼が敵に回るのかと思うと、ゾッとするな……」
女僧侶の語り掛けに勇者が応える。
「しかし私は……これから始まる戦いに、何としてでも勝ち残らなければならない……例え彼が、ヤツだったとしても……」
勇者は神妙な面持ちでスーツの男を見据えていた。
「ヤツ……?ヤツとは一体……?」
勇者のただならぬ気配を察し、女僧侶は問いかけた。
「今に分かる……」
勇者は低く呟くようにそう応えた。
疑問は晴れなかったが、何やらこれ以上立ち入ってはいけない雰囲気に気圧され、女僧侶は黙り込んだ。
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