ゲルハルバルトの血判状
豪奢を極めた大広間を、張り詰めた空気が支配していた。
斧と剣を打ち合わせた状態のまま、勇者とモヒカン男は力を拮抗させ、まるで二体の石造の様に動かなくなっていた。
互いに劣らぬ壮絶な修羅場を潜り抜けてきた彼らは、一合打ち合っただけで相手の力を推し量る事が出来た。
(このモヒカン男の斧技は達人クラス……見かけはチンピラ丸出しだが、決して生まれ持った巨体と膂力に頼っているだけの雑魚ではない。しかもこの男……まだ何か途轍もない能力を隠し持っているようだ。尤も、それはこちらも同じ事だが……)
(勇者とかいうだけあってやりおるぜ……俺様の真の能力を使えば勝てない事はないだろうが、こちらもただでは済むまい。何より、能力をこの場にいる他の奴ら……)
モヒカン男はチラリと横目で俺の方を見た。
(特にあの毒使いの野郎を倒したスーツの男に知られるのだけは、絶対にマズイ!!)
モヒカン男はスッと斧を収めた。
「ケッ 勝手にしやがれ!!どの道その小娘はもう助からねーよ!!だったら一思いに殺っちまった方が楽になれるってものをよ……」
モヒカン男は斧を肩に担ぎ、ポンポンと肩を叩きながら立ち去ってゆく。
そんなやり取りをしている間にも、黒い海兵服を着た少女の容態はどんどん悪化していった。
「く……っ ハァ…… ハァ……」
少女から苦しそうな吐息が漏れる。顔はますます蒼白となり、手足は痙攣している。
「セツナ……セツナ……しっかり……!!」
少女の片割れの少年は、心配そうに彼女を抱きかかえる事しか出来ない。
勇者と僧侶も、ただ成す術もなく、傍らで見る事しか出来なかった。
「どうかお願いです……誰か……誰か僕の妹を助けて下さい!!」
黒髪の少年は俺達の方に向き直り、両膝を折りまげて座り、両手と頭を地べたに付けて哀願した。
聞いた事がある。これは「土下座」という、東方の習慣にある、最大の誠意を見せる姿勢だ。
「僕たちは……この戦いを棄権します!!あなた方と争う意思はまったくありません……だからどうか……どうか妹の命を……」
黒髪の少年は瞳に涙を浮かべながら、額を地に擦り付けて俺達に訴えかける。
「ん~~~、助けてあげたいのは山々だけど、ボクの気はボク自身にしか効果が無いからね……」
女拳士が申し訳なさそうに応える。
「これも運命じゃ……諦めなされ……ナンマンダブナンマンダブ……」
坊主は少女が既に死んだものと思って合掌して念仏を唱えている。
他の者たちは「我、関せず」といった感じだ。
カウンターバーに戻ったモヒカン男はグビグビと酒を呷り、陣羽織の剣士は刀の手入れをしていた。
ゴスロリ少女は相も変わらずお菓子をボリボリと食べ、木乃伊のジジイは殆ど歯の無い口でヘラヘラと笑っている。
全くこの2人だけは何を考えているのか分からない……
壁際のソファーでは相変わらず寝ている奴もいる。
その時、俺にある考えが閃いた。
念の為に、あれを持ってきておいて正解だったな。
「オイ、小僧。棄権するってのは本当か?」
俺は少年に問いかける。
「勿論です……そもそも僕たちみたいな普通の高校生が、あなた達みたいな超人と戦える筈がないんです……」
〝コウコウセイ”また何やら、聞き慣れない言葉だが、まあいい。
戦わずに済むというのなら、それに越した事はない。
「ふむ、いいだろう。ならば、これに一筆書いて、署名、捺印しろ。そうすれば、妹の命は助けてやる」
そう言って俺は、懐から一枚の大きな羊皮紙を取り出した。
何しろ、俺の懐は別空間だ。生物以外なら大抵のものは収納出来るし、出し入れも自由自在だ。
「それは……ゲルハルバルトの血判状!!」
博士服の女性が声を上げた。
一般には認知される事もない、国家間の密約にも使われる機密文書なのだが、やはりここにいる連中なら知ってる奴がいても当然か。
「何です……それは?」
黒髪の少年は不思議そうに羊皮紙を見つめる。
「説明しておこう。つか、説明しないと使えないんだが……これは古の大魔導士『ゲルハルバルト』が作り出した、契約を強制するマジックアイテムだ。先ずは契約内容を記入した上で、それを読み上げる。その後、署名、そして本人の血による拇印を押せば、契約完了となる……もしも、契約内容を破った場合、捺印者はその場で死を以て契約不履行の罪を償ってもらう」
黒髪の少年はゴクリと喉を鳴らした。
「死……ですか」
俺は説明を続ける。
「悪用を防ぐ為に、この血判状は契約者が効力と契約内容を全て理解した上で、契約者の意思を以て契約しなければ、捺印出来ないのだが、今回の契約内容はこの戦いをお前ら兄妹が棄権する事だ」
「それは……問題ありません。何度も言いますが、僕たちは戦うつもりなど、最初から無いのです」
「いや、この血判状の効力は棄権出来なかった場合でも発揮されるんだぞ」
「え……?」
黒髪の少年に戸惑いの表情が浮かぶ。
「他にも、もしお前が棄権しても、妹の方が参戦すると言い出した場合も同様だ」
「そんな……セツナがそんな事言う筈がない!!セツナは……妹は、争い事が何よりも嫌いな優しい性格なんだ!!」
黒髪の少年は俺に抗議するかの様に反論した。
「まあ、後者の方は俺も無いとは思うが、前者……つまり、棄権出来ない可能性は充分にあるんだぞ」
「う……それは……」
黒髪の少年は困惑して目を伏せる。
「お前に……妹の為に命を賭ける覚悟はあるか!?」
俺は少しきつい口調で少年に問う。
暫し俯いていた少年だが、キッと顔を上げて、俺の瞳を見て言った。
「死のペナルティが課せられるのは……僕一人なんですね?」
「ああ、そうだ。本当なら、妹の方にも契約して欲しいところだが、今の状態じゃとても無理だからな」
黒髪の少年の質問に俺は答える。
少年は暫し逡巡していたが、立ち上がると俺の手から血判状を受け取った。
「わかりました……やります!!」
彼は決意を込めた瞳を俺に向けて決意した。
「どの道、このままではセツナの命はない……ならば、妹の命を助ける為だというのなら僕は命を賭けてもいい……」
「うむ、よく言った……」
俺は黒髪の少年に血判状とペンを手渡した。
少年は大理石の円卓に座ると、記入し始めた。
そしてその内容を読み上げる。
「我々、トキカワ トワとトキカワ セツナの兄妹は、この戦いを棄権し、選手としてのあらゆる権利を放棄する事をここに誓います……」
記入と宣誓が終わった後、血の捺印は女拳士が割った酒瓶の破片で指先を切って済ませた。
俺は血判状を受け取ると、内容を確認する。
(どれどれ……何じゃ、この変な文字は?古語も含めて36ヶ国語話せる俺でも、こんな変な文字は、はじめて見たぞ……ま、いいか。血判が押せたって事は、記述と宣誓内容に食い違いはないって事だ。そうでなければこの血判状には捺印出来ないし、明文化さえしちまえば、何語で書こうが効力は発揮するんだからな)
俺は血判状を懐に仕舞い込んだ。
尤も、血判状に一度捺印してしまったからには、この契約の効力は絶対だ。仮に血判状が無くなったとしても、契約が消えるわけではないのだから、あまり意味のない事ではあるが。
「しかし……どうするつもだ?我々ならともかく、一般人の彼女が、毒に侵されてしまったら、解毒は困難だぞ」
勇者が俺に疑問を投げかける。
「そうよ、毒使いが言っていた通り……この神経毒に効く解毒剤は存在しないのよ」
少女の容態を看ていた僧侶も俺に問いかけてきた。
そんな二人に、俺は事も無げに言い放つ。
「簡単だ。解毒剤がないなら……創ればいいんだよ」
「なっ……」
「そんな事が……」
歴戦の勇士である筈の二人が、俺の言葉を聞いて目を丸くしていた。
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