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魔王崇拝教団の最期

「尊師、お逃げください!!奴が……勇者がすぐそこまで来ています!!」


「どういう事だ!!?9年前、勇者の村を襲撃して、奴を抹殺した筈ではなかったのか?」


「それが……どうやら、仕留めたと思っていた勇者は、身代わりだった様です。」


 魔王崇拝教団『暗黒の夜明け』教団本部は今、勇者の襲撃を受けていた。

 教祖ヴァラ・ハック=リーは、側近からの報告を受けて当惑していた。


「我が教団きっての実力部隊である、黒鎖僧兵団はどうした!?こういう事態に備えて日頃から鍛錬していたのだろう!!」


「それが……あっという間に壊滅しました。我が教団の精鋭が、ものの10分間もかからず、まるで草でも刈るかの様にバッタバタと……」


「し…信じられん……一人一人がAランク冒険者に匹敵する精鋭50人が10分間で…………バケモノか勇者(やつ)は!!?」


 勇者の村襲撃事件から9年の歳月が流れていた。

 厳しい修練を積み重ね、幾多の修羅場を潜り抜けてきた少年アルベルトは逞しく成長し、今や立派な青年となっていた。

 教祖を護る幾多の僧兵を打ち破り、9年前に起こった惨劇の元凶の元へ、勇者アルベルトは一歩ずつ近づいて行った。

 長い回廊をコツコツと歩みながら、奥の院へと向かうその足音が、教祖にとって滅びの使途の進軍喇叭(しんぐんらっぱ)に聞こえた。

 勇者は奥の院を閉ざす、大人の背丈3人分ぐらいの高さがある大扉の前に辿り着いた。

 そしてその前に立ち止まると、徐に鯉口を切った。


「フンッ!!」


 短い気合と共に、光と見まごう迅さで聖剣の一閃が放たれる。

 次の瞬間、大扉はバラバラに切り刻まれていた。無数の破片がドカドカと床に落ちる。

 勇者は、燭台に照らされた薄暗い聖堂の奥に、教祖とその側近を見つけた。


「オリハルコンで出来た大扉をまるでバターでも切るかの様に……」


 教祖は勇者アルベルトの人間離れした剣技に驚愕を隠せないでいた。


「尊師、お逃げください!!ここは私が食い止めます!!」


 側近は勇者の前に進み出ると、印を結んで呪文を詠唱する。


「闇の力よ我に宿れ……黒き炎は全てを滅さん!!」


 側近は逆三角形に組んだ両手を勇者の前に突き出した。


暗黒火焔球(ダーク・ロア)!!」


 側近が両手で結んだ印から、直径1メートルほどの黒い球体が現れた。それは燃えさかる黒い炎の塊であり、さながら暗黒で出来た小さな太陽だ。

 その暗黒の太陽が矢の様に、勇者めがけて放たれた。まともに食らえば人間など跡形もなく消し飛び、その周囲は灰燼に帰する暗黒魔法の高位呪文だ。

 しかし勇者は聖剣を逆袈裟に振るうと、その黒い火球を真っ二つに斬り裂いた。


「なにぃ!!?」


 側近が驚愕した次の瞬間、あり得ない速度で距離を詰めた勇者が、側近の身体と重なった。

 側近は小さな呻き声を上げると、その場に崩れ落ちた。


「ば……莫迦な、大陸でも五本の指に入る暗黒魔法の使い手を、いとも簡単に……」


 教祖は自分が最も頼りにしている最強の使徒が、赤子の手をひねるよりも簡単に倒される様を呆然と眺めていた。

 その教祖の元に、勇者はコツコツと歩み寄る。


「お前が教祖か……」


 勇者は教祖と思しき初老の男の喉元に聖剣を突きつけると、静かな、それでいて途轍もなく力強い声で詰問した。


「如何にも……儂が魔王崇拝教団『暗黒の夜明け』の教祖ヴァラ・ハック=リーじゃ」


 教祖は観念したかの様に答える。


「9年前……私の村を襲ったのも、お前の差し金か?」 


 教祖は暫し逡巡した後、ゆっくりと口を開いた。


「……その通りじゃ。すべて儂の指示で行った」


「ほう……グダグダと言い訳して命乞いでもするかと思ってたが、意外と潔いな」


「クックック……」


 何を思ったのか、教祖は不敵に笑う。


「何が可笑しい?」


 その態度に、勇者は些かの違和感を覚えた。


「9年前の復讐……というわけか。よかろう、八つ裂きでも火炙りでも好きにするがよい。だがこれだけは覚えておけ、儂が死んだところで魔王崇拝(サタニズム)の火は消えん。儂の死は、新たな憎しみの炎となって、必ずや後に続く者の心に燃え続ける。そしていつの日か仇を討ってくれるじゃろう……」


 勇者は教祖の言葉を黙って聞いていた。


「そして、その仇もまた新たな憎しみを生む……人々が、憎しみの連鎖を続ける限り、我ら魔王崇拝者(サタニスト)は生き続けるのじゃ!!」


 一通り聞き終えると、勇者は静かに口を開いた。


「何を勘違いしている……私はお前の配下の者を一人も殺してないぞ」


「なに……!!?」


 その言葉に、教祖は耳を疑った。


「全員当て身で気絶させただけだ。尤も、骨の2,3本は折れた奴もいたかもしれないがな……」


「な……なんじゃと?そんな莫迦な……?」


「勿論お前も殺す積りはない。ただ、法に則って拘束はさせてもらう。しかしどの道お前が死ぬ事はない。何故なら、この国には死刑制度が無いからだ」


 教祖は勇者の言葉を唖然として聞き入っていた。


「な……何故じゃ、何故儂の命を助ける?9年前……お前の村を焼き、お前の家族を皆殺しにした儂が憎くはないのか……?」


 勇者は一瞬、悲し気に目を伏せると、再び意志の強さを感じさせる瞳をキッと向けて答える。


「憎しみは無い……と言えば、嘘になる。だが、復讐の為に振るう刃など、私は持っていない。私の剣は人を護る為にあるからだ」


 勇者は教祖の目を見据えたまま、言葉を続けた。

 その瞳に憎悪は無い。ただただ、強い意志があるだけだった。


「そして、人を護る為に、私は暴力を行使する。私が振るうのは暴力という、ただの物理的力だ。断じて正義などではない。だが、振るう暴力はなるべく小さい方が良いと、私はそう考えている……」


「…………」


 教祖は勇者の瞳を見つめながら、言葉を失っていた。


「抵抗したければ、してもいいぞ。だが、痛い目を見たくなければ大人しく……」


「ま、待て……!!」


 勇者の言葉を、尊師は遮った。


「儂の……負けじゃ」


 教祖は項垂れると勇者に自らの敗北を宣言した。


「単なる戦いに負けたのではない……あらゆる意味で、儂の完敗じゃ……」


 勇者の足元に突っ伏したまま、訥々と過去を語り始めた。


「儂はかつて、人同士の戦争によって故郷を……そして、家族を失った。国同士がお互いの正義を振りかざし、人々が傷つけ合う様を見て、儂は人間の身勝手な正義というものにほとほと嫌気が差した……いつしか、儂は人間というものをこの世で最も憎む様になっていったのじゃ……そして人間に絶望した儂の前に、魔王の使者が現れた。彼奴(きやつ)は儂に、勇者を殺す事に協力しろ、さすれば儂を魔族に……人間以上の存在に生まれ変わらせてやると持ち掛けてきおった。儂は人間を辞める為に魔王に魂を売り渡すと誓い、魔王崇拝教団を立ち上げた……そして……それからは……お主も知っている通り……取り返しのつかない過ちを…………」


 教祖は肩を震わせていた。

 地に付けたまま固く握りしめられた両拳の間に、ポタポタと雫が落ちる。

 そして彼は勇者を仰ぎ見て言った。


「だが、お主の様な人間に、もっと早く出会っていたのなら、儂も人間に絶望しなかったかも知れない……憎しみを超え、復讐の連鎖を断ち切り、ただ人を護る為のみに戦う聖人がこの世におったとは……お主こそが世界を救う、真の勇者じゃ!!」


 勇者を見据える教祖の瞳には既に畏怖は無かった。

 むしろ、天からの使者を敬う様な憧憬の眼差しを向けている。

 そんな教祖に向かって、勇者は静かに口を開いた。


「……死刑にはならないとはいえ、お前の残りの人生はずっと囚人として過ごしてもらうぞ」


「構わぬ!!」


 強く言い放つと、不意に教祖は立ち上がり、慙愧の涙を浮かべながら勇者の手を握った。


「だが、儂にせめてもの償いをさせてくれ……儂の過ちは、如何なる罰を以てしても、償い切れるものではない。だが、儂はこの後の人生をかけて、獄中からでも魔王崇拝は間違いであった事を世に喧伝しよう。そして人間は、儂らが考えていた以上に素晴らしいものであった事を世に知らしめる……!!教祖の儂自らが諭すのなら、この本部以外にも無数におる魔王崇拝者の残党も目を覚ますじゃろう」


 勇者はその手を優しく握り返す。


「どうやら……拘束する必要はなさそうだな」


 その日、教祖ヴァラ・ハック=リーは勇者に付き添われて出頭した。

 彼もまた、心の弱さを魔王に付け込まれた、哀れな犠牲者の一人だったのだ。

 こうして魔王崇拝教団『暗黒の夜明け』は教団側に誰一人犠牲者を出す事はなく、壊滅した。

 そして、その功績は勇者アルベルトの伝説の一つとして、人々に語られてゆくのであった。

勇者パートいったん終了です。

次回から主人公目線に戻ります。


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