護る力
「勇者は何処だーーーーーー!!」
「勇者を探し出せーーーーー!!必ず殺せーーーーーーー!!」
生まれ育った村が燃えさかる中を、襲撃者達の怒号が飛び交う。
地面にはその殆どが顔見知りだった村人たちの死体があちこちに転がっている。
まだ幼かったアルベルトは姉に連れられ、襲撃者の魔の手から命からがら納屋の中へと逃げのびていた。
姉は納屋に入ると、床下に設けられた子供一人がやっと入れる隠し戸にアルベルトを匿った。
「いい、アル……ここから絶対出ちゃダメよ……」
「姉さん……」
アルベルト・グリュック・ブリンガーは山間にある小さな村の、ごく普通の農家に生まれた。
家庭は裕福というわけではなかったが、とりたてて貧しくもなかった。
この国では王の敷いた善政により、国民は皆、そこそこ豊かな生活を享受出来ていたのだ。
アルベルトには3歳年上の姉がいたが、姉は物心ついた頃から冒険者になる事を夢見ていた。
その為に、姉は両親を必死に説得し、3里離れた町の剣術道場に通わせて貰えていた。
元々の素質と人並外れた努力の賜物によって、姉は12歳にして既に大人の師範代とですら、互角に渡り合える程の実力を身に付けていた。
そんな姉をアルベルトは世界で最も敬愛し、また、姉もアルベルトを可愛がる、とても仲の良い姉弟だった。
そんなアルベルトが、勇者の神託を受けたのは9歳の誕生日の時であった。
この吉報に村では総出の祝宴が開催された。
そして、アルベルトが勇者になる事を最も喜んだのは、勿論彼の姉であった。
だがそのすぐ後、この勇者の神託が、彼の村に悲劇をもたらす事となる。
魔王復活を成就させる為、邪魔となる勇者をまだ力をつける前の幼いうちに殺してしまおうとする勢力が、彼の村を襲撃したのだ。
村人達は成す術もなく虐殺され、家という家には火が放たれた。
そしてアルベルトの両親は目の前で殺された。
両親を失ったアルベルトにとって、今や姉だけが唯一残された肉親となったのだ。
「アナタは私が護る……」
姉はそう言うと、剣を取って長かった髪をバッサリと切り落とし、髪を短くした。
そして男物の服を着ると、その姿は元々顔立ちの似ている姉弟だったアルベルトそっくりになった。
その出で立ちを見て、アルベルトは姉の真意を読み取った。
「姉さん……まさか姉さんが僕の代わりに犠牲になるの……」
姉は静かに微笑みを返す。
その表情には、既に死の決意が見受けられた。
「そんなの嫌だ!!僕も姉さんと一緒に戦う!!姉さん一人を助けられなくて、何が勇者だ……!!」
後を追おうとする弟を、姉は優しく抱擁した。
「アル……私の一生の……そして最後のお願いよ」
姉は抱きしめる手に力を込める。
「どうか……生きて!!」
「どうして姉さんが……僕が勇者だから?だから姉さんが僕の代わりに死ななきゃならないの……?」
「それは違う。アル、私は勇者として以前に……私の弟として、愛する家族として、お前に生きていて欲しいの……」
姉はアルベルトをより一層強く抱擁すると、彼の肩を両手で掴んで向き合った。
そして凛とした瞳で弟の目を見据えて言った。
「いい、アル……これから何が起ころうとも、決して憎む気持ちを以て戦ってはいけない……憎しみは必ず、新たな憎しみを作り出す。お前の力は悪を滅ぼす為にあるんじゃない。人を護る為にあるんだ!!それを忘れないで……」
幼いアルベルトには、既に死の決意を固めて、それでもなお弟を護ろうとする姉の双眸が、この世界にあるどんな宝石も色褪せてしまう程に美しく見えた。
「ね……ねえ……さ…ん……」
必死に声を噛み殺して泣く弟の頭を優しく撫でると、姉は既に火の手の回った納屋の入口へと向かっていった。
そして入口の戸を開く前にふり返ると、まるで買い物にでも行く時のような、屈託のない微笑みを弟に送った。
「元気でね、アル……」
これが姉さんと交わす最期の言葉になる……
この笑顔を、永遠に見れなくなる……
幼いアルベルトは途轍もない悲哀と喪失感の中、自分が背負うべき「勇者」という運命の重荷を受け入れる覚悟を決めた。
自分はここで死んではいけないのだ。たとえ死よりも辛い運命が待っていようとも。
(生きる!!姉さんや……父さん、母さん……殺された村のみんなの為にも……僕は必ず生き残る……!!)
アルベルトは意を決すると、止め処なく溢れる涙を噛み殺しながら、納屋の床下へと潜り込んだ。
身体を丸めて隠し戸に身を潜ませたアルベルトの耳に、外の様子が辛うじて聞こえてきた。
「まだ生き残りがいたぞーーー!!殺せーーーーーー!!」
「ぐぁぁぁ!!なんだコイツ!!?まだ年端もいかない子供のくせになんて強さだ!!」
「間違いない!!コイツが勇者だ!!みんな、取り囲め!!」
「一斉に攻撃するぞーーーーーーーーーー!!」
その後、激しい剣戟の音が響き渡った―――
――次々と築かれてゆく屍の山――
――焼け落てゆく故郷――
――目の前で殺された両親――
――そして最も敬愛していた姉の最期――
これが幼いアルベルトの心に刻まれた原風景となった。
勇者の村襲撃の報せを聞いた国王は、すぐさま騎士団を派遣したが、既に村は焼け落ちた後であった。
その焼け跡から勇者アルベルトが救出されたのは、襲撃から3日後の事だった。
彼は直ちに国の医療施設へ収容され、最高レベルでの治療が施されたが、幸い身体の方には軽い火傷と擦り傷を負ったのみだった。
しかし、心に負った傷は深いものだと諒察できた。
それを慮った王は、自ら療養所へ慰問するという、異例の対応を執った。
療養所のベッドの上でぼんやりと宙を眺めるまだ幼い勇者を前に、王は厳かに口を開いた。
「この度の事件は本当に悔やまれる……其方の村を守れなかった責は余にある。一応こんな事もあろうかと、魔物を寄せ付けぬ結界を村に張り巡らせていたのだが……奴らの……魔物の力を甘く見すぎていたようじゃ……」
王は深々と頭を下げて陳謝した。
その姿を見て、病床の勇者は静かに口を開いた。
「お顔を上げて下さい陛下……陛下に非はありません。あれは仕方のない事だったのです。やつらは……簡単に村に入ってきて……そしていきなり襲い掛かって来たのです」
王は少年の言葉に些かの違和感を覚えた。
「しかし……この国で最も優れた術士の張った結界が、そう容易く破られるとは思えんのだが……?」
「いえ、僕たちの村を襲ったのは魔物ではありません……同じ人間なのです」
王は驚愕した。
「まさか……我々と同じ人間が、勇者である其方を殺そうとしたのか!?」
勇者の村を襲った勢力。
それは、人間でありながら、魔王に心を売り渡し、自ら魔物となる事によって生きる道を選んだ者達。
魔王崇拝者の一団であった―――
勇者パート、もうちょい続きます。
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