2.
「少し早いけど、今日の授業はここまで。来週は小テストやるからしっかりと復習しておくように」
この先生の授業はいつも時間ぴったりに終わるのに、今日だけはなんと5分も早く終わってくれた。
今日のわたしは神様に愛されているのかもしれない。
「じゃあ行ってくる。アコは先に屋上行ってて」
カバンからおサイフを出してから天井に親指を突き立てる。ふり向いたアコはわたしと同じポーズを取った。
「りょうかい。グットラックだよ、みっちゃん」
ほかの教室はまだ授業中。
走ると怒られるから、ゆっくりとおしとやかに廊下を歩く。1年生の教室って階段から近いから5分もあれば購買に余裕で到着できてしまう。これは『おばちゃん特製ミックスサンド』を手に入れたも同然だ。
購買に到着すると、わたしたちのクラスと同じように授業が早く終わった人たちが昼のチャイムが鳴るのを待っている。学年は違うけれど、たった二ヶ月ちょっとで顔見知りにはなった人たちだ。
「初香先輩、沙織先輩。こんにちは~」
「こんにちは。美智子ちゃんのところ、今日はめずらしく早く終わったんだね」
「はい。見たところ特製ミックスサンド狙いの常連さん方はいないようですし、今回の特別メニューは無事お迎えできそうです」
「よかったね」
「先輩たちの今日のお目当ては?」
「わたしはメロンパンと焼きそばパン」
「わたしはあんパンとツナサンド」
水曜日の購買で必ずといっていいほど顔を合わせる二人の先輩。
なんでも水曜日の4限はいつも早く終わるらしく、毎回こうして早めの時間から購買にパンが並ぶのを待っているのだ。そのため、二人で食べるパンを冒険しているらしい。
だが『あること』がある日は決まって初香先輩は『メロンパンと焼きそばパン』、沙織先輩は『あんパンとツナサンド』を買っていくのだという。
そしてその『あること』といえば――
「……ということは今日はサッカー部の応援ですね」
「あたり!」
サッカー部に初香先輩の好きな人がいるらしく、この組み合わせは早く食べられる上におなかにたまる最高のタックらしい。
初香先輩はともかく、おしとやかな雰囲気の沙織が早食いってあんまり想像がつかない。
もしかしておなかにブラックホールでもあるんだろうか?
そんなことを考えているうちに4限終了のチャイムが校舎中に響き渡る。
それを合図に購買のおばちゃんはズドンと音を立てながらパンがたくさん入ったケースを次々と台の上に乗せていく。それに合わせて先輩たちと別れ、お目当ての場所へと移動することにした。
「じゃあね、美智子ちゃん」
「先輩、熱中症流行ってるらしいですから気をつけてくださいね」
「ありがとう」
こうして無事におばちゃん特製ミックスサンドを獲得したわたしは急いで階段をかけあがる。
地下一階から一番上の6階まであがるのは少しキツいけど、エレベーターは基本的には先生と来客以外は使用禁止。自分の足を信じて登るしかないのだ。
屋上までたどりつくころには、毎朝5階まで登っている三年生の先輩たちへの尊敬の念が芽生えたほど。
運動不足ではないつもりだが、明日からランニングでも始めようかな? なんて三日坊主で終わりそうなことを考える。すると前方から聞き慣れた声が飛んできた。
「みっちゃん、こっちこっち!」
アコだ。隣には円城先輩と佐伯先輩、河南先輩がいる。どうやらわたしが最後だったらしい。
結構急いで来たんだけどな~。
「遅れてすみません」
ぺこりと頭を下げると「ここ座りな」と一人分の場所をあけてくれる。
「ありがとうございます」
短くお礼をつげてこしをおろす。すると目の前からずいっと長い手がのびてくる。
「はい、いちごみるく」
「え、いいんですか!?」
「うん。みっちゃんのために買ったやつだから飲んで」
佐伯先輩はわたしの手にいちごみるくを乗せると軽く笑った。
「ありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げて、さっそくパックにストローを差す。まだ買ったばかりなのか冷たくて美味しい。乾いた喉に吸い込まれるようにチューチューと吸っていると顔の辺りに視線を感じる。
なにかな? と顔をあげるとアコのとなりに座っている円城先輩はふふふっと意味深な笑みをうかべながら、購買の紙袋を持ち上げた。
「なんと、デザートにはゼリーを用意してあります」
「本当ですか!?」
「アコちゃんはリンゴで、みっちゃんはオレンジだったよね?」
「ありがとうございます!」
なんとも至れり尽くせりだ。
わたしなんかなにも用意してないのに!
今日ご飯会の開催を聞かされたからっていうのもあるけど、思えば先輩たちにはお菓子やジュースをもらってばかりだ。今だってデザートのゼリーを食べ終わった後で、河南先輩から新作のコンビニチョコを分けてもらっている。
「ナッツにうっすらとコーティングされているキャラメルが苦めのチョコと合いますね」
「そこに気づくとはさすがみっちゃん!」
初めてのご飯会だから気を使ってくれたのだろう。
そう思ってありがたくいただいたのだが、どうやらそういうわけではなかったらしい。
次の週も円城先輩は毎回ゼリーを持ってきてくれるし、佐伯先輩はジュースをくれる。河南先輩は途中からわたしの舌の精度を試すチャレンジを始めたけど、毎回新しいおかしを持ってきてくれる。
「コンビニお菓子じゃみっちゃんの舌の限界がわからない!」
三度目くらいでそんなことを言い出して、海外のお菓子をわざわざ買ってきてくれるようになった。
わたし、犬かなんかだと思われているんじゃないかな?
そんな考えが頭をよぎるが、河南先輩の持ってきてくれるお菓子はどれも美味しいのは間違いない。今日も美味しい~なんて幸せに浸りながら、悔しそうにパッケージを眺める河南先輩から新たなお菓子をもう一つゲットする。
今日は海外のキャンディーだった。
かんきつ系のフルーツがいくつも混ざり合ったもので、舐める場所によって微妙に味が変わる代物だ。
今までもらった中で一番好みかも。包み紙持って帰って家で調べようっと。
きれいにたたんでスカートのポケットに入れる。口の中でキャンディーをころころと転がしていると、ふと佐伯先輩と目があった。
「本当にみっちゃんは美味しそうに食べるね」
「美味しいですからね~」
「ふ~ん。ならおれも今度からジュースじゃなくてお菓子買ってこようかな? キャンディーだったらほっぺた膨らます可愛いみっちゃんを長く見られるし」
「へ?」
今、なんて?
聞き返そうにも円城先輩の、ランチタイム終わりの合図で阻まれてしまった。




