4.
おなかの辺りをさすって精神的な痛みを紛らわせていると、足下がふわっと浮き上がった。気持ち的な問題、なら良かったのだけど、視線もほんの少しだけ上昇した。
その理由は――
「せ、先輩! なにしてるんですか!」
円城先輩がわたしの身体を抱き上げたから。
女の子の憧れ『おひめさまだっこ』というやつだ。例にもれず、わたしも幼い頃に憧れてはいた。けれど学年もごちゃまぜの観衆の前で披露されるなんて、そんなの夢に見た覚えはない。至近距離には円城先輩の顔。
近くで見るとカッコよさ倍増どころのさわぎではない。オトメゴコロがおどり出してしまいそうだ。けれどそれよりも視線が、突き刺さるような視線が痛すぎる。
降ろして~とSOSを送るが、先輩にそれは通じない。
味方のみっちゃんもすでに自販機へと旅立ってしまった。
「無理しないでいいから。保健室に行こうか」
「無理とかじゃなくて」
「ああ、日の光が眩しいか。なら顔を俺の方向に……」
さすがイケメン。気遣いも出来るなんて、女子一同が惚れるのも無理はない話だ。
こんな近くにいたら、わたしの胸の音、聞こえちゃわないかな?
恥ずかしさで熱くなる顔は先輩の胸へと抱きかかえられる。先輩には善意しかないのに、わたしだけ勝手が緊張して身体をこわばらせる。
「アコちゃん。すぐ着くからね」
「は、はい……」
早く着いて、と願いながら目を閉じる。するとすぐ近くでドキドキと胸の鼓動が聞こえる。
わたしの音だ。
ああ、恥ずかしい。小さく震えながら自分で自分の手をつつみこんだ。
「先生、ベッド空いてる?」
「あら円城くん。どうしたの?」
「アコちゃんが調子悪いみたいなんだ」
「ならそこのベッド使いなさい」
「ありがとう」
体調は悪くないんです、なんて言い出せずにベッドにゆっくりとおろされる。
「みっちゃんには伝えておくから。ゆっくり休むんだよ」
「はい。すみません」
「気にしないで。じゃあ一限が終わったら様子見に来るから。アコちゃんはしっかり寝てなよ」
円城先輩は慣れた様子でわたしの頭に手をのばすと、髪をすくようになでてくれた。温かくて大きな、とても落ち着く手。
眠くなんてないのにゆっくりと眠りに誘ってくれるその手は、ほかの子にも伸ばされたことがあるのだろうと想像すると胸がチクリといたんだ。
ああ、そっか。わたし、円城先輩のこと好きなんだ。
珍獣枠だし、先輩からすればわたしなんて犬と同じ。ふつうの女の子として見てもらえたところで、先輩は学年を問わず人気者で、わたしからすれば高嶺の花。好きになったところで叶うわけない。
失恋が確定しているのに自分の気持ちに気づくなんて……。
よく、初恋は実らないって言うけど、あれって本当なんだ。みっちゃんみたいにアタック出来たらそんな誰が言い出したかも分からないことをふき飛ばせちゃうのかもしれないけど、わたしじゃあ無理だ。
せいぜい先輩に彼女が出来るまでの間、胸の中にできた小さなお花を育てるだけ。自分がイヤになりながら、布団で顔の半分までおおった。
「アコちゃん、元気になった?」
一限終了のチャイムが鳴ってからしばらくすると、先輩は宣言通り、様子を見に来てくれた。形ばかりに寝ていたベッドから身体を起こそうとすると、先輩は軽く手を出して制止した。
「大丈夫です」
もとより体調なんて悪くないのだ。それなのに休んで、なんだか悪いことをした気分だ。これ以上心配させないように作った笑みを貼り付けて、そう返せば先輩は心配そうに眉を下げた。
「無理はしないで。アコちゃんが倒れたら悲しいからさ」
「先輩……」
「だからもう一時間くらいゆっくり休んでなよ、ね?」
「……そうさせてもらいます」
優しい人だな。先輩に気遣ってもらえることが、今はなんだか苦しくてたまらない。
「あ、おれそろそろ戻らなきゃ」
「ありがとうございました」
教室に戻る先輩をベッドから見送ったわたしは次の時間には戻ろうと心に決めて、一時間、窓の外を眺めて過ごした。
「アコ! もう寝てなくて大丈夫なの!?」
律儀にも次の休み時間にも様子を見に来てくれた先輩に付き添われて教室に戻ると、真っ先にみっちゃんが駆け寄ってきてくれた。
どうやら結構心配をさせてしまったらしい。
「教室寒くない? わたしのカーディガンいる?」
おろおろとしながらみっちゃんは自身のカーディガンを脱いでわたしに着させようとする。けれどそんなみっちゃんに先輩はにこりと微笑んだ。
「大丈夫だよ、みっちゃん。アコちゃんにはおれのパーカー貸してあるから」
教室に戻るにあたって、先輩借りたままだったパーカーの返却を試みた。だが残念ながら綺麗にたたんだそれは開かれ、肩にかけられた。
「ほらアコちゃん、腕通して~」
そして先輩の指示に従って腕を通すと、チャックはきっちりと一番上まであげられてしまった。




