3.
「あ、アコちゃんだ。おはよう」
「お、おはようございます」
「今日もビクビクしてるね。チワワみたい」
「わ、わたしは人間ですので」
「それは知ってるよ~」
あの日を境に、円城先輩から『珍獣枠』として気に入られてしまったわたしは、発見される度に声をかけられるようになってしまったのだ。
人気者の円城先輩がそんなことをすれば自然と女子生徒たちの視線はわたしに集中する。
「あ、みっちゃんじゃん。新作のチョコ買ったんだけど食う?」
「食べます!」
いや、正確にはわたし『たち』か。
気に入られたのはわたしだけではなく、みっちゃんもだ。
あの日の勇敢さと、食事中のリス化が先輩たちの心を射止めたらしい。彼らはみっちゃんを見つけるとこぞってお菓子をあげるようになっていた。今日も登校数分でみっちゃんの手ひらはお菓子が山になっていく。
さすがみっちゃんだ。
「アコといっしょに食べますね!」
ルンルンと嬉しそうに笑うみっちゃんの手には、きっとまだまだお菓子が増えることだろう。少なくともわたしが昨日作ったクッキーは追加される。でも今日はなぜかいつもよりも多いようだ。
新作のおかしの発売日だったのかな?
クッキー食べるだけのおなかのスペースが残っていればいいけど……。
そんな心配をしつつも、いつの間にか隣に並んでいた円城先輩から少しずつ距離を取る。けれど人気者で、パーソナルスペースの狭い先輩によってすぐに距離を詰められてしまう。
「みっちゃん、人気だね」
始まったのはみっちゃんの話題。
わたしの友だちで、大好きなみっちゃんの。だからいつもよりも声に力が入る。
「みっちゃんは可愛いし、優しくて。わたしの自慢の友だちですから!」
魅力を伝えたいという願望が強すぎて、つい先輩の顔を見上げてしまう。するとイケメンと名高い、円城先輩の視線と交わる。
いつもだったら絶対こんなことしないのに……。
それだけでも恥ずかしくて、顔は真っ赤に染まってしまうのにそこに円城先輩の追加攻撃が加わる。
「おれはアコちゃんの方が好きだけどね」
その言葉を深い意味でとらえるほど、恥知らずではないつもりだ。
けれどふわっと笑うその顔はやはり学園一の人気者にふさわしいもので、週に1度必ず女の子に呼び出されるほどのモテ男のそれなのだ。だからわたしの思考が停止してしまうのは仕方のないことだろう。
「みっちゃん、みっちゃん。いちごみるく買ってあげるからこっちおいで~」
「本当ですか? やった~。あ、アコに何がいいか聞かないと」
「アコちゃんの分は緑茶とミルクティーとココア、3パターン買っておけば大丈夫大丈夫」
遠くでそんな会話が聞こえてくる。
3パターン全てを網羅する必要なんてない。だから代わりに、誰かこの状況から救い出してはくれないだろうか。そんなささやかなわたしの願いは彼らに届くことはなかった。
「アコちゃん? おーい、アコちゃん。もしかして風邪ひいた? あ、パーカー羽織る?」
フリーズ状態だったわたしが再び通常運転を開始したのは、何かを勘違いしたらしい先輩が好意で赤いパーカーをかけてくれた時のこと。
赤いパーカーがトレードマークの円城先輩は非常によく目立つ。そんな彼がパーカーを脱げば、自ずとそれが移動した方向に視線は流れていく。つまり今回はわたしである。登校中の生徒たちは足を止め、わたしに注目する。
「円城先輩がパーカーを!」
「え、やっぱりそういう関係なの!?」
「あの噂、本当だったんだ……」
目立つのは好きではない。けれどざわめきは静まるどころか次第に広がっていくばかり。途中、耳に届いた『あの噂』の内容はわからない。けれど確実に言えるのは、いろいろと手遅れということだ。どこからやり直せば良かったのかは分からない。けれどこうなるキッカケは赤いパーカーで、これから広まるだろう噂の引き金もまた赤いパーカーなのだ。
高校に入学してから2ヶ月ほど。
まだまだぴっかぴかの一年生であるわたしは今日からしばらく学園中の注目の的になることだろう。今からすでに胃が痛くなってくるが、せめてもの救いは味方がいることだろう。
「アコちゃん、大丈夫? じゃないよね。ちょっと我慢してね」
ああ、胃が痛い。




