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5.

「綺麗だね」

 それは心からの言葉だった。同意してくれれば嬉しいが、返答なんて気にしていなかった。口からこぼれただけの言葉に近い。だから真田君と視線が交わった瞬間、ドキリと胸が大きく震えた。

 ただ見られているだけなのに、なぜかわたしの心臓は大きく脈打ち続ける。自分でも何がどうなっているのかが分からない。なのにわたしは、お互いが次の言葉へと踏み出さずに無言で見つめ合うこの時間が、ずっと続けばいいのにと心の中で願っている。


 夏の思い出として、アルバムに切り取って貼ってしまえればいいのに、と。


 けれど現実の時間は常に動き続けるもので、都合よく止まってくれるはずもない。真田君は一度視線を逸らし、そしてまたわたしをじっと見つめた。真っ黒いその瞳に思わず吸い込まれてしまいそうになる。


 惚けるわたしの脳内は『初香ちゃんの好きな人だよ!』と必死に警報を鳴らしていた。ピーピーと大きな音が頭の中で鳴っているのに、わたしの身体は言うことを聞いてはくれない。それどころか手が勝手に真田君へと伸びそうになる。


 誰か止めて! 心の中でそう叫んだ――その時だった。


「沙織ちゃん。好きだ。付き合ってくれ」


 真田君の言葉に、目の前の光景が色を失っていった。


 なんでそんなことを言うの?


 初香ちゃんの間違えでしょう?


 こんなのウソでしょう?


 首を左右に振りながら真田君の顔を見る。その顔に浮かんだ表情は真剣そのもの。一年近く初香ちゃんといっしょにかれを見てきたわたしがそれを間違えるはずもない。けれどそんな事実を受け入れるわけにはいかないのだ。


 だってわたしは初香ちゃんのお友達だもの。

 気付けば身体を反転させ、その場から走って逃げていた。履きなれないゲタのまま、何度もこけそうになりながら必死で上体を起こす。人にぶつかってもろくに謝りもしないで、ただただゴールである鳥居を目指した。ここから抜け出せば悪い夢から覚めてくれるような気がしたのだ。


 けれど朱色に塗られたゴールを越えても、30ぴったりの石段を降りても、わたしには何の変化もなかった。


 そんなの当たり前だ――だってこれは現実なのだから。


 いつから真田君はわたしを好きだったのだろう?

 初香ちゃんになんて伝えればいいんだろう?


 その場にしゃがみこんで両手で顔を包みこむ。

 周りの視線に構っている余裕はなかった。指先に額の汗が触れて、冷たい何かはわたしの身体を侵食していく。


 でも一番嘘だと思いたいのは真田君の気持ちではない。わたしはこの最悪なタイミングで気付いてしまった。


 真田君のことが好きだって。

 嬉しいって思っちゃった。だから私は逃げ出したのだ。


 真田君からも。そして自分の気持ちからも。


 こんな気持ち知りたくなかった……。

 ねぇ神様。いるなら時間、一年前まで巻き戻してよ

 。

 けれど今日の神社は大盛況。神社の外で蹲るわたしの願いを神様が聞き入れてくれるわけもない。


 それにわたしはいい子じゃないから。

 友達の、それも一番大事な初香ちゃんの好きな人を好きになっちゃうような悪い子だから。


 だから神様はわたしのお願いを聞き入れてくれないんだ。

 わたしの胸の中がグルグルと渦を巻く。空では大きな花火が打ちあがったようで「わぁっ」と歓声が聞こえてくる。楽しそうだなんて。そこに混ざりたかったなんて。わたしには思う権利もないのだろう。


 神社にも、お祭りにも不釣り合いで。

 真田君にも悪いことをしてしまった。わたしが逃げるなんて想像もしていなかっただろう。去り際、目の端に移った彼は傷ついたような表情を浮かべていた。綺麗な顔は歪んでいて、そうなった原因はわたしなのだと思うと胸が苦しくなる。


 せめてもの救いは真田君とは別のクラスであることだろう。

 それも真田君は理系で、わたしは文系。来年だって同じクラスになる可能性はゼロである。顔を合わせようとしなければ、フェンス越しに彼の姿を除きにでも行かなければ、今後顔を合わせることはないだろう。


 このまま、終わらせてしまえば……。

 初めての恋は想像していたものよりもずっと苦しくてたまらないものだった。彼の手をとって進んでしまえば楽になれる。きっとその先にはたくさんの幸せと甘さが混ざり合っていることだろう。


 けれどわたしは友情を取るのだ。

 10年近くいっしょにいてくれた初香ちゃんとこの先もずっといっしょにいるために、過ぎ去って、いつか忘れることを選んだ。



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