2.
「すみませ~ん。円城先輩、少しお時間いいですか?」
「みっちゃん!」
よりによってなんでそんな目立つようなマネを!
その原因はもちろん、パーカーを借りた張本人のわたしがチンタラしているからなんだけど!
お慈悲を~と腕に縋りついてみたものの、みっちゃんにすればただの付き添いの用事である。早くすませてしまいたいのだろう。わたしという重りをモノともせずに教室側へと進んでいく。
「誰? アキラ、知り合い?」
「じゃないと思うけど……?」
「もしかして告白か? 昼休みに突撃してくるタイプは初めてじゃね? モテ男はなんでもありだな」
「モテ男って……古くね?」
そういえばみっちゃん、告白なんて中学の時だけでも何度とこなしてきたもんね……。
小学校からずっと少し離れた場所から見守ることしかできなかったけど、わたしの頭の中にはみっちゃん告白セレクションのアルバムを作れるほどにはみっちゃんの勇姿が刻まれている。
二つ上の先輩の教室で何を言われようともビクともしないその精神、わたしも修得できたらいいのに……。
そう思い続けて早10年。思うだけで実行に移してこなかった自分が恨めしい。
いつだってみっちゃんが何とかしてくれたもんね。いつかはひとり立ちならぬみっちゃん立ちをしなければいけないだろうって分かってはいたけれど、まさかそのタイミングが突然現れるなんて予想もしていなかった。
ビクビクとみっちゃんの後ろで震えても事態が好転することはない。その理由は簡単。この事態はわたしにとっては大きな壁なだけで、他の人たちにとっては何気ない日常だから。好転もなにもないのだ。
食事中の手を止めて、「どうしたの?」とわざわざ廊下までやって来てくれる円城先輩。
「すぐ済みますので」
みっちゃんは先輩にペコリと頭を下げると、「アコ」とこのタイミングでのわたしへのパス。
ベストタイミングである。
なにせわたしの用事なのだから。
あいかわらず震えは止まらない。けれど借りたパーカーを返却するというミッションはこなさなければ、今後ともわたしに引っ付いて回ることとなる。早く済ませるか。ずるずると引きずるか。
答えなんて決まっている。
早く返さないと、って思ったからこそ、みっちゃんに手伝ってもらってここまで来たのだ。三年生の先輩たちから向けられる好奇の視線をビンビンに浴びながら、パーカーの入った袋を先輩へとつき出した。
「あの、これ! ありがとうございます!」
どもりはしたものの、ちゃんと感謝の言葉は伝えられた。それだけで最低ラインは突破したといってもいいだろう。低いハードルだけど、でもお礼って大事だから。
袋を受け取った先輩はパチパチと大きな目を瞬かせる。そして数秒後に一昨日の出来事を思い出したのか「ああ!」と両手を打ちつけた。
「具合良くなったんだね」
「はい、おかげさまで」
「それなら良かった。パーカー、わざわざ返しに来てくれてありがとうね」
「いえ、お借りしたものはお返ししないとですから」
あの日と同じく少しゆっくりと話す円城先輩と、テンパるわたし。そして突き刺さるいくつもの視線。背中には冷たい汗がじっとりとわき上がる。わたしはすぐに我慢できなくなって「本当にありがとうございました!」と深く頭を下げると、みっちゃんの手を引いて早々に退散した。
廊下は走るな! と先生に怒られないように早足で。でも気持ちはダッシュ。50m走の自己ベストは10秒を少し切るくらいの、自他ともに認める運動オンチなわたしだけど、今測定してくれれば9秒台をたたき出せる気がする。
額に汗を浮かべながら、そんな根拠のない自信で胸をバクバクと弾ませていた。決して恐怖とかではない、はずだ。
……多分。
だって借りたものを返しただけだし。言ってしまえば図書室に本を返しに行くのと同じ! 同じ、はずだ。
こうしてパーカー返却という重大ミッションをこなしたわたしは、放課後、部室棟付近の自動販売機へと向かった。
お目当てはみっちゃんの好物『いちごみるく』だ。
「今日のお礼におごらせて」
そう言い出せば、今週そうじ当番のみっちゃんはルンルンで担当場所へと旅だった。
100円玉を投入して、みっちゃんのいちごみるくに続けて、わたしのミルクティーも購入する。
掃除を終えたみっちゃんといっしょに、飲み物かた手に放課後の教室でおしゃべり。途中で英語の宿題が出てたことを思い出して、どうせだからって二人で机を合わせてとく。
わたしもみっちゃんも二人そろって英語は得意ではない。だけど二人でやればそう時間はかからなかった。大変なこともあったけど、いつもは辞書や教科書とにらめっこしながらこなす宿題がこんなに簡単に終わっちゃった。
プリントをながめる顔は思わずゆるんでしまう。いつもだったら当てるな~と念を送るところだが、自信に満ちあふれている今回なら当ててくれないかな? なんて思ってしまうほど。
「そろそろ帰ろっか」
「うん!」
校門で別れるみっちゃんに手をふって、明日からはまたなんてことない日常へと戻る――はずだった。




