3.
それからというもの、つい秋庭を視線で追うようになった。
部活は違うが朝の練習と放課後の練習の関係で登下校は幼馴染の真田といっしょ。さらにクラスも選択科目も同じだからと移動教室までいっしょ。朝昼夕と2人の行動パターンはすでに把握していた。もちろん2人の行動を知っているのはわたしだけではなく、真田のことが好きな子の中では当たり前の情報に過ぎないのだが……。
真田だけ見ていた時は秋庭のことなんか視界の端っこにも入らなかったのに、今では真逆だった。わたしの隣で沙織は真田を追っていて、その真田の隣の秋庭をわたしは追っていた。
けれど放課後になれば、今まで通りにサッカー部の練習を見に行って沙織といっしょに真田を応援する。
おサイフ片手に自動販売機に行くと、三回に一回ぐらいは秋庭に会うことが出来た。それが多いのか少ないのかは分からないけれど、恋する乙女は偶然にすぎないことにすら期待をして、心をときめかせるものなのだ。
「まだ諦めてないのか……」
その度に、未だにわたしが真田のこと好いているのだと勘違いしている秋庭は呆れたり、諦めろと忠告してきた。どんな内容でも話せるだけで嬉しい反面で、秋庭にとってわたしは恋愛対象に入っていないと思い知らされているみたいで悲しくなった。真田と沙織に進展がないのと同じように、わたしと秋庭との進展もほとんどなかった。
そんな日が続いたある日、沙織が一枚のポスターを持ってやってきた。
「初香ちゃん、花火大会だって! いっしょに行こうね」
わたしにカラフルな面を向けながら、今から出店で何を買おうかと迷っている沙織。沙織がこんなにはしゃいでいるのも無理はない。今まではずっと家で心配性のお兄さんたちといっしょにテレビ中継を見るだけだったからだ。
そのお兄さんたちはそれぞれ海外留学中だったり、大学のゼミ合宿に行っていたり、卒業論文・卒業研究に追われて大学に缶詰め状態になっていて今回は誰も家にいないのだという。だから今年は沙織を頼む、とここ数日の間にお兄さんたちからそれぞれメール、SNS、電話、手紙などの方法で連絡を受けていたからあまり驚きはしない。
「うん」
沙織のお兄さんたちに頼まれるまでもなく、沙織のお誘いを快諾する。
……だが一つだけ問題があった。
お兄さんたちからもらったメール、SNS、手紙の続きには同じないようのことが書かれていた。そして電話の最後に付け足された言葉もそれと同じだった。
『真田君が誘って来たら、その時はいっしょに行くのは譲ってあげてほしい』
彼らにはすでに真田の存在を報告してあった。
沙織の思い人らしいということ。
そして真田も沙織に好意を寄せているらしいということ。
成績も運動神経もよく、そして何より優しい人だと。
この二カ月ほど厳しい視線で真田を見極めた結果導き出された、わたしなりの報告だった。かれらはわたしの言葉を事実として受け取り、そしてその判断を下したのだった。
シスコンをこじらせた彼らがこの判決を下すにはよほどの覚悟が必要だったことだろう。
だってわたしだって同じだから。
お兄さんたちの一人くらいは真田の身辺調査をしていてもわたしは驚かない。過保護すぎるかもしれないけど、男ばかりの兄弟の末っ子として産まれたたった一人の女の子なのだ。その上、目に入れても痛くないほどの可愛さと来たら仕方のないことだろう。そんな彼らが一大決心をしたのならばわたしはそれに従うしかなかった。
沙織と二人で初めて花火大会に行けるかもしれない。
だが、沙織には幸せになってほしい。
花火大会なんて言ったらこのあたりの一大イベントで、デートにはもってこいだ。ここでさそってこなかったらわたしは真田を沙織から引きはなす覚悟をしていた。
だが放課後、真田はやってきた――わたしの元に。
そしてそっと耳打ちした。
「初香ちゃん。二人きりでデートしたくない?」
「はぁ?」
わたしは真田の囁き声と正反対に声をあらげ、そしてわたしよりも背の高い真田のシャツに掴みかかる。
花の女子高生の取る態度としては完全アウトかもしれないが、ここでキックやパンチを入れなかったことは評価してほしい。それだけわたしは頭に来ていた。沙織の恋人候補として認めた矢先にこんなことを言われて頭に来ない方がどうかしている。
「ナメてんの?」
「ちょっ、ま、とりあえず手を放して話聞いて」
「釈明があるなら今すぐ話しなさい」
初恋の人だからと言っても容赦なんてしてやるつもりはない。沙織のためなら鬼にでも何でもなってやる覚悟だ。
「10、9、8……」
「初香ちゃんは秋庭と二人きりでデートしたくないですか!」
カウントを始めたわたしに早口で言い放たれた爆弾発言に思わず手がゆるむ。
「へ?」
「はぁ……はぁ。初香ちゃん、秋庭のこと好きでしょ? 初香ちゃんが秋庭と二人きりになるの協力するから、おれと沙織ちゃんと二人きりになるの協力して」
解放された首元を直し、切らした息で必死の弁明と共にわたしに協力をあおぐ。
もしかして真田ってバカなの?
「……ふつうに沙織を誘いなさいよ」
「遠回しに断られた。初香ちゃんに聞いてみないとって……。だから初香ちゃんから沙織ちゃんにいっしょに行こうって言ってくれない? おれは秋庭を誘うからさ」
沙織……。
「……わかった。沙織にはわたしから言っておく」
「よろしくね」
これは沙織のお兄さんたちとの約束を守ったから了承したのであって、決してわたし一人の感情で動いたわけではない。……そうなのだけど、秋庭といっしょに花火大会に行けるなんて思ってもいなかったからその嬉しさは隠せなかった。教室に帰ると、わたしの帰りを待っていてくれた沙織は一早くわたしの嬉しさを全く隠せていない、気持ち悪い顔に気づいた。
「初香ちゃん、何かいいことあった?」
「え、あ、うん。真田が四人で花火大会に行かないかって」
「あ、わたしも聞かれた! だからね、初香ちゃんに聞こうと思って」
「わたしはいいけど、沙織は? どう?」
「わたしは初香ちゃんがいいなら大賛成だよ!」
「じゃあ放課後にでも返事しに行こうか」
「うん!」
こうして決まった花火大会ダブルデート。いや、そう思ってるのは多分わたしと真田だけだけど。
それでも一応ダブルデートなのだ。




