1.
「初香ちゃん。二人きりでデートしたくない?」
わたしにそうやって耳打ちをしたのはつい先日まで恋心を抱いていた相手、真田だった。
つい二ヶ月ほど前までわたしは真田が好きだった。
今となってはそんな恋愛感情はカケラすらも残ってはない。
その真田はというと今も以前もわたしの親友、沙織に好意を抱いている。そしてその好意を向けられている沙織もまた真田に想いを寄せていた。だが沙織は元々恋愛関係にはとても疎く、真田の好意には気づいていなかった。そしてわたしに付き添って真田の試合を観ている時、必ず視線で真田の姿を追ってしまっていることにも、沙織の中に確かにあるはずの真田への想いにも気づいてはいなかった。
わたしはそんな沙織の気持ちに気づけなかった。ずっと真田を追うので精一杯だった。
『コイは盲目』とはよく言ったものだ。冷静になってみれば真田はずっとわたしではなく、隣にいる沙織の姿を探していたのに……。
わたしが沙織と真田の気持ちに気づくことが出来たのは秋庭のおかげだった。
真田と幼馴染の秋庭。
彼はシトラスの制汗剤を愛用する、爽やかな雰囲気の真田とは違い、ガッチリとした体型で女の子よりも男子から親しまれるタイプだった。クラスも一緒になったことはなく、ただ真田の幼馴染としか認識していなかった秋庭の顔をまともに見たのは二ヶ月ほど前のこと。
体育館脇の自動販売機まで飲み物を買いに行った時、体育館から出て来た秋庭がわたしの目を真っ直ぐと見ていった。
「真田を諦めろ」
初対面なのにハッキリと。
「何言ってるの?」
「あいつはお前を見ていない。今も、そしてこれからも。だから無駄だ」
「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないわけ?」
「それは……」
初めて秋庭が視線を逸らした。その時、少しだけ残念に思えた。わたしが好きなのは真田なのに、ずっとそのまっすぐな目を逸らさないでほしいと思ってしまったのだ。わたしの願い通り、再び真っ直ぐにわたしだけを捕らえてた秋庭は気合を入れるように小さく息を吸い込んで、爆弾を投下した。
「真田はあんたの友達が好きなんだ」
「え……?」
あんたの友達って沙織のこと?
「なん……で?」
「……ずっと応援に行っていただろう」
「わたしだって!」
応援に行っていた。……沙織といっしょに。
『一人じゃ寂しいから付いて来てほしい』――そう誘ったのはわたしだった。
沙織はそれからずっとついて来てくれていた。
今日だってそう。
「あんたがずっと真田の応援に行っていたのは知っている。柔道場とサッカーのグラウンドは意外と近いからな。もちろん当の本人、真田だってそのことはよく知っている。だが真田の目を捕らえたのはあんたじゃなかったって話だ。あいつは昔から真っ直ぐだから、一度惚れたら他なんか目もくれない。……だから無駄なことは止めて諦めろ」
沙織はわたしの一番の友達で、だからこそ沙織がどんなに可愛くて、そして優しいことをよく知っていた。もしそれが他の子だったら、わたしと同じように真田の応援にやってきている女の子たちだったらすぐに諦めることなんて出来なかったはずだ。いくら気持ちがお互いを向いていたとしても付き合ってなければまだチャンスは転がっているはずだって、秋庭の言う『無駄』な行動を繰り返すのだろう。
でもよりによって沙織なんてね……。
あの子だったら仕方ないって、諦めるしかないって思える。
だってもしもわたしが男だったら確実に惚れているもん。
ファーストコンタクトで微笑まれては恋に落ち。
本当に面白いって思った時に遠慮なく咲かせる大きな笑いの花に心をときめかせ。
極め付けに手作りのお弁当で胃袋を掴まれて。
――完全ノックアウトだ。
一連の流れは完璧にイメージ出来てしまう。
付き合ってくださいを通り越してお嫁さんに来てくださいと言ってしまってもおかしくはないだろう。
「そっか……」
それだけを言い残して、生ぬるくなった二つのペットボトルを両手に持って沙織の待つグラウンドへと向かったのだ。
「沙織、お待た……せ」
沙織の姿を見つけ、駆け寄った。
するとなんというタイミングか。ちょうど沙織と真田の視線が交わるその瞬間に出くわせてしまった。秋庭の、真田が沙織に惚れているという情報の正しさが目に見えてわかる。あれは恋する目だ。わたしだってさっきまであんな目をしていたはずだ。そしてもう一つわかってしまったことがある。
真田と同じ目を沙織もしていることに。
秋庭だって気づいていないだろう。
きっとわたしだけが気づいている。
沙織と一番仲良しなわたしだけが神様から与えられた親友特典のようなものなのかも。
でもそれはきっとわたしが沙織と一緒に何度も足を運んだ神社に祀られている恋愛の神様じゃなくて、友愛の神様に違いない。でも両方とも『縁結び』だから神様を責めることは出来ないし、責めるつもりもない。




