6.
インフルって冬のイメージだったんだけど、どうやらそろそろ夏に切り替わるという時期でもかかるらしい。メールを送ったら「そんなにツラくはないから大丈夫だよ~」ってメールが返ってきた。
けどアコのことだから、心配かけまいとしてくれているのだろう。こんな時にわざわざ相談することでもない。それにわたしにはアコにノートを見せるというミッションがかせられた。
授業中にねたりほかのことを考えている時間などないのだ。
アコの成績を下げるわけにはいかない!
そんな思いを胸にかかげて授業に望めば、意外とろくなことを考えずにすむ。お母さんに怒られた翌日よりもずっとやる気がでる。さすがアコパワー。
アコが返ってくるまでの間、お昼の時間は近くの席の子のグループに混ぜてもらった。あんまり話したことはなかったけど、話しやすいタイプの子。その中の一人はサンドイッチはカツサンドが好きらしい。
意外だと驚けば、ソースでべちゃっとしたのはダメだからね! って真剣な目でコンコンと説明された。タマゴサンドで言うところのマヨネーズの割合と同じだ。話は思いの外はずんだ。アコが登校してきたら紹介しようって思うくらいには仲良くなれた。
そして水曜日。
いつもだったら屋上ランチだけど、今日は教室で買ってきたパンの袋を開く。
「みっちゃん、今日は屋上行かなくていいの?」
「うん」
だってアコがいないのにわたしだけ行っても変だもん。先輩たちの連絡先は知らないから確認出来ないけど、もちろんお休みだろう。
今日の話題はクロワッサンサンドの可能性について。
「クロワッサンって美味しいけど、食パンとちがってバター多いじゃん? だから中身も同じじゃダメなんだよね」
「分かる! この前、近所のパン屋さんが出してたから買ったんだけど、油分が……」
熱く語っていたのにピタリと話を止めた。そしてほかの子と顔を見合わせる。
今、特に変なことなんてなかったと思うけど……。
「? どうしたの?」
首を傾げてもやっぱり分からない。
けれど目の前の子たちは何かを理解したようにうなづきあう。
何だろう?
わたしの座っている位置から見えない何かがあったり?
そう思って振り向くと、そこには見慣れた人が購買の袋をもって待っていた。
「みっちゃんぜんぜん来ないから迎えにきちゃった」
佐伯先輩だ。先輩は袋を掲げて、行こうって声をかけてくる。
「今日ってご飯会お休みなんじゃ……」
「なんで?」
「だってアコいないし」
「でもみっちゃんはいるでしょう?」
「そう、ですね」
「みっちゃん、わたしたちなら気にしないでいいから!」
「そう。クロワッサンサンドとそのほかのことはついては後で話そう! ううん、ぜひ聞かせて!」
戸惑うわたしの背中を同じサンドイッチ好きの彼女たちが押してくれる。やっぱりいい子たちだ。キラキラした目をしている4人組には後でいろいろと話は聞かれるかもしれない。でもご飯はいつものメンバーで、呼びに来てくれたのが佐伯先輩ってだけ。だから期待されているようなことはないんだよね。
……わたしだって本当はそういう関係になりたいけど。
でもやっぱりアコに相談してからじゃなきゃ。
そう思って屋上のドアを開いたのに、そこに円城先輩と河南先輩の姿はなかった。ベンチにこしかけると佐伯先輩はわたしの横に「はい、これみっちゃんの分のいちごみるくね」とパックの飲み物を置く。そして自分の分のお茶にストローを突きさして飲み始める。
あれ? わたしが遅いから迎えにきたんじゃなかったの?
「あの……ほか二人は?」
「休み」
「え、インフルですか?」
もしかして二人もダウンしたとか!?
一番アコと長い時間一緒にいたわたしとかピンピンしてるのに……。
「ううん。教室でご飯食べてるよ」
「? お休みなんですよね?」
「うん。今日はアコちゃん休みだからみんなでご飯会はお休み。でもおれはみっちゃんとご飯食べたいから。週に一度しかない上に最近おれずっと来れてなかったじゃん? やっと話まとまって来られるようになったのにお休みなのは寂しいからさ、みっちゃん迎えにいったんだけど……迷惑だった?」
「そんなことないです! わたしも先輩とご飯、食べたかったし」
「そっか。両思い、嬉しいね」
「両思い!?」
「うん。おれもみっちゃんもいっしょにご飯食べたいって思ったから両思い」
「ああ、そっちの」
思わず恋愛的な方かと思っちゃった。
勘違いして変なこと口走らないで良かったと胸をなでおろす。顔は赤いまんまだけど、今日はベンチだし、先輩の方に顔を向けなければばれることもないだろう。
ほかの人がいない状況で、今がチャンスなのに、わたしはタマゴサンドを食べ進めるだけ。アコに相談しなきゃっていうのもあるけど、わたしはこうして一緒にご飯食べられなくなっちゃうのが恐くてたまらない。
面倒なこと思ってるな、って自分でも分かってる。
多分今までした恋の中で一番面倒臭い。いつもだったらアタックして、成功したら付き合って、失敗したらまた次って進むだけ。
でも多分、今度は失敗したら結構へこむ。
一ヶ月もしたら夏休みに入るけど、夏に新しい恋を探そう! なんて気分にはなりそうもない。
いちごみるくみたいにあまあまな恋をしたかったけど、運命はアコにだけ微笑んだようだ。
今までに積み重ねてきた『いいことポイント』が発動したにちがいない。
だってアコいい子だもん。
わたしもいいことしてたらここでポイント使えたのかな?
でもわたし、おこづかいとかもらったらいつもすぐ使っちゃうから、ポイントもたまらなかったのかも。どこで使ったかは分からないけど、もったいないことしちゃったな。
そう思っても後のまつり。
伝える勇気のでない思いを胸にもらったいちごみるくを飲む。いつもよりもあまく感じるのはきっとわたしの身体が甘さを欲しているからだろう。
「みっちゃん」
「はい」
「やっぱりアコちゃんがいないとさみしい?」
「……はい」
「そっか」
アコがいたらなぐさめてもらえるのに。
インフルエンザウィルス、ゆるすまじ!
素直に答えると、先輩は寂しそうに笑った。
だからもう一つの本音を打ち明ける。
「でも先輩とご飯、楽しいです!」
これも本当。
こわれてしまうことに怯えるほどには楽しい時間だ。
「そっか。あ、パンついてるよ」
嬉しそうに笑った先輩は自身の口元に触れてここだよって教えてくれる。
よくアコに教えてもらうけどこんな時までつかなくてもいいのに……。指ではらおうとするけれど、なかなか落ちてはくれないようだ。
「ここだよ」
そう笑いながら伸ばされた先輩の指先はわたしの唇にふれる。かすっただけの先輩の指先から熱が広がっていくようにわたしの顔は真っ赤に染まっていく。
やばい。さっきの比にならないくらい熱い。
わたし、ゆでタコみたい。はずかしくて顔をそむける。
けれどタコみたいなわたしの頭に先輩の手がのびる。
「みっちゃん、かわいすぎ」
多分また子どもみたいって思われた。
告白して玉砕しなくても、脈ないんだろうなって分かってちゃう。
だってこんなわたしに佐伯先輩のとなりなんて似合わないもん。
カッコよくて優しくて、その上頭もいいんだっけ?
それも先生に呼び出されて進路の説得されるくらいだから、わたしが想像しているよりもウンと出来がいいんだろう。
しょぼくれながらストローに口をつけると、先輩は「ねぇみっちゃん」とわたしの名前を呼んだ。
「おれたち、付き合わない?」
「え?」
「こんなに可愛いみっちゃん誰かに取られるの、イヤなんだけど」
可愛いなんて歴代の彼氏に何度となく言われた言葉。だけど佐伯先輩のはほかの多くとは違う。
「可愛いなんて!」
「ダメ?」
「ダメじゃ、ないです。わたしも先輩を誰かに取られるのイヤですから。でも、わたしでいいんですか?」
「ああ、本当可愛いな。好きだよ、みっちゃん。おれはみっちゃんじゃないとダメだから」
そう言って、先輩はぎゅっとだきしめてくれる。
耳元で何度も好きだよってつぶやいて。
その度にわたしの胸は温かい気持ちでいっぱいになる。
「わたしも好きです」
「本当、可愛い」
抱きしめる力は強くなるけれど苦しくはない。だって大好きな先輩の体温がじんわりと伝わってくるから。
明日、アコが登校してきたらちゃんと報告しなくっちゃ。
わたしにも彼氏が出来たよ、って。
相手は佐伯先輩だよ、って。
驚くかもしれないけれど、きっとアコなら祝福してくれるはずだ。
雲一つないきれいな空の下で、わたしと佐伯先輩のいちごみるくみたいなあまい恋愛はスタートするのだった。




