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episode:7-12【雨後の龍の子】

 気分は乗らないが尾行の続きをする。多少の空腹を飴で誤魔化しつつ、目視では絶対に視認不可能な場所から観察し続ける。


「……こう考えてみると、スナイパーという存在は脅威だな」

「日本の街中だとそんな遠くから狙うのは難しいけどね。ここからなら双眼鏡なら覗けるけど、伏せて狙撃銃をセットするような場所はないでしょ」

「まぁ、それはそうか」


 普通の民家の屋根からはどうしても狙えないか。体勢がおかしかったらブレるし、土台ごと用意したらあまりにも目立ちすぎる。


 尾行に興味はないが、普通の人には見られないようなルートの選び方や、音の出ない動き方など、役に立ちそうな技能が学べるのは微妙にありがたい。


 微妙になのは、まどか曰く「立っているだけでも目立つ」からだ。

 実際に、遠くからでも見つけられてしまうという特徴があるらしい。龍人との遭遇率が高いし、音やら見た目やら以上の「目立つ」があるのは間違いない。


 大抵のことが人並み以上にこなせる自信があっただけに、少し落ち込む。


「まぁ流石にこんな遠くからじゃ見つけられるはずが……」


 俺がそう言った瞬間、リリィの顔がこちらに向く。


「ッ! マジか、なんでだ!」

「……くっ、アキトくんを連れてきたのは失敗だったかっ!」

「いや、俺のせいなのか? 数百メートル離れたところから勘付くのっておかしいだろ」

「だから、アキトくんは目立つんだって!」


 ぎゃーぎゃーと揉めながらも再び双眼鏡を覗き込むと、不審には思っているらしいが、流石に視界の中にいない俺を見つけることは不可能らしい。


 ふぅっと、溜息を吐いて、双眼鏡をまどかに渡す。


「……とりあえず、帰るりたいんだが。このままだと普通に見つかりそうだし。……というか、あの二人は付き合ってないし、もし付き合ったとしてもヨミヨミさんが付き合ったその日にキスすることはないと思うぞ」

「んーそれもそうかなぁ、でも、せっかくだからもうちょっと見たい」


 危機感ないな。コイツ。

 ガリガリと頭を掻く。放っておいて拐われたり命を狙われたりしたら……と思うと、放って帰る気にはなれない。多少の距離が離れていても呼ばれたら助けにいけるが、一度帰ったらそういう訳にもいかない。


「……早めに切り上げろよ?」

「んー、あれ?」


 まどかは双眼鏡を覗き込み、首を微かに傾げる。


「どうした?」

「いないから、なんでだろって……」


 ヨミヨミたちが急にいなくなったのか。不思議に思っていると、頭上に妙な気配を感じて見上げる。


「うおっ、まどか!」


 頭上にあったのは水の塊。それがリリィの能力であると気がついたときには遅かった。

 避けようもない範囲の水の落下。一色にプレゼントするための図鑑を遠くに投げ飛ばし、その瞬間に頭から水を被る。

 ぐちゃぐちゃに濡れながら、ズボンのポケットの中で鳴るスマホを手に取る。


「……あー、リリィか」

『言い訳なら聞くつもりだけど』

「あー、それは水を降らせる前に言ってほしかったな」


 まぁ言い訳なんてしようもないが。まどかの方を見てみると、混乱しながらも肌に張り付いた服と俺の視線をしきりに気にしていた。

 以前に見たものとは違う白っぽい下着が濡れたことで透けて見えている。


『それで、なんで双眼鏡でこっちを見てたの?』

「あー、尾行の練習みたいな」


 嘘ではない。隣にいるまどかはキスを覗き見るのが目的だったが、俺は尾行の練習が目的だった。


『……まぁ、別にいいけど、向いてないと思うよ』

「痛感している」


 投げ飛ばした図鑑を拾いつつ、袋が濡れたり破れていないことを見て胸を撫で下ろす。

 心広いな。と思ったが、俺も度々まどかに尾行されているが、気にしたことは少ないし、そんなものなんだろうか。


『とりあえず、二人は後でお説教ね』

「……はい」


 まぁそれぐらいで許してくれるなら優しい方か。

 真夏ということもあって服もすぐに乾きそうだ。


 立っていたビルの屋上はよほど熱されていたのか、水がすぐに蒸発して湯気立っている。まるでサウナのような状況だと思いつつ、湯気で目立つかもしれないと思い隣のビルの屋上に飛び移る。


「まどかも来いよ。帰るぞ」

「う、うん。こっち、見ないでね」

「ああ」


 ◇◆◇◆◇◆◇


 病室に戻らず、そのまま一色とセーラのいる部屋に入ると、セーラが何かのシートの上で寝転んでいた。


「あ、ヤッホー」

「……何してんだ。一色の前で」

「ちょっとモデルを頼まれてね」


 一色に目を向けると、いつものパーカーと黒いズボンを着たまま全身に絵具を付けながらセーラを見つめていた。

 周りには何枚もセーラの姿が描かれた絵が置いてあり、中には水着だったりと妙な格好の物も紛れている。


 一色は俺に目を向けることもなく、真剣な表情のまま指先をキャンバスに走らせていた。

 ほんの少しの寂しさを覚えながらも、俺が好きになったのはそんな子だからと納得して、邪魔をしないように近くの椅子に座る。


 ノリノリでポーズを取っているセーラに話しかける。


「さっき、まどかと話していてな。コロニストは将来事件の中心になる人物が分かるみたいな話を聞いたんだが、実際はどうなんだ?」

「んー? あー、まぁ、分かるといえば分かるというか……結果的に分かってることになってるみたいな……」


 セーラにしては珍しい歯切れの悪い言葉。


「説明が難しいね。そんな未来予知みたいに明確に分かってる訳じゃないし、あまり同じ人が被ったりはしないしね」

「……被らない?」

「結果から入って、その後に過去が出来上がるみたいな」

「……異能力どころじゃないぐらい無茶苦茶な話になっていないか?」


 セーラは小さく頷く。


「ちょっとした実験をしてみたことがあってね。暦史書を執筆中のコロニストの対象の人物にめちゃくちゃ干渉してみたんだよ。どうなったと思う?」

「……干渉の程度にもよるが、もしヨミヨミさんみたいなのがちょっとした事件みたいなのに出張ってきたら一瞬で解決するだろうな」

「なんと私達が干渉したことで信じられないぐらい歴史的な事件が発生して、全員がかりで必死に止めることになったよ」

「……いや、それは……順序がおかしいだろ」


 事件を予測してその中心人物を選んで書くのならば未来予知をしていると納得出来る。そもそも異能力というものがあるのだから、それはそれほどおかしいことではない。


 だが、それに干渉したことで事件が起きるというのは、順序が逆だ。そのコロニストが暦史書を書かなければ、事件が起きていないのだから。


 まるで実在の世界ではなく書物の方が先に来ているかのような気持ちの悪さ。


 俺が思わず顔を顰めていると、セーラは白衣をはだけさせて一色に向けてポーズを取る。


「俺は立っているだけでも目立つと言われた」

「まぁ、そうなんじゃないかな。ほとんどの人は多かれ少なかれコロニストの血は入ってるからね。運とかで濃くなったり薄くなったりはするけど、コロニストの血がある程度入っていたら中心人物は嫌に濃く見えるよ」

「中心人物って、いつからそれを感じていたんだ」

「アッキーが入院してからかな」


 予想していた『初対面の時』という答えではなかったことに目を開く。俺は事件の始まりを一色と出会ったときだと思っていたのだが、そうではないのだとすると……。


「……だとしたら事件が起きるのはこれから、か」

「そう、これからだよ。今までのは暦史書に記されるほどのものでもなかった。……まぁ、そもそも暦史書なんて曖昧なものだから心配しても仕方ないけどね」

「……お前、俺の暦史書を書いてるのか?」

「ううん。多分別の人が書いてるね。そもそも、アッキーの知り合いとも限らないよ。そこら辺を歩いてる人が急にコロニストに目覚めて暦史書を書いてるかもしれないし、探すのは難しいかな」

「……そんな物か」

「二股男って書かれてるかもね」


 二股なんてしてねえよ。

 俺が眉間にシワを寄せていると、セーラは面白そうに笑う。

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