episode:7-11【雨後の龍の子】
一色の誕生日プレゼントを考えるが、どうにもいい案が思い浮かばない。
……あ、図鑑とか喜びそうな気がするな。まどかから連絡があるまで本屋に行ってみるか。下手に合流したり、ヨミヨミさんの尾行をしたらバレる可能性があるしな。
書店に入り、案内図を見てからそちらに向かう。
隣に誰もいないことが不自然に感じたが……一色と会うまでは、こうして一人で歩いていたな。
特別、寂しいというわけではない。当たり前が塗り変わったことに対する違和感がほんの少しだけあるというだけのことだ。
……図鑑、ほとんどの動植物のものは一色の屋敷に会ったが、割と古いものが多かったので、編集が新しい奴だったら被ってもいいか。
そう思いながら見ていると、空想上の動物の図鑑という変わり種を見つける。こういうものはなかったし、いいかもしれないと思って手を伸ばすと、近くにいた女性に睨み付けられて手が止まる。
気づかず何かをやらかしてしまったのかと考えながら図鑑から手を引くと、女性は俺を睨んだまま小さく頭を下げる。
年齢は俺と同じぐらいだろうか。嫌に睨まれており、知らぬ間に恨みでも買ってしまっていたのかと考えながら、知っている人かと思って、女性の顔をみつめる。
俺を睨む目、まどかよりも少し低い程度の身長、一色やまどかのように特別目立つ容貌ではないが、記憶に残らないような容姿というわけでもない。
知らない顔だ。何故睨まれているのか困惑していると、女性は俺に向かって話す。
「あの……どうかしましたか?」
睨み付けたれたまま、そんな言葉が発せられて、俺は不思議に思いながら言葉を返す。
「……いや、なんで睨まれているのかと」
女性は長い黒髪をバサバサと揺らすように首を横に振り、慌てたようにタタラを踏む。
「ち、違います! その、私、昔から目付きが悪くって。す、すみません。私もその本が気になったので、ちょっと見ていただけで」
「あー、悪い。勘違いしたらしい。……じゃあ、どうぞ」
「えっ、買うつもりだったんじゃ……」
「いや、彼女へのプレゼントに何を買うか迷っていただけなんで」
言ってから、一色のことを彼女と呼んでいいのかに疑問を持つ。
いや、友達とは言い難い仲であるのは間違いなく、結婚の約束をしている婚約者ではあるが……彼氏彼女って雰囲気ではない気がする。
普通の男女交際というものを知らないので何とも言えないか。
俺がそんなことを考えていると、目付きの悪い女性は少し躊躇いがちに俺と図鑑を交互に見る。
「あ、あの、こういう伝承や伝説みたいなものに、詳しいんですか?」
「いや、そういうわけでもないけど……」
「そ、そうですよね。すみません」
なんとなく、という言葉が合うだろうか。
ほんの少しの違和感があり、図鑑を手に持つこともなく去ろうとした女性を引き止める。
「あっ、買わないのか?」
「えっ、あっ、いえ、だ、大丈夫ですよ。その、どうぞ」
なんとなく女性に違和感が湧く。目付きが悪いのに礼儀がおかしくないから……。なんて容姿の問題ではなく……。
一瞬俺に「詳しいのか」と聞いた時、縋るような表情をしていた……ような、気がした。
「俺も彼女も詳しくない。知り合いなら、伝説とはに詳しそうな奴がいるが」
女性は思い切り振り返って、悪そうな目付きで俺を見つめる。
「ほ、本当ですか!?」
希望が見えたと言わないばかりの明るい表情。
伝説の生き物を知らないということで追い詰められるなんて、普通ないだろう。
あるとすれば……龍人……か。
実際に本人が龍人ということはないだろうが、龍人を目撃したという可能性は高い。
「あ、私、花街沙伊です。お名前をお伺いしてもいいですか?」
「……時雨秋人だ。大学とかで民俗学でも勉強しているのか?」
「えっ……あ、はい。そんなところです」
……嘘だな。
こんな詳しくもない概要しか載ってない本を買おうとしているぐらいだ。何も知らないのだろうということは分かる。
隠したいことがある……とすると、龍人のことを秘密にしている。
……ただ龍人を見かけたのではなく、友人や知り合いが変身した……のだろうか。
変に突っ込むと警戒されそうだな。だが、何だかんだとセーラも忙しいのでこういう些末ごとを任せるわけにもいかない。
そういうのに詳しい奴って知り合いにいたかな。セーラなら詳しいかもしれないが……それ以外となると、いないな。
適当に誤魔化して話すか。
「花街さんは何のことについて知りたい感じなんだ?」
適当に話しながら、図鑑を手に取る。花街はまだ包帯が巻かれたままの俺の左手を一瞥してから、ほんの少し困ったように話す。
「えっと……龍?」
間違いなく、龍人の関係だと確信する。……情報を吐き出して、その友人を突き止めるべきか。
正直に「龍人を普通の人間に戻せるかも」なんて言っても怪しくて仕方ないだろう。
俺は色々と考えながら、無難に返事をする。
「龍って言っても色々とあると思うが、地域や時代、文明ごとに大きく違うし、同じ伝承でも解釈が分かれていることも珍しくはないだろ」
「えっと……蛇と犬が混じってるみたいな龍?」
「ずいぶんと具体的だな」
「えっ、あっ、その、そういう絵を見たから! いつ見たのか忘れちゃった……」
まぁ龍人に間違いないな。
……犬と蛇が混じったような龍か。ヘイカン……俺を斬った龍人は虎とトカゲが混じったような姿で、俺を撃った異能力者が乗っていた龍人は魚のような形をしていたな。
……そう言えば、室生が竜生九子と呼んでいたな。
スマホを取り出して検索してみると、アッサリと引っかかる。元ネタ……というと妙な具合だが、名前を引用してきた何かはあるらしい。
虎の姿を持つヘイカン、魚に似ているハカ……。花街が話しているのは、これのことか。
「ガイシ。山犬の首を持った龍……か」
「へ、分かるんですか?」
「さあ、その絵を見たわけではないし、龍の伝説なんて幾らでもあるし、そもそもモチーフがあって描いたものとも限らないしな」
それにしても、あの室生とか言うおっさん、一色の水龍の絵の中に虎やら魚やら犬やらを紛れ込ませるとか、かなりふざけたことをしているな。
「……えっと、どんな龍なんですか?」
「竜生九子という物の中の一匹らしい。竜生九子なら検索にも引っかかるからそれを調べたらいいと思う」
「……その、それって、別の生き物から龍になるみたいな話ですか? 鯉の滝登りみたいな」
「いや、元々竜の子供らしいから違うとは思う」
「そう……ですか」
分かりやすく落ち込んだ様子。……まどろっこしいし、まどかに頼んで尾けてもらった方がいいだろうか。
……少し、深いところまで聞くか。
「そう言えば、ここの辺り、都市伝説で獣人間ってのがあったな。鱗があってトカゲにも似ていたとかの話もあったが……」
そう言いながら女性の表情を確かめていた瞬間、手に持っていたスマホが震える。
女性は明らかに怯えた顔をして、目を背ける。
「あ、えっと、ありがとう、ございます。調べてみます」
「ああ、これ本当にいいのか?」
「は、はい」
去っていく女性を見つつ、スマホを耳に押し当てる。
『アキトくん。ヨミヨミくん達が外に出たから一緒に尾行を……』
「龍人の関係者らしき人を見つけた。追うかどうか迷っている」
『……今は止めておくべきだと思うよ。もしもの時、私たちだけだと対応出来ないし、ヨミヨミくん達に頼むにしても人間の時には、その人が龍人かどうかの判断がつかない。判断出来るのはシキちゃんだけだけど……』
「まぁ、そうか」
『惜しいとは思うけど、リスクを負うぐらいなら地道にやる方がいいと思う』
それはそうだが……知り合いになってしまった。
全くの他人ではなく会話したことがある人になってしまうと、どうにも見捨てることに抵抗が出来てしまう。
次の雨の日に龍人になってしまったら、今の人が死ぬかもしれない。
「……まどかの言う通りだな」
そんな思いを飲み込み、まどかの言葉に頷く。
スッカリ、覗きとかそういう気分ではなくなってしまったな。いや、元々乗り気ではないが。、




