episode:7-10【雨後の龍の子】
「とりあえず、入口が見えるところで待機するのは良くないね。電気屋さんに入ってきたのを確認するには手っ取り早いけど、入ったら目的の売り場を探すために見渡したりするからね」
「じゃあどこで待機するんだ?」
「んーっと、ちょっと離れてるか、いっそ外から入り口を見る方がいいかな。普通ならね」
まどかは爪先でトントンと地面を蹴る。
「私が一番得意にしてるのは、隠れることだからね。どこにでも隠れられるよ」
「……どこにでもって」
例えば、と、まどかは言ってから手の平で俺の目元を隠す。
いや、手の平で隠したら手の届く範囲にしかいられないのだから隠れようもないだろ。
半ば呆れたようにそう思っていると、まどかの手が退けられ、目の前に彼女の姿がないことに驚く。
下に屈んだわけでも、上に登ったわけでも左右や後ろにいるわけでもない。
俺が驚いていると、肩をトントンと叩かれて、振り向くと細い人差し指が俺の頰に当たる。
「にひひ、こんな具合にね」
「……どうなっているんだ?」
「ん、タネは秘密だよ。アキトくんには絶対に真似できないからね」
「……真似出来ない?」
「うん。アキトくんは目立つ人だからね。遠くからでもよく分かるよ」
「……そんな変な服装しているか?」
あまり服に興味がなく無頓着なのは確かだが……そこまで目立つような格好はしていないはずだ。
「いや、そうじゃなくてね。なんていうか……スポットライトが当たってるみたいな?」
「……それは……」
まどかが俺のことを好きだからそう感じるだけだろう。などと言おうとして……自分があまりにも恥ずかしいことを言おうとしていることに気がついて黙る。
「一応言っておくと、好きな人だからって意味じゃないよ。……アキトくん以外だと、ヨミヨミくんもそうでしょ? 何もしていなくても目立つし、立っているだけでも無視が出来ない。……多分、コロンシリーズ ……暦史書ってのは、そういう人を選んで書いてるんだと思う」
「……暦史書?」
「うん。おかしな話でしょ、リアルタイムで人を追ったものを書いてたら、歴史的なターニングポイントを詳細に綴った本になるなんて。普通ならそのほとんど全てがただの日記で終わるはずだよ。まるで未来を予知して重要な人物を見つけてるみたいな話だよね」
俺とは関係なかったので、あまり気にしてはいなかったが、順序は確かにおかしい。
普通の歴史書ならば『何かが起こる→その重要人物の過去を探る』のに対して、リアルタイムの日記のような形式で書かれている暦史書は『重要人物を追う→何かが起こる』であり、本来の順序とは逆転している。
よく分からないな。などと思っていると、まどかは俺の目を見つめる。
「……多分ね、今も誰かがアキトくんの暦史書を書いてると思う。書いてる人をコロニストって言うんだっけ、暦史書のことなんて知りもしないのに、無自覚で書くことも珍しくないらしいね」
「いや、今はそこそこ重要な状況になっているのかもしれないが、だとしてもメインは別のやつだろ。ヨミヨミさんとか、一色とか、あるいはあちら側の人員か……俺じゃない。一色やまどかに比べても来歴は普通だし、そもそも……」
俺は負けっぱなしだろう。そう言おうとした言葉が、まどかの真剣な目に止められた。
「この戦いは……たぶん、アキトくんが中心だよ」
「買いかぶりすぎだ」
尾行の最中だったこともあり、会話は一度そこで終わり、気まずいようなそうでもないような微妙な空気が流れる。
頭の中を尾行のことに戻して考える。まどかの指示に従えば間違いないだろうが、相手はあのヨミヨミである。いくら警戒しようともしたりない。
しばらくして、まどかの手が俺の手をキュッと握る。
見つけたのかと思い、まどかに視線を向けるが、反応はない。まぁ、見つけたとしても声に出すわけにはいかないか。
軽く不自然でない程度に手を引かれて移動すると、ヨミヨミさん達三人が家電を見て回っているのが見えた。
ゆっくりと十分以上の距離を取り、人に紛れるような場所に立つ、これで観察出来ると思っていると……ヨミヨミの顔がこちらに向く。
「……は?」
思わず呆気に取られる。俺という人間の顔が捉えられるような距離ではないはずであり、他の人も多くいるというのに、確かにヨミヨミの目はこちらに向いていた。
「おい、まどか……」
隣を向くとまどかの姿は既になくなっていた。
逃げやがった、アイツ!
多少パニくりつつも、ゆっくりと息を吐いて落ち着く。大丈夫だ。まさかストーキングされているとは思わないだろうし、堂々としていればいいだけだ。
ゆっくりと近づいてくる三人に、今気がついたフリをして軽く手を挙げる。
「アキト、退院したのか?」
「勝手に抜け出してきました」
「……あまり他の人に心配掛けるなよ? 岸井は一緒じゃないのか?」
「あー、まぁ、入院のせいで遅くなったけど誕生日プレゼントとかを買おうと一人できた感じです」
軽く頰を掻きながら、誤魔化すための嘘に一色の名前と誕生日を出したことに罪悪感を覚える。
いや、元々買うつもりではあったけれど。
「えーっと、ヨミヨミさん達は買い物ですか? ああ、リリィの物ですか?」
「一応最低限はあるが、快適というわけでもないらしくてな。ああ、こっちのは大学の時の同学年の赤木だ。さっきたまたま会ってな」
見てました。と言うわけにもいかないので軽く会釈をして様子を伺う。
とりあえず……尾行はバレていないな。
赤木と呼ばれた女性は、ヨミヨミと同学年ということは24歳か。浪人や留年していればまた別だが、ヨミヨミと変わらない程度の年齢に見えるのでおそらく合っているだろう。
「どうも、はじめまして、ヨミヨミさんの……後輩の時雨です」
「あ、はじめまして、赤木です」
一応最低限の礼儀として自己紹介だけして、軽く会釈をしてその場から退こうとすると、ヨミヨミに止められる。
「誕生日プレゼントを選ぶなら一緒に見て回るか?」
「いや、色々考えたいんで」
ボロが出る前にこの場を去ろうとそう言ってその場から離れる。
あまり一緒にいてデートの邪魔をしたらまどかに怒られそうだ。
ヨミヨミ達から離れ、まどかと合流しようかと思ったがあの異様な探知範囲だと遠くで合流しても気づかれかねない。
スマホで、まどかに後で合流すると連絡してこれ幸いにと一色へのプレゼントを考える。
……パソコンで絵を描く道具か……一色、スマホも使いこなせていないし、買っても使わないだろうな。
家電とかは結婚して同居する時に二人で決めた方がいいだろうし……やっぱり電化製品より画材とか手芸屋とかの方がいいだろうか。
でもそれも俺が選ぶより本人が選んだ方がいいだろう。
……服とかを選ぶか。
いや、選んでいる時に、一色に着てもらう想像をしてテンションが上がりすぎてしまう未来が見える。
間違いなく、一色が喜ぶものではなく俺が一色に着てほしいものを選んでしまう。
一色はコーヒーとかも好きだが、既に本格的な喫茶店で使っているようなコーヒーメーカーと、こだわりの豆を常備しているので買ったところで喜ばれる気がしない。
……一色って、好きなものと興味がないものの差が激しい上に、好きなものはだいたい既にこだわりきっているのでプレゼントに困るな。
味覚がなく食に興味がないのでお菓子とかでお茶を濁すことも出来ない。
……そもそも、プレゼントなんかで喜ばせられるんだったら既に幾らでも買って渡している。
まぁ……どうせ誕生日は過ぎているので、どうしても今日買う必要があるわけではないか。
一応見て回るだけして、まどかと合流する時間まで時間を潰すか。




