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episode:7-7【雨後の龍の子】

 一色から借りた色鉛筆を手に持って、スケッチブックを膝に乗せる。


 改めて一色の顔を見つめると、分かりきっていたことではあるが、本当に整っている。


 ぱちり、と、瞬きをする、二重まぶたの形の良い眼。

 透けるような白い肌には化粧っ気がなく、けれども薄らと赤らんだ頰は色づいていて、品が良さそうな薄桃色の唇に、思わず心臓が鳴る。


 不思議そうにコテリと傾げた首と俺の表情を窺う表情。

 可愛い……と、見惚れてしまっていたせいで、握っていたはずの色鉛筆が一人でに手から離れて、ベッドから落ちて床に転がる。


 一色はそれを拾い上げようとして屈み込み、シャツの襟元から一色の胸元が覗く。膨らみの少ない薄べったい胸ではあるが、上から覗くようにして見れば、小さくとも胸があることは分かる。


 思わず飲み込んだ唾液の音。胸元が奥の方まで見えているとか、下着が見えているとか、そういうわけではない。

 これぐらいの範囲だったら、ずっと見えているような服装の女性は珍しくもなく、俺も気にしたことはなかった。……だが、どうにも一色のそれには抗い難い引力のような物を感じる。


 ジッと見つめていた俺の視線に気がついたのか、一色は俺の方を不思議そうに見つめる。

 一秒、二秒。その短いようで長い時間の後、俺の視線に気がついた一色はバッと身体を起こし、両手で胸元を隠す。


「…….あ、あの、見ました?」

「……悪い」

「い、いえ……その、いいです」


 一色は落ち着かせるためか、俺に色鉛筆を押し付けて、恥ずかしそうに顔を赤らめたまま、スケッチブックで顔を隠す。


「……アキトさんはエッチです」


 今更そんな普通の女の子みたいな反応をされるとどうにも参る。もじもじと顔を赤らめて恥じらう姿に、ゾクゾクと背筋を伝うような嗜虐心が芽生えるが、一色を保護しなければと思い直す。


 改めて見てみると、もみじに言われた影響か、ほんの少し髪の質が艶やかになっていて、手入れの様子が伺えた。


「改めて鏡を見返して見たんですけど……僕ってちんちくりんじゃないですか」

「小柄だとは思うが……」


 小さくて可愛らしい。抱きしめたら腕にすっぽり入るようなサイズで、細身なのにふにふにと柔らかい。

 彼女と合うまでは自分の性的な嗜好など意識していなかったし、決しておかしな童女趣味があるわけではないが、ちんちくりんなどと卑下するのには同意しかねた。


 けれども、二人きりならまだしもまどかもいるような状態で一色の身体は最高だ、などと言えるはずもなく、言葉を濁すように話す。


「別に背が高ければ高いほどいいってもんでもないだろ。例えば3メートルある人間とか、多分自重のせいで立っていられないぞ?」

「その例えはどうなの、アキトくん」

「確かに……」

「えっ、それで納得するの? 正気?」


 改めて気を取り直して絵を描き始めようとするが、一色のことを見つめるとどうしても見惚れてしまって手が動かなくなるし、かと言って見なければ上手く描ける気がしない。


 チラチラと見ながら絵を描いていくが……どうにも、あまり可愛くならない。

 俺自身、ある程度は一色の真似をして小器用にこなせてはいるが、それほど技量があるわけではない。


 モチーフの良さと持ち前の器用さで綺麗な顔立ちを描くことは出来ているが、持ち前のコロコロと変わる表情や、少し俯きがちな様子などが表し切れていない。


 ……せめて手がちゃんと治っていたらもう少し上手く描けたのだろうが……いや、違うな。俺の表現力が足りないだけだ。

 線の流麗さではく、純粋な表現力の不足。


 まどかが俺の肩に顔を乗せるようにして覗き込んでくる。


「うわ、うまっ」

「……いや、これでは一色の可愛らしさが表現出来ていない」

「アキトくんって、本当に何でも出来るよね」

「まぁ、これぐらいのレベルならな」


 諦めて描き直すか。そう思っていたところで、病室の扉が開かれる。


 セーラだ。

 見慣れたはずの顔は少しやつれていて印象が違って見える。

 セーラを警戒している一色もいつもに比べて元気のないセーラの姿に心配したような表情をして、椅子から退いて、そこにセーラを案内する。


 いつも通りの白衣だが、病院で着ていたら医者っぽく見えるな。少しばかり若すぎるが。


 スケッチブックを傍に置いて、ぐったりとしているセーラを見る。


「……大丈夫か? やっぱり俺が補佐に入った方が」

「んー、ひと段落着いたとこだから大丈夫」

「ひと段落? ……室生のことか?」

「それもだけど、水元くんの捜索がメインかな。死んではいないと思う……というか、まぁ間違いなく生きてるから、早めに確保しようかと」


 ……会ったことはないが、どんな奴なんだ。海で龍と戦って行方不明になって生存を確信されるって。


「それで、見つけられたのか?」

「本人は見つかってないんだけど、水元くんに倒されたっぽい異能力者が続々と見つかってるから多分生きてるね。連絡がないのは、誰かに追われてるからかなぁ」

「……どんな化け物だよ」

「対異能力者戦闘に特化した人員だよ。……まぁ、生きてると分かったから、こっちもちゃんと動こうと思ってね」

「……終意龍の討伐か?」

「ううん。水元くんが勝てない相手に情報なしで挑みたくないし、可能なら水元くんも含めたフルメンバーでかな。とりあえず、竜生九子の方からかな」


 室生の情報を元に、室生達では対応しきれなかった龍人を対処するのか……色々と不安しかないな。

 それに……いつものように俺を呼び出したのではなく、ここに来たということが不穏だ。


「……セーラ。一応、言っておくが……却下だぞ」

「いや、ちょっと話だけでも……」


 まどかと一色は不思議そうに俺とセーラの方を見る。


「えっと、何で話を聞く前に却下したの?」

「俺を呼び出すんじゃなくて、ここに来たってことは、用があったのは俺だけではなくて一色にもってことだろう」


 一色だけを呼び出したら俺が怒るだろうし、呼び出すときに一色にも来るように言っても俺が庇い、来ないようにするだろう。

 一色に用事があるならここに来るしかない。


「それで今の話の流れからすると……竜生九子を見つけるのに、一色を使うつもりなんだろ。おそらく、普段は普通の人間の姿をしているだろうから、何もなしでは見分けられない」

「あー、シキちゃん、異能力者を見るだけで分かるんだっけ」

「ああ」


 俺は頷いた。

 一色の宝石のような黒い目は、常人には理解出来ないほど深く人の中を覗き、その異常を暴く。


 隠れた異能力者を見つける手段は少なく、実際に異能力を使っているところを見たり、遺伝子検査をしたりと手間と時間がかかるうえに色々と不都合の多い方法しかない。


 セーラの方を見ると、ポリポリと頬を掻いていた。


「まぁ、それはそうなんだけどね。被害を減らすためにはあまりモタモタはしていられないしね」

「室生の情報では分からないのか?」

「あー、あのおじさんの持ってる情報、かなり穴だらけで……」


 まぁ信用とかされなさそうなおっさんだったから仕方ないか。

 俺が眉間にシワを寄せて腕を組んでいると、一色はぽすり、と俺の近くのベッドの縁に腰を下ろして、俺の肩に背をもたれさせる。


「僕、行きますよ」

「……いや、危ないから、一色はここで待っていた方が……」


 先程まで絵で負けて泣いていた少女と同一の人とは思えない。凛とした表情。

 幼くも整った顔立ち、黒い目が俺の方を見据える。


「龍人との戦いは、僕が始末を付けるべきことです。だから……」


 深々と、俺とセーラに頭を下げる。


「ですが、僕は弱いです。どうしようもないほど、弱いです。だから、手伝っていただけると、助かります」


 どうにも少女は美しく、気高かった。

 止めることは無理と分かり、俺は小さく頷く。


「セーラ、異能力による治療を頼む」

「副作用……まぁ、少し動かせるぐらいならなんとか……んー、本当に大丈夫なの? 魂の不眠症」

「もうほとんどないから大丈夫だ」


 俺が言うと、セーラは困ったようにため息を吐く。


「無理矢理、怪我のまま動かれる方が怖いしなぁ……。鈴鳴さんに相談してみるよ」

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