episode:7-4【雨後の龍の子】
治療を終えて、車椅子をまどかに押されて病室に戻る。
一色の姿はなく「絵を描いてきます」とだけ書き置きが残してあった。
「相変わらず自由だね」
「……自由じゃないだろ。俺達とはルールが違うだけだ」
「どういうこと?」
「息をするのは当然だろ」
室生は教師としての才能はあったのだろう。
絵を描くのを当然のこととして押し付け、自分よりも優れた絵描きにする。口で言うほど容易いことではないだろう。
俺は溜息を吐いてまどかの顔を見る。
「……お前さ、このことが終わったら怪盗に戻るのか?」
「戻るも何も、ずっと怪盗ではあるよ」
「やめとけよ。間抜けなんだから、すぐに捕まるぞ。いいことがしたいなら、真面目に働いて寄付でもすればいい。結局は自己満足でしかないだろ」
まどかは端正な顔をほんの少しだけ歪ませる。正直な奴だ……という良い評価が、余計に辞めた方が良いという思いを強いものにする。
「辞めないよ。辞めない。悪いことをしてる自覚はあるよ。でも、やるべきだと思ってるから辞めない」
「……ズルいことを言っていいか?」
「…………ダメ」
「お前が盗みをしなければ、こういう事態にはなってないだろ。ロクなことになりはしないんだから、もう辞めろ。組織がどうこうとか、人の繋がりがどうこうなら、俺がどうにでもしてやる」
真正面からまどかの顔を見る。強い意志を持っていた表情は、徐々に崩れていく。無理矢理に引き締められた表情は、俺の包帯やギプスを見てゆっくりと弱々しいものへと変わる。
「……ごめん」
我ながら卑怯な言葉だ。あくまでも計画が先にあり、その計画を実行するのに使いやすい人間がまどかだっただけで、彼女がしなければ他の奴が盗みを行っただろう。
結局、回るように回っていた計画……その責任をまどかに被せた。自分の怪我を引き合いに出して、言い返せないようにして。
その上、まどかから向けられる好意まで利用している。
口の中を噛み、思わず「俺の怪我はどうでもいい」なんて甘い言葉を吐きそうになったのを止める。泣きそうなまどかの顔から目を背けず、ジッと彼女の方を見る。
「……一色にはまどかが必要だ。あの子はまだ子供で、お前がいないと困る」
「……アキトくんには?」
「もちろん。俺にもだ。……だから、もう辞めろ」
「……付き合ってもくれないのに」
「それは言うなよ。あくまでも、友人だから放って置けないんだ」
まどかはポツリと言う。
「……嘘、吐いてほしい」
「……何がだ」
「嘘でもいいから、好きだから放って置けないって」
「別に言ってもいいけどな、それはまどかが傷つくだけだろ」
まどかの声が詰まり、俺の肩に手を置く。
「……ごめん、ベッドに運ぶね」
「自分で行ける」
無理矢理に動かせる場所を使って身体を起こし、そのままベッドに倒れ込んで身体をズリズリと動かして定位置に戻す。
「……怪盗は辞めろ。人が一人、消息不明……まぁ、死んだんだろうな。今回は利用された形だから、まどかのせいとは言えない。だが……だから、辞めろ。次はお前のせいで起こるぞ」
「……少し、考えさせて」
「ああ」
ずいぶんと酷いことを言った罪悪感に、これ以上まどかの方を見ていられず、窓の外に目を向けた。
空の色も、外の景色も目に入っているのに頭の中に入って来ない。自分のことを棚に上げて、好き勝手に言い散らした。
こんな風に偉そうだからもみじとも上手くやっていけないのだろうか。
「……あのさ、アキトくん」
「どうした」
「私のこと、知ってくれる?」
俺が返事をするより早く、まどかは窓にカーテンを掛けて、扉に椅子を引っ掛けて開かないようにする。
「……まどか?」
するり、と衣擦れの音が聞こえる。まどかの上着が微かな音を立ててベッドの上に落ちた。
白く細長い少女の指先が、普段の器用そうな動きからは想像も付かないほどおぼつかない様子で、服のボタンを上から一つずつ外していく。
白い胸元やピンク色の少女らしいデザインの下着が覗く。
「お、おいっ、何をして……」
「見てて」
ゆっくりと、衣擦れの音を静かな病室に響かせる。小綺麗なシャツがするりと肩から抜け落ちて、半ばでまどかの手が落ちるのを止める。
けれどもゆっくりとずらされていくように、まどかの手が動く。
思わず息を飲む。まどかの身体が美しかったから……ではない。白く細い少女の身体には似つかわしくない……古い傷跡。
俺が言葉を失っていると、まどかはシャツを全部脱ぎ終えて、それを畳んで棚に置く。
均整の取れた細身の少女の身体。それには幾つもの線のような古傷が刻まれており、痛々しさがあった。
それを見せるための行動だったのだろうが、目的とは違えども裸を見せることには羞恥を感じているのだろう。
まどかは赤く染めた顔を俺から背けつつ、羞恥でカタカタと震えた手でスカートのファスナーに手を掛けて、上と同じピンクの下着を晒していく。
まどかは傷を見せるつもりなのだろう。分かる。それは、理解している。
だが、それでもまどかは肌を見られたことを恥ずかしがったように、俺も同じように傷跡に集中することが出来ず、目を逸らしたり、胸元や下着を見てしまったり、あるいは細い腰やふとももに目が行ったりとしてしまう。
俺の視線に気がついているまどかは顔を真っ赤にしながらも、それを指摘することは恥ずかしいのか、震える唇で少しばかり早口になりながら話し始める。
「……詳しい事情は、私も知らない。物心つく前から、私は海外のサーカスにいたの。英語だったから、英語圏の国ではあると思う」
まどかは下着姿のまま真面目ぶりながら言う。俺も真面目ぶって答える。
「……サーカス?」
「うん。そこで軟体とか、軽技とか、ハシゴ芸とか、投げナイフとか、ローブとか、色々、教えられたの」
「……まぁ、まどかの技は独学ではないとは思っていたが」
まどかは下着をそれとなく手で隠そうとしながら、小さく頷く。
「その時に、この傷を付けられたの。……それで、私はそこから逃げ出した。特に作戦があったわけでもないけどね。それが日本にいたときで、警察に見つかって、児童相談所に送られて……そしたらいつの間にか今の両親のところにいた」
「……雑だな」
「まぁ、子供の時のことだからね。ずっと黙ってただけだし、その頃は日本語も分からなかったから。遺伝子的には多分日本人だと思う。サーカスにいた大人は私を日本人だと言っていたから。だから日本で逃げたってぐらい」
雑だな。まぁ……予備知識なんて得ようもないから、逃げるとしたらそれしかないか。
「……なんで怪盗になったんだ?」
「……出来たから。私にはそれが。……あとね、多分、この世界があまり好きじゃないからかな」
「……理由になってないだろ」
「ヤケ……というほどじゃないけどね。私には、普通に生きるのが耐えられないの。道を歩くのが嫌いだし、入口から入るのも嫌い。私は跳べるのに、地面を這って生きたくない」
まどかは傷跡を俺に見せながら、小さく笑う。
「でも、アキトくんとなら、一緒に歩いても楽しかった」
「……なら、やり方は変えろよ。俺や一色みたいに暦史書管理機構に世話になるとか」
「……そうじゃないの。アキトくんを説得したいんじゃなくて、私を知ってほしいの」
まどかは俺の寝ているベッドに忍び込み、ギュッと俺のこと肩を押さえ込む。
「私は、普通が出来ない。普通に生きられるように、育ってきてない」
「……ああ」
「生き方がない。怪盗を辞めて、普通にも生きれない。じゃあ、どうしたらいいの?」
「……まだ子供だろ。……俺と一緒になら歩けるなら、ゆっくり歩きながら考えたらいい。乗り掛かった船だ。それぐらいの面倒は見てやるよ」
まどかは頷く。
「……あと、そろそろ服は着ろよ」
「えっ……あ、う、うんっ」
まどかは急いでシャツを手に取って、俺から身体を隠しながら服を着る。
……まぁ、幼少期の環境と違いすぎて、上手く生活に馴染まないというのは分かる。
その幼少期が苛烈であればあるほど、難しいだろう。




