episode:7-3【雨後の龍の子】
病室に戻ると一色がぼーっと外を眺めていた。
薄暗い空の色を見つめて、パチリパチリと大きい目を瞬きさせる。ぼさぼさとした黒髪が風に流されて、白い首筋がよく見える。
綺麗な輪郭をした横顔だ。思わず見惚れていると、セーラがポンと俺の頭を叩く。
「じゃあ、ちょっと角さんと話してくるね」
「ああ」
俺とセーラのやりとりでこちらに気が付いたらしい一色は振り返って、困ったような笑みを俺に向ける。
「んぅ、怪盗さんじゃなくて、僕に押させてくださいよ」
「ああ、次は頼む」
「……んぅ? 少し表情がすぐれないみたいですけど、どうかしたんですか?」
「……あー、ちょっとあってな」
「何があったんですか?」
室生のことや【終意龍:コロン】について話すと一色が責任を感じてしまいそうで話したくない。だが、隠したらバレたときに嫌われたりしそうで……。
「一色には隠しておきたいんだが……いつかバレそうな気がするから、今は話さないけどバレたときに話さなかったことで嫌いになったりしないでいてくれるか?」
「えっ……んん? いや、よく意味が」
「隠し事をするが、それがバレても嫌わないでくれ」
「い、いえ、アキトさんを嫌ったりすることはないですけど……。そんな隠し事をしないでいただけないでしょうか……」
まどかは俺の方を見てドン引きしたような表情を見せる。
「ええ……都合良すぎない、それは」
「ああ、だが俺は、一色には隠しておきたいし、だからといって隠していたことで嫌われたくはない」
「いや、そうかもしれないけど……」
一色は戸惑ったようにパチパチと瞬きをして俺を見つめる。
「危ないことですか?」
「……黙秘させてもらう」
「……ダメですよ。危ないことは、もう怪我してるんですから」
「危ないこととは言ってないだろ」
「僕が怒るようなことなんて限られてますよ。浮気か、危ないことかです。浮気はしないと信じてます」
ムッと怒ったような表情。
俺が一色から目を逸らすと、彼女は俺の方に寄ってきて、無理矢理顔を近づけて目を合わさせる。
「……でも、無理をしないとは信じられないです」
「……ヨミヨミさんやリリィの援護に徹するつもりだから大丈夫だ」
「具体的に何をするのか教えてください」
「それは……差し支えが出る」
いつの間にか一色と立場が入れ替わっている気がする。俺は一色の面倒を見ていたはずで……何故こんなに詰められて叱られるような状況に陥っているのだろうか。
プンスカと擬音が出そうな表情で、一色は俺に言う。
「……僕に隠さないといけないことで危ないこと。だなんて、おおよそ予想もつくというものです。アキトさんが戻ってきたときの表情を見たときから分かりきっています。それでも隠すというのなら、僕にも考えがありますよ」
「……考え?」
「ちょっと冷たく接します」
「……それぐらいなら我慢するぞ、俺も」
「でも、それをすると僕は寂しいですよ?」
一色はこてりと首を傾げる。
その仕草を見たまどかは呟くように言う。
「あ、あざとい……」
「あざとくないです。事実です」
「いや、あざといよ。シキちゃん」
「あざとくないです」
いや、あざといだろ。可愛いが、あざといだろう。
一色はムッとした表情をまどかにも向ける。
まどかと喧嘩している様子を見て、少しずつではあるが一色も成長していっていることに気がつく。
一色の何もかも面倒を見てやりたいという気持ちもあるが……どうしたものか。
「……僕の言動があざといと言うのでしたら、そんな短いスカートを履いてアキトさんを誘惑するのはどうなんですか。あざとくないんですか」
「好きで履いてるだけじゃんか」
「だったら僕も好きで言ってるだけですもん」
「……揉めるなよ」
俺が呆れながら言うと、一色は「揉めてないです」と怒ったように言う。
怒り方も子供っぽいが……やっぱり初めて会った時よりか、感情の出し方が成長して変わってきている。
どうしたものだろうか。一色にあまり負担はかけたくない。そんなに心が強い子ではないし、そうでなくとも……好きな子が傷つくようなことを言うのは辛い。
少し迷い、首を横に振る。
「ダメだ。でも、冷たく接するのもやめてくれ」
「……や、です」
俯きながらそう言って、俺に目を向ける。
「いや、です。また、みんなが危険な状況なのに、一人だけ安全なところに座っているなんて」
「意味もなく危険なところに出る必要もないだろ」
「……僕は、守られるだけの子供ですか」
俺の言っていることは、正しいかもしれないが、ただの理由の後付けだ。
傷ついて欲しくないから、理屈をごねているだけだ。だから、頷く。深く、一色の目を見つめて。
「……ああ、そうだ」
「その子供に「付き合って」とか「結婚して」とか「好きだ」とか言ってるんですね」
「……それは言わないでくれよ」
「アキトさんはズルいです。僕もアキトさんを大切にしたいのに」
拗ねたように唇を尖らせて、一色は続けて言う。
「いいですよ。僕は大人なので。……どうせ、僕の絵のことでしょうし、僕に出来るのは【連作:シンリュウ】を越える絵を描くことだけですから」
「……いや、悪いとは思っているんだぞ。だからな……その、な、嫌いにはならないでくれよ?」
「なりませんよ……」
縋るように言う俺に、一色は呆れたようにため息を吐いてヨシヨシと頭を撫でる。
「納得はしてないですよ。でも、好きです。僕がアキトさんのことを好きになったのは、僕にとって都合が良いからじゃないです。だから、そんなことで嫌いになったりしないですよ」
「一色……」
優しい。いい子だ。
今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られるが、怪我が酷すぎて上手く立ち上がれない。一色にギプスの付いた手を伸ばそうとすると、後ろに立っていたまどかが車椅子を引いて俺を一色から遠ざける。
「ああー……」
「はいはい。アキトくん、お医者さんに診てもらう時間でしょ」
「まだ少し早いだろ……」
「お医者さんは忙しいんだから待たせないように早く行った方がいいよ」
「少しぐらい一色と触れ合っても……あああー」
車椅子を操作されて無理矢理運ばれる。
まだ明らかに時間が早すぎるだろう。
一色は俺に小さく手を振って見送る。……近くまでついてきてくれてもいいのに。
俺が不貞腐れていると、まどかは立ち止まって俺の頭を撫でる。
「……なんだよ」
「……羨ましかっただけ」
「……悪い」
「謝らないでよ。諦めてないんだから」
俺の何がいいのか、本当に分からない。
そう考えていると、まどかは独り言を言うような小さな声で呟く。
「最初は、とんでもないロリコンがシキちゃんの周りにチョロチョロしだしたと思っていたよ」
「ロリコンじゃないからな」
「それに、シキちゃんのことが好きなの……私がアキトくんを好きになる前から気づいてたしね。最初っから、横恋慕だよ」
「……そうか」
「アキトくんは気がついてないけど、アキトくんはカッコいいよ」
「どこがだよ」
「自信満々に大口叩いて、その割に必死になって、負けてボロボロになって地面に転がってるところがかな」
……いや、事実なので一切否定出来ないが、その言い草は酷くないだろうか。
「カッコいいよ。不安なのを隠して堂々として安心させようとしたり、人のために頑張るところとか、辛くても痛くても、それでも……立ち上がるところとか」
「それ、言い方を変えただけだろ」
「ごめんね。アキトくん。大好きで」
非常に……申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
失恋の悲しみは、俺にもよく分かる。一色にフラれたと思ったときは真面目に人生を捨ててでも一色を誘拐しようと目論んでいたし、今も一色に捨てられたら実行に移すだろう。
俺には耐えがたい苦しみを、友人であるまどかに与えるというのは、とても……とても、キツイ。
沈黙が痛む。
「あっ、アキトくん。そんなに真面目に考えなくてもいいよ! 最終的には勝つつもりだからっ! 誘惑してっ!」
「……だから、それはやめろと」
「ロリコンってわけじゃないんだよね。この前アキトくんの家に忍び込んでパソコンの中身調べたけど、普通に男の子って感じの趣味だったしね」
「お前何してんだ。やめろ、そういうの、マジで、やめろ、人の、パソコンの、中身を、見るな」
「……動揺しすぎじゃない?」
「プライベートな内容だろ。マジで、やめろ」
というか、犯罪だろ、それは。いや、そもそも怪盗な時点で犯罪者ではあるが……。
怪盗なのはまだいいとしても、男のパソコンの中身を勝手に覗くのだけはダメだろう。
「ファイル名『提出課題用統計データ』って偽造してたね」
「……殺せ。もう殺せよ」
「男の子だからエッチなの好きなのは分かるけど、ちょっと多すぎない?」
「あんなもんだから。男は、あれぐらい普通だから。マジでもう見るなよ」
退院出来たら削除しておこう。一色は機械が苦手だから一色には見られることはないだろうが……まどかは好き放題覗くつもりだ。
「……あれ、ちょっと重い空気を何とかしようと思って冗談で言っただけなんだけど、本気で落ち込んでる?」
「……お前には人の心がない」




