episode:7-2【雨後の龍の子】
セーラ・シュタインは決別を告げた。
けれど、それを聞いた室生は気にする様子もなく、変わらずにニヤニヤと笑うだけだ。
「……一つ、お前に聞きたいことがある」
「んー? 非才である私に何を聞くんだ?」
皮肉のような言葉に眉を潜めながら、最も重要なことを尋ねる。このままゆっくりと戦いを終われるか、否かの別れ道だ。
「アキトくん、何かまだあったっけ? ちょっとしたことなら後々一人で聞くけど」
「いや、重要なことだ」
セーラのスマートフォンが鳴り、彼女は面倒そうにそれに出る。
俺は待つ時間も惜しいと思い、逸る気持ちを抑えられずに室生に聞いた。
「……室生、龍人には一色の【連作:シンリュウ】を十二枚全部見せたのか?」
「……ほう、どうしてだ?」
愉快そうに室生は笑う。これから俺が尋ねる問いを読めているように、今にも拍手でもしようとばかりに手を挙げる。
今か今かと、俺の問いを待つ室生の思惑に乗る。
「初めて会った龍人」
「ヘイカンだね。腕が刃になっている奴だろう」
「あれを一色は『醜い』と言った。変身する人間の素養や性格の問題かとも思ったが……あの銃を使ってくる奴が乗っていた龍も、シュイロンの絵のような美しさを感じられなかった」
そんなことが出来る奴がいるとは思えなかったから、考えもしなかったことだ。
「二体の龍人の姿形が違いすぎる。……それに、絵を見せるだけなら、こんなに継続して実験をする意味もなかったはずだ」
「それで?」
「……お前の目的はその異能力者の能力を別のものに変えることなんだろ。だが……当然の話として、魂を操る能力じゃなくなったとしても、倒せなければ意味がない」
セーラが電話で何か話しているが、耳に入ってくることはない。
「十二枚のうちに贋作を混ぜて見せただろう。どう贋作を混ぜれば、より弱い能力になるかを確かめるために」
パチパチと室生は手を叩く。
「すごいな。我が息子は。それだけ少ない情報で正解に辿り着く。しかも、一番の根拠が我が娘がヘイカンを『醜い』と言ったこととはね。ふむ、娘を任せるにはちょうどいい」
「違う。それが最後の答えじゃない」
「ああ、分かっているさ、分かっているともさ」
俺達のやりとりが酷く熱さを帯びてきたとき、それを越えるセーラの叫びに近い声が発せられた。
「ッ!? 水元くんが敵と戦闘して海で消息不明!?」
水元……最後の一人のことだったか。セーラの狼狽た様子に俺の頭の中が白くなっていく。
確かヨミヨミと同じようにセーラから「負けることはあり得ない」と評されていた異能力者で……。
「い、いや、ありえない。ありえないよ! だって、あの水元くんが負けるなんて……!」
狼狽ているセーラと、それを支えようとしているリリィを余所に、室生はトントンと机を指で打つ。
「さあ、最後の答え合わせた。きっと、君にとっての最後の強敵だろう」
頭の中で、言葉がガンガンと響く。「紛い物を許すな」と。
「……贋作を混ぜる前に、当然……正規のもので試していたはずだ。一色の『最高傑作』を十二枚全部見た異能力者を」
「そうだ。非才な私が小手先で真似て混ぜ込んだゴミのような贋作の入っていない。正真正銘の、本物……。点睛を欠いていない、本物の画竜を見た異能力者がいる」
まさしく、まさしく、まさしく。
それこそが一色という人物の『本気』なのだろう。
セーラがへなへなと座り込んで、電話を落とす。
「巨大な……本物の……龍?」
セーラの呟きに、室生は大きく頷く。
「そう、龍だ。私達は、十二枚のうち十枚だけを被験者に見せて、残りの二枚の代わりに効果の薄い贋作当てはめることで制御しようとした。だが、一体だけ全てを見せた。否、それがどうしようもなく制御出来なかったから、贋作を混ぜた竜生九子がいるのだよ。まさしく、それこそが本物のシュイロンと呼ぶにふさわしい」
室生は笑う。制御も出来ない怪物を世に放ったというのに……ヘラヘラと、軽薄に笑う。
「いや、シュイロンと同じ名前で呼ぶと分かりにくいか。ふむ、欠けた二つの瞳がしっかりと描かれていることから……【:】と因むか、君達暦史書管理機構は【コロンシリーズ】とやらを集めていることだしな」
少し考えた素振りを見せて、セーラやリリィの方ではなく、俺の方を見据えて……室生は続ける。
「紀元前において【:】は終止符として用いられていたらしい。終りの両眼を持つ龍……【終意龍:コロン】と呼ぼうか」
「ッ! お前、ふざけてッ!」
「ふざけてなんかいないさ。真面目だ。大真面目だ。さあ我が息子アキト。龍を討て。大丈夫だ。我々よりも強いのだから、どうにかなるかもしれん。ああ、もちろん協力するさ、協力する気でここまで足を運んだんだ」
「ッ! 押し付けることで、ドサクサに紛れて退却するつもりだろうがッ!」
「その通りだが、何か? そうでもしないと追われる可能性があるから仕方ないだろう。一石二鳥だ。ああ、まぁ協力してくれないらしいから、セイレスはこちらで倒すよ。それに、私はちゃんと協力するよ。ああ、ついでにこっちで操りきれていない竜生九子もお願いしようかな」
このクソ野郎が! と、怒鳴りつけたいのを抑えてセーラに目を向ける。俺の目線には興味もないのか、室生はそのままヘラヘラと言う。
「さあ、元々は敵対していたが協力な奴が味方になって、頼もしい仲間が増えたぞ! ラスボスの正体も分かったことだ! 最終決戦までもうすぐだ!」
「ッッ!」
リリィの平手が室生に当たり、それでも構わずに話しを続けようとした室生を、ギプスの付いた腕でブン殴る。
酷い痛みを感じながら、セーラに視線を戻す。
「女が泣きそうになったんだ。今は黙っていろ」
そう言ってからセーラに声をかける。
「……お前の指揮が間違っていたわけじゃない。行くぞ」
「……ごめん」
「リリィ、悪いがコイツを見張っていてくれ」
「うん。セーラをお願い」
リリィに車椅子を押されて廊下に出ると、廊下の天井からまどかが降ってくる。
潜んでいることはいつものことなのでツッコミはせず、そのまま、まどかに車椅子を押してもらう。
「聞いていたか」
「……ごめん。盗み聞きするつもりは……いや、あったけど」
「どうせ説明するつもりだったからいい。……セーラ、大丈夫か?」
「うん。ビックリはしたけど、大丈夫。消息不明って言っても……水元くんなら間違いなくフラッと戻ってくるだろうしね」
いや、海で消息不明なら難しいだろう。……いや、異能力者なら大丈夫なものなのだろうか。
それより……多分、室生を殴った拍子にくっつきかけていた骨が剥がれてズレた。
これ、一色にバレたら叱られそうだな。
それにしても【終意龍:コロン】……ね。日本の海にいる以上……いや、一色の絵によって発生した化け物である以上……無視は出来ないか。アイツらを逃すことになるのも、まどかの身が安全になるので悪いことだけではない。
「最終決戦……か」
不愉快だな。……いや、仕方ないか。
俺がしかめっ面をしながら呟くと、セーラは微かに笑う。
「アキトくん。さっき、ありがとね」
「俺がムカついただけだ。……それより、最低限動けるようになる分まで異能力で治療してくれ。前の異能力による治療の副作用もほとんど完治しているから大丈夫だろう」
「ちゃんと寝れるようになったの?」
「睡眠は異様に浅いけどな」
「んー、じゃあまだダメかな。情報の提供があったとは言ってもすぐに行動に移せるわけじゃないし。ゆっくり治しなよ」
俺が反論しようとすると、セーラは俺の唇を指で制する。
「ね? ……大丈夫だとは思ってるけど、少し辛いから、君まで無理をしていなくなるのは嫌なんだ」
「……泣きそうな顔をしてくれるなよ。何も言えなくなるだろ」
セーラから目を逸らして頷く。……まぁ俺が動けてもそこまで変わらないか。
情報を聞き出して精査してとなると時間もかかるしな。
それより……ワガママぐらい聞いてやるか。




