episode:6-10【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】
「……一色、あれを親と認めるのか?」
「好き嫌いは別としても親は親ですし……これから話す気も、仲良くする気もないですけど」
感覚が違うのだろうか。
俺からしたら、会ったことがなく、血縁関係も、戸籍上の繋がりすらもない奴を親とは思わないだろう。
技術の繋がりなんて、親子の縁とは関係がないように思ってしまう。
「どうしました? 身体、痛いですか?」
「……いや、なんでもない。ああ、悪いけど窓を開けてくれ」
開けられた窓から入り込む風がさらりと一色の髪を撫でていく。相変わらず年頃の少女らしくない、洒落っ気の少ないところどころ跳ねた髪の毛だ。
「髪、初めて会った時よりも伸びたな」
「んぅ? そうですか?」
一色は髪の毛をクリクリと動かす。
「もう一年ぐらい切ってないですからね」
「そろそろ切った方が……」
と、言おうとしたところで気がつく。
一年? 一色の髪の長さは今は肩ぐらいの長さで……あまり長い訳ではないが、決して短いものでもない。
久しぶりに、一色のことで嫌な予感がする。
「……一色、少し聞くんだが……髪ってどうやって切っている?」
「えっ、自分でチョキチョキしてますよ?」
一色は手をチョキにして閉じたり開いたりとジェスチャーをする。可愛い。
いや、そうではない。可愛いが、いま重要なのはそれではない。
一色は手先が器用で芸術的な技能があるので自分で切っているのは構わない。想像していた通りだ。
一年間髪を放置していたのも、一般的にはドン引きする要素かもしれないが、毎日洗髪はしていて清潔に保っているので俺としては気になるものではない。
「……どれぐらい短くしてるんだ? 坊主じゃないよな」
「えっ、適当に……ハサミしかないので、坊主じゃないですよ?」
一色は「これぐらいでしょうか」と前髪を持ち上げて、根元のところにチョンチョンと触る。
……ほとんど坊主だろう。それは。
予想以上に自分の見た目に対する意識が低い。年頃の思春期の女の子とは思い難い、小学生男子以下の意識だ。
いや、仕方ない。これは仕方ない。俺が好きになった女の子は、そういう変わったところのある女の子なんだ。そういうところも含めて好きになったんだ。
「……一色、髪、俺が切っていいか? 美容院に行って切ってもらってもいいけど」
「ん、んぅ……知らない人に刃物を持った状態で近寄られるのとか、触られるのは怖いですね。でも、自分で切れますよ?」
「……髪、長い方が好みなんだ」
「あ、そうなんですね。どんな髪型が好きなんですか? ……怪盗さんみたいな感じですか? それともセーラさんですか?」
「何でその二択だよ。……セーラは完全に勘違いだし、まどかにしても俺にそういうつもりはないぞ」
美人だとは思うし、距離が近く仲の良い友人でもある。
だが、恋愛感情はないし、ただの杞憂だ。
俺がそう一色に伝えると、彼女は幼なげな顔を難しそうに歪ませて呟くように話す。
「……あの、ですね。僕は、多分……不安なんだと思うんです。上手く言葉には出来ないんですけど、色々、不安で仕方なくて」
俺が何て返せばいいか分からずに詰まると、一色は難しげな表情のまま続ける。
「……あり得ない仮定なんですけど、僕が他の男の人に言い寄られていたら不安になりませんか?」
「なるな。めちゃくちゃ不安になる」
「そういうことだと思います」
一色との間に微妙な空気が流れる。一色は俺の髪をさらさらと撫でて、カリッと、額に爪を立てる。
驚いて目を開いて一色を見ると、自分で引っ掻いたところをヨシヨシと撫でる。
「……一色?」
「……怪盗さんのために付いた傷の方が、僕のために付いた傷よりも多いです。左手の傷も、上書きするみたいに弾痕が貫いてますし。浮気です」
「何だよ、それ」
俺が一色の拗ねたような言い草に微かに笑うと、一色は怒ったようにそっぽを向く。
キスマークで怒られるというのは聞いたことがあるが、弾痕で浮気だと怒られる奴なんて俺ぐらいのものなのではなかろうか。
そんな話をしていると、もみじとまどかの二人が戻ってきて、もみじが鼻をスンスンと動かして首を傾げる。
「犬の匂いがする」
「気のせいだろ。もみじ、悪いけどしばらく退院は出来ないだろうから」
「お姉ちゃんのお世話だね!?」
「話を途中で持っていくな。……一回帰れ」
「えー、でもお姉ちゃん一人だとあれじゃないかな?」
「お前が増えても大概だろ」
もみじは一色に飲み物とお菓子を渡してから空になったレジ袋を丸めてゴミ箱に捨てる。
「それに、一応は私のお兄ちゃんなんだから、怪我の心配ぐらいするよ。いた方が色々としてあげれるでしょ?」
「……もみじ、何でそういう無駄にマトモなところがあるのに……普段は奇行ばかりなんだ」
「えっ、奇行なんてしてないよ?」
まどかの方に目を向けると、彼女はもみじの真っ当な反応に困ったような顔をしていた。
おそらくは相手側も戦力の残りが多くないので無駄な戦闘は避けるだろうが、もみじが狙われないとも限らない。
かと言ってもみじを安全に保護しようと思うと暦史書管理機構に任せることになるが……もみじまで巻き込んでしまうことになる。あと、暦史書管理機構の秘密を守れそうにない。
「あの、もみじちゃん。私もいるから大丈夫だよ?」
「兄のことぐらい、人に任せたりはしないよ。勉強も大丈夫だし、ちょっとぐらい退屈でも大丈夫」
何でこういう時だけマトモなんだよ。俺の都合の悪い時だけマトモな反応をするなよ。
仕方ない、適当に嘘を吐くか。
「……もみじ、実はヤクザと揉めていてな。左手の傷は銃で撃たれて出来たものだ」
「や、ヤクザ?」
「一色とも関係しているから、下手に逃げても追ってこられる。おおよその片は付いているが、まだ危険がある」
「それなら、警察に通報した方が…….」
「もうしている……が、報復で、攻撃してくる可能性はある。一色を守るために俺は離れられないし、守る人間が増えると手が回らないかもしれない」
俺が言い終わると、まどかは「よくもまぁ口からデマカセがペラペラと出てくるな」とでも言いたげな目で俺を見てくる。
俺は「誤魔化すためなんだから仕方ないだろ」と視線で返す。
そんなやりとりの間に、もみじは眉をむむっと寄せて首を傾げる。
「……お姉ちゃんとのプレイってのは?」
「嘘に決まってるだろ。俺が無抵抗でも一色の筋力じゃあここまでボロボロには出来ねえよ」
「……確かに。でも、なんか嘘っぽいんだよね。うーん、なんて言うか……お兄ちゃんが銃如きに負けるとは思えないよ」
「過大評価すぎる。俺だって銃を相手には勝てない」
まどかの「嘘を吐くな」という視線が強まる。いや、それに関しては嘘を吐いていないからな。
「とにかく、帰れ。俺の家には泊めさせないし、ホテルで連日泊まるような金もないだろ」
「……うーん、本当はお姉ちゃんといちゃつくのに私が邪魔ってだけじゃないの?」
「実際に大怪我してるだろ」
「どうせ怪我にかこつけて、ナースさんのコスプレさせるつもりでしょ! ちょっといやらしい看病をさせるつもりでしょ!」
「させねえよ」
「ええっ!? せっかく怪我をしたのに甘やかしてもらわないなんて怪我し損じゃん」
怪我をしたら普通に損だろ。
……怪我のせいで体力が落ちているのにずっと話してきて少し疲れてきた。
深く溜息を吐いて、もみじを見る。
「大学は九月も休みだから、気が向いたら土日にでも一色を連れていくから今は帰ってくれ」
「……お兄ちゃんのことを心配してるんだよ」
「俺もお前を心配しているんだ。あまり困らせてくれるな」
拗ねたようにもみじは立ち上がって、俺の頬をギュッとつねる。
「……夏休みの間にもう一回来るから、終わったら連絡してね。あと、その時は交通費はお兄ちゃん持ちで、お姉ちゃんと同じベッドで寝るし、ヨシヨシしてもらうから」
「……分かった交通費は出す」
「ベッド」
「それはダメだ」
もみじはペコリとまどかの方に頭を下げて、続けて一色の方にも頭を下げる。
「兄がご迷惑をおかけします。本来なら家族の私がお世話をするべきですし、頼るのは不道徳なことだと思いますが……どうか兄をよろしくお願いします」
深々と頭を下げて、まどかは慌てて立ち上がってもみじの頭を上げさせようとする。
「い、いや、怪我をしたのは私が原因というか、その、助けるのは当然だから頭を上げて」
もみじは申し訳なさそうに顔を上げてからポケットからメモを渡す。
「えっと、私の連絡先と住所なので、何かあったらお願いします。申し訳ありません」
「いやいや、本当に謝られたら罪悪感が凄いことなるから……」
「お姉ちゃんも、兄が不甲斐なくて申し訳ないです」
一色は様子が急変したもみじを見て驚いたように固まる。
「あ、えっと……は、はい。……い、いえ、はいじゃないです。アキトさんは立派なので、全然、大丈夫です」
混乱したように一色は言い、もみじはもう一度頭を下げて病室から出て行く。




