episode:6-9【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】
父親、お父さん、パパ。
一色の血縁としての父親は分からないはずだ。戸籍上の親はもう死亡となっていて、育てたのは使用人であり親ではない。
それどころか初対面だと言うのに……男は自信満々に、当然のことのように主張する。
一色の父親だと。
「いや、それはもう父親じゃないだろ」
「父親だろう。娘が私を親だと判断し、私が娘を娘と判断した、それ以上の証明があるか?」
「あるだろ。父親を名乗れる要素がひとつもないだろ」
「お、落ち着いてくださいアキトさん」
「俺は落ち着いている。が、それでもおかしいだろ。初対面の中年男性が突然好きな娘の父親を名乗り始めたんだぞ。父親らしいことなんて一つもしていないというのにだ。それなら俺の方が一色の父親だ」
「お、落ち着いてくださいアキトさん。変なこと言ってますよ」
「アキトさんではなくお父さんだ」
「落ち着いてくださいっ!」
一色に頭を撫でられて口を閉じる。
「……はじめまして、生きていたんですね。お父さん」
「はじめまして、愛娘。……思ったよりも小柄だな」
感動の体面、という空気ではない。一色は明らかに男を警戒していて、怯えすらも見て取れる。
「……室生蛸四郎だったか。お前、敵だよな。それがこんなところまできて……どういうつもりだ」
男は髪をかきあげながら話す。
「どういうつもりも何も、親が娘に会いにくることは不思議でもなんでもないだろう? むしろ、お前は娘のなんだ?」
「娘じゃないだろ」
「……ああ、なるほど。そういう関係か」
俺を嘲笑うように、男は口角を上げる。
顔料の匂いが病室を満たしていき、小汚い男はニヤニヤと俺と一色を見比べる。
「下品な男だな」
「いいのか? そんな口を聞いて、義父だぞ?」
「……結婚に反対とでも言うつもりか? 法律上全くの無関係の男だから邪魔する方法はないぞ」
「いや、これから親戚の集まりとかのときに気まずくならないか?」
「なんで親戚の集まりとかのときに来るつもりなんだよ」
「……反抗期か?」
「違う。なんで父親面してきてるんだよ」
「……そうだよな。私に父親としての資格はないよな」
「やめろ、そういうのやめろ。マジでないからな、父親としての資格。そもそも俺からしたら完全に知らないおっさんだからな」
一色に頭を撫でられて少し落ち着く。どうにもやりにくいおっさんだ。敵意が見えにくいのも合わせてやりにくい。
「……え、えーっと、それで、その……アキトさん。僕はどうしたらいいんでしょうか」
「いや、知らないおっさんなんだから知らないおっさんに対する反応でいいだろ。そもそもなんで父親だと思ったんだ」
「……えっ、だってこの人……僕にそっくりですよね?」
そっくり……? 優しくて可愛い天使のような女の子の一色と、遭難して三ヶ月ぐらい経ってそうなおっさんが……。何を言っているんだと思っていると、一色は指先を俺の頰に当てて、ツーと伝わせる。
「絵が、上手いです。この人。とても。多分、僕を……絵描きにした人です」
「……父親じゃないだろ、それは」
「いや、私は父親さ」
男は俺に向けて話す。
「人間の遺伝子情報なんてUSBメモリに入る程度のものでしかない。だが、私の技術はそんなものに収まるものではない。つまり、血縁よりもはるかに親というわけだ」
「……どんな理屈だよ。……それで、何の用だ。場合によっては、手荒になるから言葉を選べ」
「ふん、急に強気だな。動けないほど怪我を負っているんだろう? 私は異能力者ではないが、怪我人や女子供に負けるほど弱くは……」
俺が手を挙げると、次の一瞬。窓から光の線が差し込み、男の髪の毛を撃ち抜く。
遥か遠くからのヨミヨミのレーザー、文字通り光速のそれは避ける術はない。
「……助けが来るまで、時間稼ぎをさせてもらっていただけだ。手を挙げて、言葉を選べ」
「おー、なるほど。なかなかどうして、連携が取れている」
男は手を挙げて首を横に振る。
「まず知りたいことだろうが、この場にいるのは私一人だ。他の仲間は一人もいない」
「……信用すると思うか?」
「信用は後から付いてくるものだろう? 後から『ああ、アイツは嘘を吐いていなかった。』と思ってもらえたらいい」
「……後から?」
緊張した様子もなく、男は笑う。
「ああ、後から。何故なら私は、降伏をしにきたのだからな!」
「……は?」
「えっ、えっ?」
堂々と、偉そうに、まるで英雄が武勇伝を語るように男は話す。
「何を驚くことがある。負けに負けただろう、我々は。戦力も多く失い、そちらには損害の一つもない。ならば、娘のコネを使って寝返ろうと考えるのも自然だろう?」
「……最低なこと言ってるな。この人」
「あ、やっぱりおかしいんですよね。よかったです、僕が変なのかと」
「一色は変だが、この人よりかはマトモだから安心しろ」
ふざけた男だが、分からない話ではない。多くの情報を持っていそうな上に、こちらの人間の縁者ともなれば、とりあえず殺害するといった雑な行動も出来ない。
「ふむ、まぁ私の人なりを知らないのならば混乱もするか。まずはお互いに自己紹介をして、親睦を深めるのはどうだろうか」
「なんでこんなに偉そうなんだ……」
「息子や娘に敬語で話す父親などそう多くはないだろう?」
息子でも娘でもない。
「私は、先程も名乗ったように室生蛸四郎である。職業は絵描き。前職では、セイレス・C・アートという称号をもらっていた」
「えっ、あ、僕は岸井一色です。えーっと、絵を描くのが得意です」
「いや、自己紹介するなよ。どういう話の流れだ」
「あ、す、すみません。名乗られたので……」
「まぁ、そんなに怒ってやるなアキト」
「名前で呼ぶな」
「苗字がわからないから仕方ないだろう。まったく、どんな育て方をされたんだか、親の顔が見てみたい……って、私か、ハハハ!」
「お前ではねえよ。親がするありがちな小粋なジョークをぶち込んでくるな」
この一瞬で殺されてもおかしくない状況で、どんだけ心臓が強いんだこのおっさん。
名前を名乗るのは癪だが、調べようと思えば一瞬で調べられるような名前だ。隠す意味はなく、名乗った方が話が手っ取り早く進むのならば名乗るべきか。
「……時雨アキトだ」
「ふむ、時雨アキトか。……娘のどこを好きになったのかね?」
「……とりあえず、これ以上ここで話す意味もないだろう。他の人間がくるから、大人しくついて行け」
「ふむ……それはつまらないな。ではこうしよう、もう少し話をしたらより協力的になろう。どうだ?」
馬鹿げた提案だが……無意味にごねられるよりかは、話した方がマシか? 好意を抱いている理由など、話したところで問題になることはないだろう。
「……優しくひたむきな良い子だからだ」
「……そうか。内面か」
蛸四郎はコクリと頷き、その老けた顔を赤らめる。
「照れるな」
「何故お前が照れる」
「いや、私の内面は娘と似ているだろう。つまり、アキトは私のことが好きということになる」
「そ、そうなんですか!?」
「そうじゃないから安心しろ。……話はもういいな、角、頼んだ」
病室の外にいた角が中に入り、素早く蛸四郎の首を引っ掴む。
「ふむ、抵抗はしないからもっと丁重に扱ってくれないかな?」
「……アキト、どうする」
「あー、そのまま持っていってくれ。一応気をつけてな」
角が蛸四郎を持って病室から出て行き、顔料と獣くささだけが部屋に残る。
「え、えっと、どうやって連絡したんですか?」
「普通にベッドの中にスマホを入れて、通話してただけだ」
俺がしていたのは本当にそれだけで、後はヨミヨミや角が勝手に判断して動いて助けてくれただけだ。
「……疲れたな」
「す、すみません。その、変なお父さんで」
「いや、父親じゃないだろ」




