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episode:6-8【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】

 まどかは恥ずかしがりながら自分の胸元を隠しつつ、羞恥と湯上がりで赤らんだ顔を横に向ける。 


「……あ、アキトさん。あ、あの、女性のそういうところが見たいのでしたら、ぼ、僕が見せてあげますから、怪盗さんのは、見ないでください!」


 先程まで余裕ぶってマイペースに絵を描いていた一色だが、俺がまどかの胸元に視線を向けてしまっていたことに気がついてか、慌ててスケッチブックを閉じてまどかとは反対側のベッドの縁に移動する。


「い、いや、目に入っただけで見ようとして見たわけじゃないからな……」

「……鼻の下、伸びてましたけど」

「それは、いや……浮気心とかはなくてな」


 男なら見てしまうだろ。そんな状況。

 一色や恥ずかしがっているまどかにそう主張したいが、二人が同意して納得してくれるとは到底思い難い。


 言い訳を頭の中に巡らせていると、ガラリと病室の扉が開く。

 誰がきたのかと思ってそちらに目を向けると……息を切らせたもみじが扉を閉めることも忘れて俺の方へと飛び込んでくる。


「お兄ちゃん!? お、大怪我したって! 大丈夫なの!?」


 もみじは俺に抱きつかないばかりの距離にまで来るが、怪我を気にしてか触れることはせずに、ギリギリのところで止まる。

 大丈夫とは到底思い難い怪我ではあるが、心配はかけたくないのでとりあえず頷く。


「大丈夫だから、少し離れろもみじ。あと、こんな狭いベッドに四人も乗るな、降りろ」


 もみじはまどかの方を見て不思議そうに首を傾げながら、ジェスチャーでチョイチョイと降りるように指示を出す。


「えっ私? ……いや、ここはシキちゃんが降りた方が……」

「んぅ……いえ、もみじちゃんが後から来たわけですし、もみじちゃんが降りた方がいいのではないでしょうか?」


 全員降りろよ。そう言おうとしたとき、視界の端のもみじの手の動きに気がつく。

 コイツ……俺を心配して抱きつくフリをして、一色の背に手を回して抱きつこうとしている。


「……もみじ、その手を挙げて、ゆっくりと一色から離れろ」

「ッ! よ、よく気がついたね。流石はお兄ちゃん……」


 もみじは俺の指示通りベッドから降りて、横に置いてある椅子の方に腰掛ける。


「えーっと、何から聞いたらいいか分からないんだけど……。なんで将門さんもお兄ちゃんのベッドに入り込んでるの?」

「え、い、いや、その……ゆ、誘惑しようとしておりまして」


 何故、敬語。まぁ、そこそこ仲の良い俺や一色に対しておかしなことを言うのと、友人の妹でしかないもみじに対して言うのでは感じるものが違うって当然か。


 もみじは少し驚いたような表情をしてから、ほんの少し険しくした表情をまどかに向ける。


「……良くないと思うよ。人として」

「もみじ、お前が善悪を語るな」

「お兄ちゃんも浮気とか最低だよ。お兄ちゃんはお姉ちゃんを私のお姉ちゃんにする役目があるというのに」

「……巨乳も歳下もお姉ちゃんとして好きになれるのにまどかは無理なんだな。いや、一色と結婚するが」

「えっ……んー、将門さんがお姉ちゃんか。んー……母性が足りないかな」

「えぇ……」


 まどかはもみじの評価に少し落ち込んだような表情をしてから、起き上がってもみじの方に手を伸ばしてよしよしと頭を撫でる。


「ど、どう? 母性感じる?」

「んー、気持ちいいことは気持ちいいけど。小手先の技量に頼ったナデナデだね。ナデナデってのは、頭皮マッサージとは違うの。大切なのは気持ちよさじゃなくて、感じる愛情。大切にしてあげようと思う気持ちなの」


 ……コイツもう帰らないかな。

 俺がもみじに呆れていると、もみじはまどかに頭を撫でられ、ギュッともみじの胸に抱きつきながらこちらに顔を向ける。


「それで、お兄ちゃんはなんでそんな怪我したの? 事故っぽくないけど。それに、夜中帰ってこなかったしさ」

「あー、それはな……」


 暴漢に襲われたと言ったら警察やら何やらで整合性が取れない。喧嘩だのなんだのと言えば、親に伝えられて一色との結婚が認められかねないかもしれない。

 あまり迷っている時間はない、何か、何か嘘をつかないと……。

 そう考えて、思い付いた言い訳をそのまま口にする。


「……あ、あれだ。ほら、そういうプレイが盛り上がって」

「…………へ? えっ……あ、あっ、そ、そうなんだ」

「そういうプレイ?」


 一色がベッドの上でこてりと首を傾げる。

 これは不味いと思い、一色にまどかを捕まえた時の指信号を使って『俺に合わせろ』と指示を出す。

 一色は少しキョトンとしてから、指信号のことを思い出したのかコクコクと頷く。


「お、お姉ちゃんとそういうことしてたんだ……」

「そ、そうなんです。してたんです」


 分かってないのに余計な反応をするな一色。


「……お、お兄ちゃん。その……ほ、ほどほどにね? け、怪我とかしないように。怪我するものなのか知らないけど……」

「……ああ、そうする」


 微妙な空気が部屋に流れる。もういっそ真実を話してしまいたいが、そうするわけにもいかない。

 もみじとしても非常に気まずく感じているのか、俺から目を逸らしてモジモジと指先を弄っている。


「あっ、ちょっと下のコンビニ行ってくるね。何か欲しいものとかある?」

「特にない。ああ、俺の財布ならそこにあるから、そこから持っていけば……」

「……お兄ちゃん、もう高校生だからね? 小学生じゃないんだから、そんなことでお小遣いねだったりしないよ」


 もみじは呆れたように俺を見ながら立ち上がる。俺の印象としては小学校のときとさほど変わっていないのだが、本人からするともっと大人扱いしてほしいのだろう。


 もみじに続くようにまどかも立ち、乱れていた布団を軽く整える。


「私も一緒に行っていい? 飲み物買おうかなって。二人の分も買ってくるね」

「ああ、助かる。……病院の外には出るなよ? あと、人の多い道を通って」

「はいはい。分かってますよって」


 まどかは拗ねたように唇を尖らせて扉の方に向かっていく。

 二人がいなくなったことで急に静かになる。一色はそんなに口数が多い方でもなく、ほとんどの場合は声も小さく動きも少なく静かだ。


「……あの、アキトさん」

「どうした?」

「……僕で、いいんですよね」

「一色がいいんだよ。ずっと言ってるだろ。不安に思うなとは言わないが、裏切ったりはしないから安心しろ」


 一色はコクリと頷き、俺の頭に手を伸ばしてヨシヨシと撫でる。


「……でも、怪我したことは怒ってますからね?」

「分かってるって、ああ、それと……」


 一色しかいないのなら話しておこうと考えて口を開いたとき、ペタリ、と……扉の向こうから足音が聞こえた。


 一瞬まどかやもみじが何かを忘れて戻ってきたのかと思ったが、足音が違う。病室の扉が開き、素足の足先が入ってくる。

 ペタリ、と、土足の病室では不自然な足音。俺が警戒して、起き上がらない身体を無理矢理起き上がらせて一色を背に隠すには充分な異様だった。


 続いて入ってくる、半ば浮浪者のような格好の男。当然、知り合いではない。

 獣臭さと何か絵具のような匂いが病室に入り込む。


 片方だけ履かれた革靴の音がカタリと音を鳴らす。ボサボサに背まで伸ばされた黒髪、Tシャツの上に外套を羽織ったという妙な出で立ち。


 そんな異様な男がペタリとカタリの異なる足音を交互に鳴らしながら、椅子に座った。


 どうするべきか分からずに男を見ていると、一色があっけに取られたように、ポツリと口を開く。


「……お父さん……?」

「いや、違う」

「で、でも、似てますよ……?」

「に、似てるのか!? 一色の目からすると、俺とこの人が……!?」


 顔は痩せこけた中年男性という感じで、色白というよりも蒼白で不健康そうだ。清潔にしようという気配がなく、どことなく全体的に薄汚れている。


 自分の容姿はあまり優れたものではないと理解していたが、それでもショックは受ける。この男、片方だけ裸足だし。


 男は偉そうに椅子の上でのけぞりながら、ニヤリと口元を歪める。


「アキトさんとではなくて……僕と」


 意味が分からない一色の言葉。男はそれを聞いて満足げに頷き、乾いた薄茶色の唇を動かす。


「血縁関係はない、面識もない、法律的に別の奴の名義を使っているから籍の繋がりもない。つまり」


 男は続ける。


「何の否定のしようもなく、私は君の父親だ。はじめまして、愛娘。パパだ。室生蛸四郎だ」



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