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episode:6-7【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】

 身支度を整えたらしい二人が戻ってくる。

 二人ともベッドの横に置いてあった椅子に座り、誰も口を開くことが出来ない気まずい空気が流れる。


 一色もまどかも、変わった少女ではあるが、共にとても良い見た目をしていて、こんな可愛らしい子二人に好かれているのならば本来ならば小躍りしたいぐらい喜んでもおかしくないことだろう。


 ……こんな一触即発の空気でなければ。


 初めに口を開いたのは、一番年上の俺でも、気が強く今回の修羅場の原因であるまどかでもなく、一色だった。


「えっと、一応再確認ということになるのですが、アキトさんは僕のことが、僕はアキトさんのことが、怪盗さんはアキトさんのことが、それぞれ異性的な意味合いで好きということで間違いないでしょうか」


 一色の歯に衣着せないストレートな言葉を聞いた俺とまどかは少し目を合わせてから小さくうなずく。


「あー、勘違いじゃないのか? 俺のことが好きというのは、好かれる要素はないように思えるが」

「ううん、勘違いなんかじゃないよ」


 まどかは俺の言葉を否定して、きゅっと表情を固めて、決意したような瞳で続ける。


「確かに、アキトくんがヤバい人なのは否定しないよ」

「いや、ヤバくはないだろ」

「確かに、アキトくんはロリコンでしかもストーカーという、好きになった相手がシキちゃんじゃなければ死刑待ったなしの人だよ」


 それに、と、まどかは言葉を続けるが、俺はロリコンでもストーカーでもない。


「すぐに大怪我を負うし、自分のことは顧みないし、変に自信満々で偉そうだし、妹さんも変な人だし、別にイケメンってわけでもないし、何より…………私のこと、好きになってくれない」


 泣きそうな顔をしたまどかは小さく俯く。


「……いや、まぁ……それは、な、なんというか……」

「違うんですか?」

「いや、違わない。そういう浮気とかはしないからな」


 一色がいる前でまどかを慰めるようなこともしにくく、けれどスルーするには仲が良すぎる。昨日命がけで守った相手が泣きそうになっているのに無視をするのは少しばかり難しい。


「……あー、まどかは美人だし、性格もいいから、俺でなくても、幾らでも俺よりいい相手はいると思うが……」

「アキトくんは、シキちゃんよりも可愛くていい子がいたらそっちの方を好きになるの?」

「……まぁ、そういう話になるよな」


 まどかは俺の方に身体を寄せて、ベッドの縁に腰掛ける。


「……シキちゃん」


 俺の方に顔を向けたまま、まどかは一色に向けて話す。


「私は、アキトくんが好きだよ。とても、好き。諦められない」

「……アキトさんは、僕のことが好きなんです。恥ずかしくなるぐらい、ジッと見つめられて」

「でも、シキちゃんより私の方がアキトくんのことが好きだよ。シキちゃんよりずっと、アキトくんのことをよく知ってる」


 まどかは俺の顔に手を伸ばす。ぴとりと、湯上りの肌が俺の頰を撫でる。


「あなたが欲しい。あなたがシキちゃんを欲しがったみたいに、なりふり構わず、求めたい」

「……悪い」

「……今、アキトくんって抵抗出来ないよね?」

「……えっ?」

「……いや、何でもない、何でもないよ」


 まどかの不穏な言葉。彼女は俺の肩を軽く押して腕が動かないように押さえつける。


「まどか、あのな、そういうのは良くないと思うんだが」

「……無理矢理はしないよ。でもね、アキトくん、シキちゃん、私ね、横恋慕だけど、これから略奪しようと思うの」


 それは普通宣言しないものなのではないだろうか。


「えっ、ええっ……だ、ダメですよ」

「アキトくんのことを誘惑して、シキちゃんから奪い取ろうと思うの。どうしてもほしいから」

「しゃ、しゃー!」

「威嚇しても効かないよ」


 一色とまどかは睨み合い敵意を露わにするが……どこか気が抜けている。

 そもそも略奪しようとしているのにそれを宣言することは自分が不利にしかならないことで……どうにも卑怯な手は取れないという人の良さのようなものを感じてしまう。


 一色にしても謎の威嚇をするだけで、あまり敵意のようなものが感じられない。


「……まどか、俺は一色と結婚するからお前とは結婚出来ない」

「アキトくん。冷静になって考えてみて、あのね……いっそのこと、シキちゃんはもみじちゃんにあげちゃって、そしてアキトくんは私と付き合う。そうしたらシキちゃんも身内、私も身内。ね?」

「いや、妹にしたいわけじゃないから」

「嘘だよね。アキトくんみたいなロリコンは妹キャラが大好きなはずだよ」

「それは偏見だ。現実の妹がアレだぞ? もみじだぞ? 妹関連のものが好きになれると思うか?」

「妹がもみじちゃんなのに優しくしてるじゃん。よほどの妹萌えじゃなければ、あんなにもみじちゃんに優しくしてるのはおかしい」


 理不尽な理屈だ。そもそも、俺はそんなにもみじに優しくしていない。


「……あ、そういえばもみじにまだ連絡していなかったな。ここって電話通じるか?」

「あっ、ここは普通の病院ですよ。暦史書管理機構の手がかかっているそうですし、隠し通路で直接繋がってはいますが。一応、もみじちゃんには絶対に隠しきれないと思ったので怪我をしたことは伝えてます」

「あー、助かる。心配するだろうからな」

「やっぱりシスコン……」

「違う。それで、話は戻すが誘惑はするな」


 頭を抱えながら溜息を吐く。何故こんな急に好かれているのか、モテ期なのだろうか。

 まどかは美人だとは思うが、俺が異性として好いているのは一色だけだ。

 無駄にデレデレと接して一色に嫌がられるリスクを冒したくはない。


「……そもそも、誘惑って何をするんですか? 怪盗さん」

「えっ? ゆ、誘惑でしょ……? そ、その……う、うっふーん」


 まどかは身体をクネクネとさせて妙ちくりんなポーズを取る。安心と共に、何故かガッカリとした自分がいることに気がつく。


「……ち、違うからね、アキトくん! 呆れてもらっちゃ困るぜ、てやんでい」

「なんで江戸っ子口調」

「私だって立派な女なわけだから、ちゃんと男の子を誘惑ぐらい出来るよ」


 そう言ってからまどかは少し考えるように腕を組み、俺と一色はあまり期待せずにまどかの様子を見守る。


「お、おっぱい触る?」

「……触らない」

「……ば、万策尽きたか……」


 あまりに弱すぎる。まだ一色のように一緒に寝ようと甘えてきたりした方が効果が強いだろう。

 一色もあまりのまどかの弱さに安心したのか、威嚇をやめて落ち着いた様子でスケッチブックを取り出して絵を描き始めていた。


「……まぁ、落ち着けよまどか。よく考えろ、俺よりいい奴なんて幾らでもいるだろ」

「……落ち着く時間なんて、幾らでもあったよ。でも、でも! アキトくんが好きなの!」


 まどかはずいっと俺の上に乗り上げるように寄ってくる。半分寝転んでいるような状況でそこまで近づかれると、後ろに仰反るようなことも出来ない。

 息が触れ合うような距離、まどかがその気になればキスすら簡単に出来るほど近い。


「お、おい」


 思わずどもってまどかを静止するが、彼女は聞く耳を持たず、さらに俺へと迫る。


「アキトくんもそうでしょ。シキちゃんより可愛い子がいても、シキちゃんより好きになるなんてことはないでしょ」

「それは、そうなんだが……」


 あまりに強いまどかの視線から逃れるために目を下へと向けると、俺に跨ることでまどかの服の襟元が重力で下へと下がり、少しダボダボな大きさだったこともあって胸元がはっきりと見えている。

 いや、胸元どころではなく、少し洒落気付いた桃色の下着や、それが支えている胸の谷間、暗すぎてハッキリとは見えないが、腹部の方まで視界に入ってしまう。


 まどかは俺の語気が急に弱まったからか、あるいは至近距離にして俺の目が下に捉われてしまっていたからか、俺の視線の場所に気がつき、パッと起き上がって胸を抑える。


「……さ、作戦だからっ! 作戦だからね、誘惑のっ!」

「……そうか」


 間違いなく偶然だろうが……赤らめた表情や恥じらう仕草は先ほどの誘惑よりかは少し心に響く。

 まともにしていたら美人なのにな……と、もう一度思ってしまった。

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