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episode:6-6【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】

 クーラーが効いているとはいえ二人に引っ付かれていると暑い。一色と引っ付けていることに対してテンションを上げたいが、痛みと怪我をしたことへの申し訳なさと、まどかから告白されたことへの驚きと、今後の対応をどうするべきかの考えと、妹にどう説明しようという言い訳に思考が持っていかれて素直に喜べない。


「それで、どうするの?」

「どうするっていってもな。正直なところ難しい」

「ああ、いや、そっちじゃなくてね」


 セーラはビールの缶をカシャリと開けながら続ける。


「まだ龍人の対応を続ける?」

「……俺じゃあ力不足か?」

「いんや、アキトくんは大活躍してるよ。今回の襲撃も、いち早く怪盗ちゃんの保護、龍人の撃破、リリィちゃんと協力して撤退、って感じで、MVPあげちゃおう。まぁ、物壊しすぎで対応にてんてこまいだけど。アキトくんの治療の間ずっと起きて働いてたけど、もう昼の十二時過ぎてるけど」

「……まぁ今回は仕方なかった」


 セーラは眠たげに眼鏡をかけなおしてビールに口を付ける。


「私達としてはいなくなられると困るけど、アキトくん的にはシキちゃんが最重要でしょ。龍の絵の回収はほとんど不可能って分かった現状、狙われる理由もないし、関わらないって手もあるよ? もちろん、機密事項は知りすぎてるから龍人から手を引くってだけで組織にはいてもらうけど」

「……一色にとって重要な友達だろ、まどかは。見捨てることは出来ない」

「そうかな? 女の子の友情って男の取り合いでなくなったりしがちじゃない?」

「一色にはそういうのはないだろ」

「私には「しゃーっ」って威嚇するよ?」


 それはお前がからかうからだろ。そう思いながら身体を起こす。


「水をくれ。一色に限って、そんなつまらないことで友人を見捨てたりはしないだろ」

「はいどーぞ。手は使えないだろうから飲ませてあげるね」

「それお前が飲んでたビールだろ。おい、止めろ、病人に飲ますな、おい──」


 セーラにビールを押し付けられて、多少飲んでしまう。別に毒というわけでもないが、怪我をしたばかりに飲むものでもないだろう。


「……おい、セーラ」

「アキトくんはシキちゃんに理想を押し付けすぎだよ。アキトくんはシキちゃんのこと、めちゃくちゃ優しくて絵が上手い非の打ちどころのない美少女だと思ってるでしょ?」

「実際そうだろ。世間知らずなところはあるが、それ以外は完璧だ。これ以上ないだろ。まぁ、子供なところが悪いところと言えなくもないが」


 セーラは呆れたように深くため息を吐く。


「結構ワガママだし、小心者で、何でも人に頼りがち、人の気持ちに疎くて、自分の気持ちを整理することも出来ない。……って、言ったら怒る?」

「……悪く取りすぎだろ」

「アキトくんが理想を抱きすぎなのかもよ? 私に対する態度、怪盗ちゃんに対しても同じようにするかもよ? そのとき、シキちゃんのためにならないから手を引くの? それとも、怪盗ちゃんのために命を賭ける?」


 こんなことが言いたかったのか。回りくどい。


「シキちゃんも普通に女の子してるよ。アキトくんに近づく異性に対しては警戒してたり、肌を見られることを恥ずかしがってたりね。独占欲や性欲も普通にあるし、変な理想を押し付けたら可哀想だよ」

「……お前よりかは一色のことをちゃんと見ている」

「シキちゃんがアキトくんの傷跡に執着してるのはサディズムの一種だよ。それ以外にもそういうサドっぽい傾向は見られるし、性欲がないんじゃなくて知らないだけ。シキちゃんはあくまで普通の人間だし、人間は獣だよ」

「……あのな、だから、俺はお前よりも一色のことをよく見ている」


 目が合う。赤いアンダーリムの眼鏡越しに、しっかりと逃がさないという意志を持っている目と。


「性善説ではなく性悪説を支持しているのは俺も同じだ。人間はあくまでも獣だし、俺や一色もそうだ。……一色は俺の傷に執着しているが、わざと数を増やそうとはしていない。他の女と話していたら不機嫌になるのも知っている。一般的なものとは離れるが悦楽を理解しているし、且つ、我慢していて理性的に対応している」


 苛立ちを覚えるが……セーラの言葉は俺や一色を思ってのものなのだろう。


「一色は立派な人間だ。一時の感情で友人を見捨てたりはしない」

「……そっか。そうなんだ。ごめん、馬鹿なことを言ったかも」

「本当にな。反省しろ」


 セーラはクスリと笑い、寝ている一色の頭を愛おしそうに撫でる。


「そんな話より、現実的にこれからどうするかだ。ヨミヨミさんと角は今どうしてるんだ?」

「探索中だけど、多分そろそろ諦めて帰ってくる頃かな。寝ないと問題だし、闇雲に探し回ってももう逃げられてたら見つけようもないしね」

「……また相手が行動を起こすまで待つしかないか。まあ、怪我を治したり、特訓をしたりとやれることはあるが」

「お、ついに修行編入っちゃう? ビシバシ鍛えるよ、私は。実はヨミヨミの師匠も私だからね。アキトくんも私の圧倒的頭脳で強くしちゃおうか?」


 ああ、ヨミヨミの異能力はセーラの影響を受けているのか……道理で、と納得する。


「まぁ、修行編……というか、少しやることはやるべきだろう。尤も……」


 息を吐き出す。


「修行編に突入するのは、俺じゃなくヨミヨミとリリィだけどな」

「へ?」

「まぁ、落ち着いてからの話だ」


 ◇◆◇◆◇◆◇




「……アキトさん」

「ああ、目が覚めたのか。起きて早々言うのもアレだが……一色、雨に濡れたまま寝ただろ。髪の毛いつも以上にボサボサになってるぞ」

「えっ、あっ、そ、その、恥ずかしいです」


 一色は寝ぼけた顔をそのままボスリと俺の胸に押し付けるように倒れ込み、そのまま寝息を立て始めたかと思うと、突然パッと顔を上げる。


「あ、け、怪我!? 大丈夫ですか!?」

「……死ぬような怪我ではないが、しばらく身動きは取れないな。……それより、昨夜身体冷やしてるだろ。身体の調子は大丈夫か? 風邪とか……」

「僕の身体の心配をしてる場合じゃないですよっ! また全身ボロボロで……本当に……心配でっ!」

「いや、打撲と骨折と銃創だけで大袈裟だろ」

「身体冷やしただけで心配する方が大袈裟ですよ。 ……本当、無茶ばっかりするんですから、僕が目を離したら……」


 一色は泣きそうな顔を隠すように伏せて俺の身体を抱き締める。


「……アキトさん、僕、怒ってますからね」

「いや、色々と仕方なかったんだ。最善を尽くした結果だ」

「……信用出来ません。だってアキトさん、こんな怪我をしていて、人の心配をするような人なんですよ? そんな人が怪我をしないようにしてたなんて、信じられるはずがないです」

「わざと怪我なんてしねえよ」

「わざとじゃなくても、人を庇ったりしてないんですか?」


 俺が返事を言い淀むと、一色は察したように目を閉じて、ポンと俺の胸を叩く。


「……ばか」

「あー、いや、まぁ、仕方なかったんだ」

「……怒ってます」

「いや、その……悪い」

「……怒ってます」

「次から気をつけるし、もっと慎重に考えて動く」

「……怒ってます」

「わ、悪いって、本当に反省してる。その場しのぎの嘘を吐いてるわけじゃない。心配させるのも本意じゃない」


 どうしよう。許してくれる気配がない。

 一色ならちょっと怒ったら許してくれるだろうと考えていたが……思ったよりも怒っている。怪我をしているからか手が出ることはないが、プンスカとした表情が緩むこともない。


「……アキトさん、罰というわけではないですけど、怪我が治るまでは結婚も出来ませんよ」

「えっ……いや、えっ……い、一色? な、なんで、お、俺のこと嫌いになったのか……?」

「違います。アキトさん怪我していてお役所に行けないじゃないですか。僕一人だと、悪戯だと思われるでしょうし」


 一色の言葉に少し落ち着く。よかった、嫌われてしまったわけじゃないらしい。


「い、いや、大丈夫、書類を出しにぐらいいける。それに郵送でも提出出来るから」

「……アキトさん、そんなに無理するのもおかしな話です」

「いや、でも……それだとまたタイミングを逃すかもしれないだろ」

「また大怪我をするつもりなんですか」


 確かに急ぐ意味のあるものではないが……とりあえず早く結婚したい。一色が逃げられないように、可能な限り束縛を増やしておきたい。


「それに、怪盗さんとも話をしなきゃです。アキトさんの治療中に、全部聞きました」


 一色は複雑そうな目を、未だに寝ているまどかの方に向ける。


「庇うわけじゃないが、まどかも悪気があるわけじゃないから……そんなに責めたりはしてやるなよ。ただでさえ落ち込んでいそうだしな」


 好意を抱いている相手が別の人と婚約する上に、その人物が自分を庇って大怪我をするなど、かなり辛い出来事だろう。

 これ以上責めるのは酷というものだ。


「分かってます。……思うところがないわけではないですけど……」


 一色はチラチラと俺の方を見た後、不安げに尋ねる。


「あ、あの、僕の方が好きなんですよね? その、怪盗さんより。え、えと、その……意地悪とかじゃなくて、その、不安で」

「恋愛感情を抱いているのは一色に対してだけだ」


 少女の顔が近づく。


「アキトさん……」

「一色」


 互いの名前を呼び合って、身を寄せ合う。体温が伝わると距離、小さな身動ぎを感じられるほど近く、息が容易に触れ合う。

 吐息すらも俺より小さいことに、ほんの少しだけ驚く。


「……好き、なんです。あなたのことが」


 その言葉に応えようとしたとき、くいっと、服の袖が引かれた。

 布団がモゾモゾと動き、中から真っ赤に泣き腫らした目のまどかが出てくる。


「あ、か、怪盗さん」

「あ……シキちゃん……お、おはよう」


 目を覚ましたまどかと一色が俺を挟んで、気まずそうに目を逸らしたり、チラリと見たりと繰り返す。


「あ、アキトくんも、おはよう」

「…………とりあえず、起きたならベッドから出て身支度整えてこい。二人ともな」


 二人とも目元が腫れていて髪の毛がボサボサだ。

 一色は気にした様子もないが、まどかは恥ずかしそうに俺の身体の調子を確かめてから出て行く。


 ……これからどうしたものか……修羅場というやつなのか、これは。

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