episode:6-5【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】
息が止まる。否、呼吸は正常だ。
正常でないのは……彼女、リリィが来てからの早さだ。あまりの早さに、呼吸がおかしいのだと勘違いしてしまった。
空の上で氷の柱に封じ込まれている男は、凍りつけにされていたはずの腕をあげて頭を掻く。
「あー、そうか。こういうのまで出てくるのか。……あー、どうしたもんかね? そこの嬢ちゃんを始末したあと退却させてくれたら嬉しいんだが」
「出来ない相談ね」
「だよな」
男は凍りついていたはずなのに、何も被害を受けていないという風に氷の柱から飛び降り、懐から取り出した拳銃を弄る。
「大丈夫かね。長いこと使ってなかったから中とか錆びててもおかしくねえんだよな」
男は息を吐き出す。
「ま、撃ってみりゃ分かるか。──対心狙撃銃」
「……? そんなオモチャが通じると思ってるの?」
リリィは向けられた拳銃から身を守るために水を操って俺やまどかの周りに壁を作り出す。
……リリィに拳銃が通じるようには到底見えない。単純な水の厚みにより弾丸が受け止められるのは、考えるまでもなく分かることだろう。
だからこそ、男が拳銃を構えたまま、何の対策もせずに撃とうとしているのは……おかしい。
どっちだ。狙っているのは標的のまどかか、それとも邪魔をしているリリィか。水の壁のせいで男の姿がブレて見えて、銃口の角度で判別が出来ない。
いつの間にか手袋がなくなっている。傷は痛む、色々な箇所が壊れている感触はあるが、動く。
立ち上がらない身体を全身の筋肉を無理に向かって跳ねさせて、まどかへと手を伸ばす。
瞬間──手が弾かれるような感触がして、心底安心する。……まどかの方で正解だった。
「ッッ!? な、なんで水の壁が! アキト!」
「俺はいい! お前は──」
何をしたらいい。 何を指示すれば……。
「ッ逃げよう! アキトくんが、アキトくんがッ!」
「わ、分かった! 身を丸めて!」
リリィが大量の水を操って俺とまどかを包み動かそうとするが、妙な直感が働く。
違う、そうじゃない。あの男は、不意打ちで狙えた際にリリィを狙わなかったのだ。それは、まどかを始末した後にリリィから逃げることが出来るという自信から来たものだ。
だから、どういう方法を取るのか分からないが、俺たちよりも早く動くことが出来る可能性が高い。
リリィを止めようとするが、水に飲まれているせいで抵抗も声を出すことも出来ない。
視界の奥に、先程の男の近くに巨大な化け物が立っているのが見える。先程殺された龍人……に、似た、龍人。
それは龍と魚を混ぜたような、手足を生やした蛇のような奇怪な化け物だった。
「ッッ何よ、あれは!」
男は何の躊躇もなくその化け物の上に乗って、何かの指示を出す。
それは、泳いだ。否、正確には飛ぶと表現するのが正しいのだろう。空中を泳ぐ、というのは現実的な表現ではない……が、それでもそうとしか見えない。
その速度はほんの少し、リリィの水の波による運搬よりも早い。
「と、止まりなさい!」
リリィが水の壁を生み出し、龍人と男のその動きを止めようとする。
だが、それは男が前へと手を伸ばした瞬間に、水の壁がそれが当然であるかのように地面に落下する。
「対心。あー、さすがに連発は怠いな。さっさと仕留めるか」
足止めが足止めの意味をなさない。徐々に距離が詰められていく。撃ち抜かれた右手から出て行く血液のせいか、水に流されているせいか、それともそれ以前の全身の怪我のせいか、意識が朦朧としてくる。
「──根性! 見せろ! 俺!!」
水の波から無理矢理顔を出して、リリィへと叫ぶ。
「どう見ても、異能力が無効化されてる!」
「じゃあ、どうしたら!」
「異能力は防げても、それ以外の何かは防げないだろ、電柱を飛ばせ!」
水の渦が複数の電柱に巻き付き、地面から引っこ抜くようにへし折る。本当に馬鹿げた威力だ。
リリィはそのまま電柱をぶん投げるが、下の龍人が動いて回避しようとし、俺の指示通りにリリィが動く。
「今だ! 凍らせろ!」
先程見た氷の柱と同じように、瞬間的に男達の周りにある水が凍り付く。先程と違うのは……電柱とその電線があることで、氷を解けばそのまま電柱の下敷きになることだ。
もちろん、何かしらの対応ぐらい出来るだろうが──それでも、逃げる程度の時間は稼げる。
「よし、これだけ距離が開けば……」
「そうね。これだけ距離が開けば、本気を出せる」
は? と俺が言う前に、リリィが男の方に手を伸ばす。
瞬間、爆音。 男と龍人のいた辺りを中心に、何かが爆ぜた。その爆風を浴びた俺の身体の表面が『凍り付く』。
「気化冷却。水を操って一気に気化させることで、凍って爆ぜる。これなら、異能力を無効化されても温度で倒せるでしょ」
「……ああ、そうかもな」
異能力を無効化といってもどの程度無効化出来るのか定かではない。だが、これで倒せている可能性は高い。
霧のような小さな氷の粒が徐々に地面へと落ちていき……そこに、男と龍人の姿はなかった。
「……いない。隠れた、いや……逃げた、か」
大通りだというのに弓矢で射られる気配もない。リリィがいる限り無駄だからか、それとも……本当に退却したのか?
諦めるのか? これはまたとないチャンスのはずだ。
いや、まどかに対する脅しにはなっているからこれで充分という考え方も出来るか。少なくとも、まどかはこれ以上自分から関わろうとすることはないはずだ。
……一秒、二秒、三秒、と時間がゆっくりと過ぎていく。
「……来ないみたい。ところで……アキトは大丈夫なの?」
右手のど真ん中に残っている弾丸を見て、首を横に振る。
「これ、ほっとくと死ぬな」
全身の痛みに耐えながら、頭を働かせる。
一番安全なのはヨミヨミや角とも合流してから戻ることか。後々のことを考えるとヨミヨミさんはこのまま異能力者の捜索と対応をしてもらう方がいいか?
いや、そもそも後々があるかどうかすら……。いや、このまま逃がさない方がまどかのためになるか。
「じゃあ、とりあえず自分で止血するから、逃げたアイツらがいないか辺りを探して……」
「ううん。すぐに治療しに戻るよ。アキトくん」
「後々を考えると、勝てる時に勝っていた方が……」
「いいから、そんなのは。リリィさん、お願い」
抵抗する俺の周りに再び水が張り付き、無理矢理引っ張られていく。電柱をぶち折って投げるような力に抵抗できるはずもなく、組織の方に持って帰られた。
◇◆◇◆◇◆◇
「いやー、相変わらずの怪我っぷりだね。鈴鳴さんも困惑してたよ、むしろ無事な箇所が少ないって」
「……せっかくなら異能力で治療してくれたらよかったんだが」
普通……というには異様に手際が良かったり、おそらく正規の医者ではなかったりしているが、異能力的なもののない治療を施された。
お陰で折られた左手と弾丸がめり込んだ右手、ついでに何かの拍子で折れたらしい右足が固定されて何の身動きも出来ない状況だ。
「せっかく前の治療の副作用が回復傾向だったのに、これ以上上乗せさせるわけにはいかないよ。基本的に、異能力に頼らない治療が一番だよ」
「……せめて手の一本でも動かせたらな……」
ベッドの上で、目の周りを真っ赤にして泣き疲れて寝ている少女の頭ぐらい撫でられたのだが……いや、片手じゃ足りないか。
「女の子二人と同衾なんて羨ましいねー」
「……身体が自由に動くならな」
治療中もずっと泣いていたまどかと一色。お陰で夜遅くになってきたのに、何も話が出来ていなかった。
「……セーラは気づいていたのか?」
「怪盗ちゃんが狙われてたこと? 私も分かんなかったよ。分かってたらちゃんと対応ぐらいするよ」
少し考えて頷く。まぁ、予知能力でもなければ今回のことは防げなかったか。
リリィに頼りきりだったが……なんとかなったからよかったと思うしかないか。




