episode:6-4【水は低きに流れ、龍は高きに飛ぶ】
龍人が刃を払い、俺はその刃を避ける。頭部への反撃を警戒してなのか、頭が下がるような動きがなくやりにくい。
「あ、アキトくん」
「問題ない」
当たれば即死、という恐怖はあるが、当たらなければいいだけだ。思考もなく技となく、ただ乱雑に力任せな動きな上に、頭部を守ろうとしているせいで色々と精細さに欠いている。
こんなもの、冷静さを保てば俺でなくても対応出来る。
問題は、俺の後ろの飲食店の壁が斬られてぐちゃぐちゃに潰れていることか。 ……おそらく夜間のため不在だが、中に人がいないとは限らない。
そうでなくても他の人間がきてしまう可能性は少なくない。
龍人が切ったことで持ちやすい大きさになったパイプを見つけ、それを蹴りあげて空中で手に取る。
金属でもお構いなしに斬り裂くという異様な斬れ味を再確認しながら、それを龍人の足に突き刺す。
パイプの穴を通じて血が吹き出していく。
「……出血……じゃあ、ないな」
纏っている血の鎧の血が抜けているのか? 穴が開いただけで……いや、パイプのせいで傷が塞げないからか?
予想外だが……これは、好機か。再び同じように切り裂かれたパイプを手に取り、動きが鈍くなっている龍人に突き刺す。
風船から空気が抜けるように、龍人の纏っていた血液が地面へと抜けて雨に溶けていく。
「……案外、呆気なく……」
俺がそう言った瞬間のことだった。
ストン、と音が鳴る。龍人の頭に矢が突き刺さり、風船が割れたみたいに血が飛び散る。
「……は?」
「えっ……えっ……な、なんで」
誤射……同士討ち……いや、捕らえられないように口封じか。
……いや、それはおかしい。今まで散々生捕りを許してきていたのに、なんでコイツだけ殺した。
何か重要な情報を握っていた……いや、コイツ自身が情報になり得るからか? いや、それにしてもおかしい狙いはまどかじゃないのか? 多少情報が漏洩しようがまどかを捕らえるなり始末するなりする可能性を上げた方が……何かを見落としている。
グルグルと視界が回る。
初めて見る「人の死」……異形の死体がそこに転がっているのに……。
何故俺は、こんなにも冷静なのか。
「……逃げるぞ!!」
まどかの腕を掴み、龍人が斬り裂いたことで崩れた壁から飲食店の中に入り、そのまま窓を蹴破って外に出る。
龍人が重要な情報を握っている可能性は皆無だ。相手が龍人を殺害したのは、単に意味なく暴れられるのが厄介だっただけだろう。身体のどこに赤外線カメラをつけていたのかは分からないが、血が抜けて体積が減ればカメラの位置がズレ、まともに動けなくなる。だが、危機を感じて暴れ回れば自分達の作戦にも影響が出ると考えたのだろう。
龍人が生きたまま俺達があの場に居続ければ、龍人が暴れるのを気にしながらまどかを狙うことになる。
もしもの事故を気にするなら役に立たない龍人は手早く始末すべきだ。
逆に言うと……龍人が始末されたということは、来る。
路地裏を曲がろうとした瞬間、大量の手が俺たちの前に現れる。
「ひゃっ!? な、あ、あれ、前の……」
「手袋だな。やはり、前に捕まえたアイツは別の能力者だったか」
宙に浮いている手袋は無理に掴みに来るようなことはせず、全力で道を塞いで足止めに徹している。こちらの道を通るのは無理……足止めをするということは、別の奴が来ていると見た方がいいか。
逃げ道がない。通りに出たら弓矢による狙撃、狭い道は手袋が塞いでいる。
「……まどか、こっちだ!」
何かの建物の裏戸を蹴破り、中に侵入する。
逃げ切ることは出来る。大丈夫だ。異能力はヨミヨミのような例外を除いて、遠くに高精度高威力で攻撃する術は少ない。
近くにきたら、先ほどの龍人のように対応すれば……そう考えながら、再び窓を蹴破って外に出る。
建物を壊しながら移動という無茶によって、徐々に組織の方に近づけている。そろそろ角やリリィ辺りと合流出来てもおかしくないはずだ。
逃げ切れる。そう油断した瞬間だった、濡れた俺の背に低い男の声がかけられる。
「……あー、だから始めから俺に任せていたら良かったんだ」
振り返ると、雨に濡れた赤茶色の髪をかきあげている男の姿が目に入る。歳は中年と呼んで差し支えないだろう。
ゆったりとしたラフな服の上からでも分かる鍛えられた身体。普通に立っているだけだと言うのに、異様な雰囲気が漂っている。
……覚えがある。これは、この立ち姿は……ヨミヨミと同じ重心、歩法、呼吸のリズムと深さ。
後ろには異能力で動かされている手袋が来ている。蹴破れそうな場所はない。屋根に上がれば矢に射られるのは間違いない。
……如何に手強そうな相手でも、人間が相手なら頭をぶん殴れば突破出来るはずだ。
「まどか、下がっていろ」
拳を握りしめて男に向かって前進した瞬間。視界が反転する。
揺れる視界の中、男の腕が振り抜かれた後であることに気がつく。顎が揺らされた。意識が飛びそうになりながら、平衡感覚が薄い中、無理矢理地面を蹴るようにして転倒を防ぐ。
「……ん? 完全に失神させたかと思ったが……意外と丈夫なガキだな」
違う。これは、異能力の治療による副作用である【意識が失われることがない不眠状態】によるものだ。
まさか役に立つ場面がくるとは思わなかったが、お陰で意識が保てている。
「あ、アキトくん!?」
「だ、いじょうぶだ……」
返事はできたが、それだけだ。
いつ殴られたのかすら分からない。異能力を疑ったが、それ特有の反応が男からは見られない。
拳を構えるが、手に力は入らず、足元がフラつく。この男を突破出来なければ、どうしようもない。
男の動きを見極め、確実にそれを捉えろ。
男が一歩前に踏み出し、その瞬間に男の肩が若干動くのが見える。
男が振った拳を両腕で防ぐ。パキリ、と妙に軽い音が耳に入り、遅れて自分の右腕が折れたことに気がつく。
「ほー、これ防げるのか。大したものだな」
防げた、と、呼べるのだろうか。ガムシャラに拳を受けたはいいが、受けた腕が折れるという異常。
ダメだ。これは……勝てない相手だ。単なる肉弾戦で、単純に俺よりも強い。
「ッッッ! まどか! 数秒抑える! 走れ!」
「えっ!? いや、そんなの!!」
「早く行け!」
男に向かって突進し、顔面が蹴り上げられるが、それでも意識が飛ぶことはない。一歩、前に進み男の服を掴む。
男の手が俺の腕を掴む、そして俺の脚を払いコンクリートの地面へと叩きつけた。
叩きつけられた衝撃で、肺から息が吐き出される。
だが、手は離さない。地面に倒れたまま力づくで男の身体を引き寄せようとするが、男の身体を動かすことが出来ない。
「……本当に丈夫だな。根性もある。うちの若い奴にも見習わせたいもんだ」
男の手が、男を掴んでいる俺の手を掴み、パキリと造作もなく指の骨を折る。
一本、二本、三本と折ったあと、握力のなくなった俺の手を振り払う。
もう一度男を掴もうとした手が弾かれる。
「ま、もう死んどけ」
男の拳が俺の顔を捉える。踏ん張ることも出来ずに弾き飛ばされてコンクリートの地面を跳ねるように転がる。
「アキトくん!?」
時間さえ稼げれば、可能性は残る。そう考えて立ち上がろうとするも、力が入らない。視界がぐるぐると揺れて、耳がおかしく上下の感覚が欠落している。
呼吸がおかしい。心臓が嫌な音を鳴らす。全身のどこもかしこも、正常に動いている場所がない。
言い訳なら幾らでも出来る。身体が動かなかったんだ、と。
壁に折れた腕をついて、無理矢理立ち上がる。
まだ逃げていないまどかに何かを言おうとするが、息すら上手く出来ない。
巡らない思考は、全身に手袋が張り付くように掴みかかってきたことで中断される。
乱雑に押し倒され、地面に押し付けられる。立ち上がろうともがくが、何の意味もなさない。
息を吸い込み、折れた指を噛む。死に物狂いで、息を吐き出して音を鳴らす。
「いいなお前、気に入った。物のついでに持って帰るか」
「ッッふざけ……」
背中が男の脚に踏みつけられる。
どうしたらいい。何をすれば、この状況を突破出来る。
極限の最中、不意に、雨が降っていないことに気がつく。遠くに雨音は聞こえるのに、この辺りにだけ雨が降っていない。
常識では考え難い事態。……思い浮かぶのは、アメリカからやってきた、助っ人の異能力者の少女。
トントン、と鳴る足音。
雨の中だというのに、足音に水を弾く音が混じっていない。それが当然の事態であるかのように振る舞う金糸の髪の少女が俺達を見つけた。
「……私の判断が間違っていたら、後で謝罪するから」
リリィのその言葉の直後、俺の上に立っていた男が吹き飛ぶ。
呆気に取られる暇さえなく、空中に吹き飛ばされた男に水がまとわりつき、凍結する。
「アレは敵で良かった?」
リリィの問いに、まどかはカクカクと頷いた。




