episode:5-20【龍心あれば水心】
絶対に気が合わないと思っていた一色ともみじだが、案外仲良く話せている。
互いに気を使いあっているからか。いや、俺が二人のことを分かっていなかっただけなのだろうか。
一色はセーラ以外とは仲良く出来ているし、セーラとも俺との距離感が近いという問題がなければ仲良く出来たことだろう。
「……買い物行くにしても、そろそろ行かないと間に合わなくなるぞ」
「はーい、ほら、見てポニーテール。ちょっと短いけど、可愛いでしょ」
「可愛い」
「んっ、んんっ!」
一色は髪を縛っていたゴムを外して、手でクシャクシャと髪を乱れさせる。
「な、なんで、せっかく可愛くしたのに」
「は、恥ずかしいです。よく分からないですけどっ!」
「ええー、もったいないよ。ねえお兄ちゃん」
「……まぁ、一色の好きなようにしたらいいだろ。……でも、後で写真を撮らせてくれ」
「ん、んぅ……それも恥ずかしいような……いいですけど」
カメラを買おうか迷うな。いや、スマホのカメラよりも性能のいいカメラは高すぎるか。
……いや、でも、この一瞬の一色を永遠に保存したい。俺が本気を出せば金なんてどこからでも湧いてくるが……いや、しかし、そういう楽して稼ぐのは結局は他人の取り分を掠め取ってるだけだしな。
他の人のように失敗して金を失ったり借金をするリスクがあるならまだしも、俺がやったらリスクなんて存在しないのでダメな気がする。
汗水垂らして働く必要があるとは思っていないが、寄生虫のように利益を掠めとるような行為は一色に胸を張れないのでやめておきたい。
でも、一色の写真を綺麗に撮りたい。この天使のような少女の今の姿を…………カメラを買う分ぐらいなら……。
「じゃあ、ちょっと買い物いこっか。お金出してよね、お兄ちゃん」
「旅費とかもらってるだろ」
もみじは手早く外に出る用意を済ませながら、一色の髪を櫛で溶いていく。
面倒くさいと思いながらも、土地勘のないもみじを一人で歩かせて迷子になられるのも面倒なので重い腰をあげる。
三人で外に出て商店に向かう途中、もみじは俺に体を寄せるようにして歩き、コソコソと小声で話しかけてくる。
「あー、お兄ちゃん、戻ってくるつもりとか一切ないなら、お姉ちゃんとお母さんは会わせない方がいいと思う」
「会わせたいわけじゃないが、挨拶ぐらいは仕方ないだろ」
「どうやっても反対する気マンマンって感じするんだよね。私も最初はそれでもよかったんだけど……」
「……そうは言ってもなぁ。今すぐに縁を切るって訳にもいかないしな。会わせなかったら実質的にそういうことになるだろ」
「うーんー、お母さんアレだからなぁ。一度決めたら絶対に折れないからなぁ。嫁いびりとかしそうだし」
「まぁ、何か少しでも一色に不快な思いをさせたら距離を置くつもりだ」
先にもみじにこう言っておけば、母さんにも伝わって会った時に少しは気を使うだろう。使わないようであれば、一色とは会わないようにすればいいか。
「揉めたら私が八つ当たりされるんだよね……。その時は匿ってね」
「こっちから学校に通うのは不可能だろ。一年ぐらい我慢しろ」
「えー、いや、うーん。でもなぁ……面倒くさいし、受験勉強とかしにくいし」
「どうせこっちの大学に受験すると言ったら機嫌悪くなるんだから一緒だろ」
店に着いたので、ぶーぶーと文句を言っているもみじに一色を任せて店のベンチに座ってスマートフォンを弄る。
とりあえず、まどかに集合場所であるセーラの研究室に着きそうな時間を伝えるようと思い電話をかける。
すぐ背後から着信音が鳴り、電話を切って振り返る。
「まどか、帰ったんじゃないのかよ」
「え、えへへ、いやー、その」
顔を少し隠すように掛けていた帽子。よく見ると先ほどの服に上着を羽織っただけのようだが、それだけでガラリと雰囲気が変わっていた。
まどかは誤魔化すように頰をかく。
まぁ覗き趣味があるやつだから尾行ぐらいするか。気にするほどのことでもない。
「それにしても、よく一色に見つからなかったな。一瞬でも視界に入れば気づかれるだろ」
「シキちゃん、アキトくんの方ばっかり見てるから見つからないようにするのは簡単だよ?」
「……そうか。それで、電話した理由なんだが、集合場所に行くのが午後六時ぐらいになりそうだ」
「私もそれぐらいかなぁ」
「……まだ尾行する気か。隠れて着いてくるなら始めから一緒に来たらいいだろ。普通の奴なら尾行されたら不快に思うぞ?」
「アキトくんは普通じゃないから大丈夫かなって」
「まぁ別にいいが。せっかくなら普通にいてくれた方がいい」
まどかは俺の隣に座りつつ、腫れて赤くなったままの目を俺に向ける。
薄く色づいた頬。彼女はそれを手元で隠すようにしながら微笑んだ。
「それは、その方がシキちゃんが喜ぶから?」
「ん? ああ、まぁそうだな。それに、俺だと気が回らないことも多いからな」
まどかはほんの少し寂しそうに笑う。
「えへへ、そっか」
「……どうかしたのか?」
「んー、別にー。妹さんには本当に嫌われてるの? さっき、嫌いって言われてたけど」
「ただの反抗期だろ。両親がマトモに面倒を見てなかったから、俺が相手をすることが多かったからな」
「あー、あれは『お父さん嫌いっ!』みたいな感じなのか」
「多分な。昔は俺にも甘えてきてたんだがなぁ」
「寂しいの?」
「いや、一色に引っ付かれるのが嫌だ」
もっと控えめでおしとやかに育ってほしかった。一色のように。
まぁ、今のままでも構わないけれど。
「けっこうお兄ちゃんしてるんだね」
「色々面倒になって、ひとりでこっちに来たけどな。父母がほとんどしないから実家の家事とか任せっぱなしだ」
「それはアキトくんじゃなくて両親に問題があるんじゃ……」
「問題がある人なのは否定しないが、分かっていてそれのところに置いていってるから兄としては最悪だろ」
「……いや、連れてくるわけにもいかないし、仕方ないんじゃない?」
どうだったのだろうか。もみじの甘えたがりな性格は一年半ほどで異様な成長を遂げ、一色にべったりと甘えている。
最近の生活が辛くて現実逃避をしているようにも見える。
俺がやる気になれば二人分の食い扶持と学費ぐらいは大学に通いながらでもどうにでもなるのだから、連れてきていた方が良かったのかもしれない。
でも、それはそれで反発されそうなんだよな……どう足掻いても面倒なだけだ。
「肉親だし情もあるから、もみじがどうしたいのかが分かるのならどうにでもしてやれるんだがな……」
「こっちにいる間ぐらいは甘えさせてあげたら?」
「……アイツ、一回甘えだすと際限がないんだよなぁ」
まぁ考えておこうと思っていると、まどかはパッとその場から離れていく。見ると一色ともみじが買い物を終えたらしく、見つからないように隠れたようだ。
何故見つからないようにしているのかは分からないが、おそらく趣味だろう。
「アキトさん、どうかしたんですか?」
「いや、別になんでもない」
そのまま三人で俺の家に戻る。しばらく離れていたが特に仔細はない。
「これがお兄ちゃんの家かぁ……狭いね」
「一人暮らしならこんなものだろ」
「三人だとキツくない? 着替える場所もないよ」
「そこら辺で着替えてろよ」
「えっ、それはやだ。兄妹でも普通に恥ずかしい」
面倒くさい奴だ……。
「えっと、アキトさん、その、僕も……」
「一色が着替える時は見えないような場所に行くから大丈夫だ」
「なら私の時もそうしてよ」
昔は風呂に入れたりもしていたのに今更気にするのは無理だろ。かなりどうでもいいというのに。




