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episode:5-19【龍心あれば水心】

 食器を洗い終えると、もみじが俺の方を見て口を開く。


「せっかくだから観光とかしたいな、お兄ちゃん」

「暑いし人も多いから嫌だ」

「えー、でも、せっかくこっちにきたんだし、スカイツリーとか見てみたいよ」

「パソコン貸してやるからネットで調べろ」

「いや、それは違うでしょ。お姉ちゃんも行きたいよね?」


 一色は少し戸惑ってから手をハンカチで拭きながら首を横に振る。


「えっ、いえ……人混みは少し……」

「だよね。お兄ちゃんはこういう暑い上に人が増えるようなときにわざわざ出かけようだなんて、お姉ちゃんのことも考えてよね」

「とんでもない掌返しっぷりだな」


 まぁ出かけなくて済むのは楽でいい。

 俺は一色を見ているだけで楽しい。それに、夕方からまた集まるので、観光をするような余裕もない。


「もみじ、夕方には俺と一色は用事があって出かけるからお前は留守番な。一応、そんなに長くなることはないと思うが」

「えー、可愛い妹が来てるのに」

「事前に連絡してきていたらどうにでもなったが、急にだとな。まぁ、なるべく早く帰るようにぐらいはする」

「……まぁ、しばらく泊まったらいいだけかな」

「いや、さっさと帰れよ」


 ワンルームに三人は明らかに狭い。そもそもどうやってもベッドに入りきらない。まぁ俺が床で寝ればいいだけだが……一色が遠慮して床で寝ようとしてしまうかもしれない。普段から眠くなったらそのまま床に倒れるようにして寝るやつだから可能性は高い。


 一色が床で寝ること自体はよくあるのでいいとして、もみじと二人で寝るのだけは嫌だ。コイツ、寝相が悪すぎてベッドから蹴り落とされる未来しか見えない。


「うーん、お兄ちゃんってゲームとか持ってる? 一人の時の暇つぶしどうしようかなぁ」

「持ってない。パソコンならあるから、若者らしく動画とか見てろよ」

「えー、でも、エッチなの保存してあったりしたら気まずい」

「なんでパソコンの中身を探るのが前提なんだ。持ってないから安心しろ」

「えっ、でも実家のパソコンだとSMの動画保存してるじゃん」

「それ父さんだろ。なんでお前らは俺のところで隠すんだ」


 深くため息を吐き出すと、一色から水を手渡される。


「あ、あはは、どうぞです」

「ありがとう。一色はいい子だな」

「そ、そんなことはないですよ。もみじちゃんも……いい子ですよ」


 間があったな。

 一色は手を伸ばしてもみじの頭を撫でてから、困ったように注意する。


「あまりわがままを言ってお兄ちゃんを困らせたらダメですよ?」

「えー、でも……うん、分かった。でも、泊まらせてね」

「着替えとかはあるんですか?」

「バッチリ持ってきてるよ!」


 本当に図々しいな。誰に似たのだろうか。

 喫茶店の間取りの方に戻りながら、夕方までどうしようか考える。

 今のところ奇跡的に比較的マトモな状況だが、俺も含めてこの場にいる全員が協調性に著しく欠けている。


 一色が突然絵を描き始めたり、もみじが何か妙なことをしなかったことが奇跡だ。いや、後者は既にしているか。


「足りない物とかないのか? 買ってくるなら今のうちだぞ」

「うーん、あ、シャンプーとかリンスとか持ってきてない。お姉ちゃんの借りていい?」

「いいですよ。確か予備のを怪盗さんが買い置きしてくれていたので」

「怪盗さん?」


 一色はトテトテと歩いて棚の方に向かい、ガサゴソと漁っていく。

 一色の不用意な発言を聞いたもみじが首を傾げる。


「……斉藤さんと言ったんだ」

「え、あ、そ、そうです。あ、これシャンプーです」

「あ、そんなお友達もいたんだ。えっと、シャンプーだけ?」

「あ、石鹸もいりますよね」

「あっ、ありがとう。……あれ、リンスとか持ってないの?」

「……リンス?」


 一色は不思議そうに首を傾げる。


「もみじ、あまり難しいことを一色に言ってやるな」

「いや、言ってないよ。えっ、シャンプーしかしてないの? トリートメントとか、コンディショナーとか」

「な、何の話をしてるんです? すみません、僕、学がないので……」

「いやいや、勉強の話じゃなくて」

「もみじ、あまり一色をいじめるな」

「いじめてない、いじめてないよ」


 もみじは戸惑ったように一色を見てから、一色の髪を触る。一色の髪はボサボサとしていて、確かに年頃の女子らしくはない。


「……お姉ちゃん。寝癖は直そうよ」

「えっ、直ってないですか?」

「あー、一色はあまり鏡を見ないからな」

「ダメでしょ!? 女の子だよ!? 15歳の! もっと身嗜みに気を付けないと」

「……今日は、一色なりに頑張ってオシャレをしたんだ。多めに見てくれ」

「頑張ってこれって、もう小学生男子並みじゃんか」


 言ってやるな。

 普段の一色は実質男子小学生と変わらない美意識しかない。眠くなったらその辺で寝始めるし、髪もちゃんと乾かさずに絵を描き始めたり、寝癖そのままで動き回ったりする。


 色々なところに絵の具が付くからか、頻繁にシャワーと着替えはするけれど、それ以外は俺以上に適当かもしれない。


「え、えっと、でも……アキトさんは、かわいいと言ってくれますし……」

「いや、可愛いのは可愛いよ。そりゃあね、小さい子は何していても可愛い」

「な、なら大丈夫なのでは……」

「……お姉ちゃん。あのね、女を捨てた女は、彼氏や旦那に捨てられるよ」

「!?!?」


 いや、一色は捨ててないし、俺は一色を手放すこともない。そもそももみじは彼氏が出来たことないから偉そうなことを言えないだろ。


「いや、もみじ、あのな……」

「す、捨てるんですか!? 僕のこと!?」

「いや、捨てるも何も俺が一方的に言い寄ってるだろ」

「ちっちっち、甘いね。男の人は口だけのものなんだ」

「えぇ!? こ、困ります!? 僕、アキトさんがいないと、ダメなんです!」


 もみじは一色の肩を強引に寄せて、うんうんと頷く。


「私に任せてお姉ちゃん。お姉ちゃんに、女の子としての身嗜みの整え方を教えてあげるよ」

「も、もみじちゃん……! ありがとうございます!」


 俺の言うことも聞けよ。

 そもそも好きになった時点の一色は絵の具まみれで床に寝転がるような少女なのだから、今更気にする方がおかしい。


 まぁ……一色がしたいなら止める必要はないが。


「す、捨てないでくださいね? 僕、何でもするので」

「いや、だから俺から告白やプロポーズをしてるんだからな」


 もみじは一色の手を引いて移動する。わざわざ離れていったのでついていかない方がいいかと思って離れた場所に座って待つ。


 もみじってオシャレとかに気を使っていたんだな。いや、一色が適当すぎるだけか。


 それにしてと、何でもするか……。先ほど一色の胸を触ってしまったときの感触を思い出す。


 …………いや、俺は一色の保護者である。保護者だ。そういうことは、一色がもっと精神的に落ち着いてから考えるべきである。

 柔らかいとか、気持ちが良かったとか、そういうことは今考えるべきことではない。


 まぁ「何でもする」の発言はおいておくとしても、一色が普通の感覚を知るにはいい機会かもしれない。

 俺は男なのでそういった女性の髪の手入れとかは分からないし、まどかなら分かるし教えられるだろうが、受験を間近に備えた学生にこれ以上頼むのは酷というものだろう。


 問題はもみじが常識を持っているかどうかだが、まぁ見た目は普通にしているので多分大丈夫だろう。


 そう思って見ていると、もみじがちょいちょいと俺を手招きした。


「どうした?」

「お兄ちゃんってどんな髪型が好き?」

「……特に考えたことなかったな。今のままでいいんじゃないか?」

「じゃあ、色々試してみようかなぁ、げへへ」


 ……本当にもみじ任せで大丈夫だろうか。

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