episode:5-18【龍心あれば水心】
楽しみなような不安なような、一色の手料理。一色はなんだかんだと言っても生真面目な性格なので、レシピから外れたようなことはしないだろう。
問題は味覚障害で味見が出来ないことと、そもそもが異世界の料理という値の知れないものだということだ。
どう転ぶのか分からない。神に祈るような気持ちでいると、調理場の方から「ぴゃーん」とよく分からない音が響く。……何が起きたんだ。
その後も謎の音が響く。えっ、どういう調理をしたらあんな音が出るんだ。
「……一色、大丈夫か?」
少し大きい声を出して尋ねると元気の良い「大丈夫ですよー? どうかしましたー?」という返事が返ってくる。
どうやら何かの事故が発生したわけではないらしい。
「……お兄ちゃん、大丈夫なの?」
「……まぁ、あれらしい。少しマイナーな海外の一地方の料理だとか」
「へー、海外かぁ。どこだろ」
面倒くさいことを気にしてきたな。どう誤魔化そうかと考えていると、一色がパタパタと歩いてこちらに来た。
「出来ましたよー。って、ぬわぁっ!」
案の定一色が何もないところでつまずき、俺は右手で一色を支えながら左手で皿を受け止める。
「な、ナイスキャッチ、お兄ちゃん」
「まぁよく転けるからな」
ゆっくりと皿を机の上に置いてから、体勢を崩している一色を持ち上げようとして……彼女の顔が真っ赤になっていることに気がつく。
今更転けたことで恥ずかしがる必要はないだろ、と、思いながら右手を押して一色を持ち上げようとして……妙に柔らかいことに気がつく。
フニフニとした饅頭を柔らかくしたような感触。人体にこんな部位があっただろうかと思いながら目線を下にすると、一色の胸を触っている自分の手が目に入った。
「あ、あぅ……」
「……わ、わわ悪い」
左手で一色の肩を支えて、ゆっくりと元の体勢に戻す。
一色は赤くなった顔のまま胸元を手で隠すように押さえ、慌てたように口をパクパクと動かす。
「す、すみませんっ! えと、えっと……あ、ご飯取ってくるのでっ!」
「あーいや、運ぶのぐらいは手伝う」
「いいですからっ。気を付けて運ぶので、座っていてくださいっ」
一色は顔を真っ赤にしたまま調理場に向かう。
俺は椅子に座り直し、自分の右手を見る。
柔らかかった。てっきり、かなり細身な上に子供っぽい一色にはそういった膨らみは一切ないものかと思っていたが……若干はあるらしい。
いや、一色の年齢としては非常に小さく微かなものではあったが。
意識的に考えていたわけではないが、一色にはそういったものがないもののように考えていたらしく、胸を触ってしまったことによる興奮や申し訳ない感覚よりも先に困惑を感じてしまう。
いや、年頃の少女なのだから、むしろ健全な発育だ。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「……いや。別に」
「あっ、お姉ちゃんに座っていてって言われたのに傷ついたの? お兄ちゃん本当に変わったなぁ」
「……そうか」
胸を触ってしまったところは見られていないらしい。
安心を覚えることも出来ないほど、胸の感触に頭が引っ張られてしまっている。
一生、この感覚を忘れてることはないだろう。柔らかかった。
「え、えっと、ど、どうぞです」
「わーい、お姉ちゃんの手料理ー!」
一色は恥ずかしそうに赤くなった顔を手で隠しながら、控えめな仕草で俺の隣に座る。
俺の右手はこんなに可愛い女の子の胸を触ったのか……。ダメだ、刺激が強すぎてまともに思考出来ない。
気分を少しでも誤魔化そうと料理に目を向ける。
調理中に異音が鳴り響いていたわりに、思ったよりも普通の見た目の煮物だ。
日本でも郷土料理などにありそうな見た目。少し珍しい匂いを感じるが、まぁおかしなものでもない。
「いただきまーす」
警戒してもみじが食べるのよりも先に食べてみる。独特な風味と妙な舌に残る甘ったるさ。
不味いというわけではないが……こう、なんというか、異文化を強く感じる。
俺に続いて食べたもみじも同じような感想を覚えたのか、首を傾げながら二口目にいく。
「ど、どうですか?」
俺がもみじの方を見ると、彼女も同じように俺の方に目を向けていた。
普通に食べられる。けれど、毎日食べたいような味ではないし、特に美味いわけでもない。
「……面白い食感だな」
「は、初めて食べた味だね。流石お姉ちゃん、見識が広い」
「えへへ、そうですか。よかったです」
「でも、私って日本食大好き系女子だから、晩ご飯はお姉ちゃんの作った日本食も食べたいなぁ」
「んぅ……えっと、レシピが分からないので調べてみますね」
コイツ、晩飯も一色に作らせるつもりか。
妙な味の昼食を食べ終える。慣れたらそこそこ美味いような気もする。
「あ、洗い物してきますね」
「いや、俺がしてくる」
「私するよ。お姉ちゃんの手が荒れてもヤダし」
「いえ、お客さんを動かすわけにも……」
「一色は料理を作っただろ。片付けぐらいは俺がする」
「アキトさんはずっと僕のことのために頑張ってくれてるじゃないですか。恩返しなんて全然出来ないんですから、これぐらいさせてください」
いや、さっき胸を触った分だけでも死にかけた甲斐はあった。それだけの感動を味わうことが出来た。まぁ、そんなことが言えるはずもないが。
俺はゆっくりと首を横に振る。
「結婚してくれるんだから、受けている恩はこちらの方が大きいだろ」
「……その言い方だと、僕が利益のために好きでもない相手と結婚しようとしてるみたいじゃないですか」
「そういうわけじゃないが……とにかく、俺がやる」
「ん、じゃあみんなでしよっか」
狭いだろ。と否定するよりも前に、もみじが俺と一色の手を引いて調理場の方に向かう。
「……もみじ、なんか力強くなったな」
「そりゃ多少は成長してるしね」
元は喫茶店だったということもあり、水回りは普通の家よりも少し大きく、なんとか三人並ぶことが出来た。
三人で食器や鍋などの調理器具を洗いながら、もみじに声をかける。
「……今日はそこら辺でホテルを取って明日には帰れよ」
「えっ、帰らないし、しばらくはここに泊まるつもりだよ?」
「まぁ、俺たちは俺の部屋で寝るけどな」
「じゃあお兄ちゃんの家に泊まるよ。というか、大丈夫なの? こんなにちっちゃい子を連れ込むのって」
「……まぁ通報するような奴がいないし、婚約ってのはその時点である程度は法律的にも関係するからな。家族にも紹介するような仲ならおおよそ問題ないはずだ。手は出してないしな」
胸は触ってしまったが、あれは事故である。
不幸な事故だ。いや、俺からすると不幸ではなかったが。
「俺の部屋に三人はきついだろ。布団もひとつしかないしな」
「私はお兄ちゃんなら気にしないよ? お兄ちゃんも妹なんて気にしないでしょ?」
「お前が一色を気にしそうだから別のところに泊まれと言っているんだ」
「いや、私は甘えたいだけだよ。変な目では見てないよ」
それはそれで異様だろう。もみじがいたら会話の内容も制限されるし、一色とイチャイチャすることも出来ないのでさっさと帰ってほしい。
目の前で膝枕とかされたら嫉妬で気が狂う自信がある。
「まぁでも、お金もったいないし泊めてよ」
「……本当に三人だと狭いんだよな。まぁ、一色がいいなら別にいいが」
「んぅ、大丈夫ですよ。せっかくお兄さんのところに訪ねてきたのに、引き離すのも悪いですし。むしろ、僕が一緒にいても大丈夫ですか?」
「えっ、もちろん。お姉ちゃんと話をする必要もあるから。もうお母さんにはこれ以上ないぐらいお姉ちゃんを褒め称えた報告をする予定ではあるけど、一緒にいた時間が長い方が説得力もあるでしょ」
もみじはもみじなりに味方してくれているのか。……いや、コイツは自分の一色に甘えたいという欲望のために全力なだけか。




