episode:5-17【龍心あれば水心】
「あ、僕、パンケーキ焼いてきますね」
「いや、昼飯時だからどこかに食べに行った方がいいんじゃないか?」
「えー、私、お姉ちゃんのパンケーキ食べたい」
「後でな」
ヨミヨミ達に目を向けると、リリィが首を横に振った。
「ちょっとセーラにも会いに行きたいから、私は一旦別れようかな」
「分かった。ヨミヨミさんは?」
「あー、俺もそうするか。昨日のことの報告ついでに」
まどかも頰を掻きながら立ち上がる。
「私はそっちにはいかないけど一旦帰るね。受験勉強しないと」
残ったのは三人か。というか、もみじの奇行に引いてみんな帰ったような気がする。
適当に片付けをしながらもみじに目を向ける。
「何か食べたいものはあるか?」
「えー、ザギンでシースー?」
「父さんに連れて行ってもらえ」
「うーん。お姉ちゃんの手料理かな」
「……却下。お前が甘えたいだけだろ」
「まぁそれは否定しないんだけどお母さんに、家事が出来るか見てこいって指示を受けてるんだよね。私としては結婚してもらう必要があるからお母さんに嘘を吐いてもいいんだけど、嘘ってバレる可能性があるから、極力減らしたいかなぁって」
「あの人、自分はマトモに料理も出来ない癖に……」
ゆっくりとため息を吐く。
「あ、食材ならまどかさんがお料理していくことがあるのでありますよ」
「……一色の手料理は食べたいが、何か試されているのが不快だな」
「まぁまぁ、仮に下手でもお母さんには美味しかったって伝えるしさ」
「そういう問題じゃなくな。今、実家の食事を用意してるのはお前だろ。偉そうに見定めるって態度が気に食わない」
「……お兄ちゃん、本当に変わったね」
「変わったも何も、母さん、一色に実家の家事をさせようとしてるだろ」
「それは……分からないけど」
「あの怠け者の使用人にさせる気はないし、俺も実家には戻らないぞ」
もみじは困ったように頰を掻く。
「もみじも、大学はよほど行きたいところが決まってるわけじゃないなら、こっちにしておけよ。母さんは反対するだろうが、父さんは否定はしないだろうからな」
「……まぁ、出来たらそうしたいけど、お兄ちゃんみたいに頭良くないし」
「あっちで三人分の家事をしながら勉強するのよりか、こっちの方が集中出来るだろ。別にいい大学に行く必要もない」
もみじは一色の方に目を向けて、少し戸惑いがちに言う。
「でも、新婚さんのところにお邪魔するのは……申し訳ないというか」
「えっ、いえ、大丈夫ですよ。 この家も部屋は余っていますし、あ、でも、絵を描いていてガチャガチャうるさいかもです」
「……いや、こっちに来いってのは同じところに住もうって話ではなく、父さんに金を出してもらってこっちで一人暮らししろって意味なんだが……」
一色は気まずそうに誤魔化すための笑みを浮かべてから調理場の方に向かう。
もみじと二人きりになり、何故か微妙な気まずさを覚えながら話を続ける。
「まぁ、一緒に住むとかはまた別の話として、学業に集中出来ないだろう環境であることに心配はしているし、お前がさっき言った俺の妹だから褒められなかったというのにも多少の負い目に思っているところもある。一色が嫌がったりしない範囲なら融通も効かせるつもりだ」
「……お兄ちゃんのそういう偉そうなとこ嫌い」
ふいっ、と、もみじはそっぽを向いてつまらなさそうに唇を尖らせる。
「……別に無理にそうしろって言っているわけじゃない。嫌なら他でも」
「そういう話じゃなくて……」
「あー、そうだな。……俺に勝てる人間が何人かいた。色々あったが楽しくやっているから、選択肢に入れたらいい」
「んー、ギリ合格」
「お前の方がよっぽど偉そうだぞ」
もみじは小さく笑みを浮かべてから再びラテアートに口を付ける。
「今更だけど、お砂糖入ってない」
「そうか。まぁ一色は普段入れないからな」
「……お兄ちゃんに勝てる人って、さっきのヨミヨミさん? 何の競技で?」
「……何でもありの戦闘? 実際にはしていないが、多分かなりキツイ」
「うそだぁ」
「嘘じゃねえよ。あと、俺よりも頭がいい奴もいたし、一色は俺よりも遥かに絵が上手い。一色の絵ならそこにあるから……」
もみじは俺の指差した絵を見て、驚きの声を上げる。
「えっ、あれ、お姉ちゃんが描いた絵だったの!? えっ、本当に画家じゃん」
「本当に画家だ。奥に行けばいくらでもあるが、こういうのもあるな」
近くに置いてあったスケッチブックを手に取ってもみじに手渡す。
「うわ、えっ、これ、すごい。どうなってるの? うわー」
もみじは感心と驚きを混ぜこぜにしたような反応を見せながらスケッチブックをめくっていき、あるページで手が止まる。
「……ミ°」
もみじが突然鼻血を吹き出して倒れた。
は? と思いながらスケッチブックに目を向けると、血が付いて半ば見えなくなっているが、龍の絵であることは分かった。
……やってしまった。油断していた。
いや、まぁ……連作シンリュウほどの威力はないだろうし、俺の血縁者だから異能力の素養はないはずだ。
どうしようか。これでもみじが起き上がって「私はどらごん」とか言い出したら非常に困る。一色が料理を作っている間にどうにかしないと……!
俺があたふたとしていると、もみじがパッと目を開く。
「だ、大丈夫かもみじ。自分の名前言えるか!?」
「……? 何言ってるの。時雨もみじだよ」
よし、セーフ。流石に白黒のスケッチブックに描かれた絵だったらおかしなことにはならないか。
「まったく、変な矮小なる生き物だ」
「出てる、ドラゴンが出てる」
まずい。これはまずい。一色にバレるのもまずいし、心だけドラゴンと化したもみじを実家に帰すのもまずい。
いや、時間が経ったら記憶が薄れて治る可能性も……。
「どうしたの? 矮小なる生き物」
「とりあえずその二人称はやめろ。……より強い衝撃を与えれば治るか?」
「我の顔に何か付いてる?」
「我もやめろ」
少し考えてから、表情の作り方が若干ドラゴンになっているもみじの耳元に口を寄せる。いや、表情の作り方がドラゴンってなんだ。
「……一色には手を出していないが、夜抱き合って寝ている」
「!?!?」
もみじはパタリと机の上に倒れて、パッと顔を上げる。
「ど、どどどど、どういうこと矮小なるお兄ちゃん!」
若干戻ってきた。
「あと、子供が欲しいとねだられている」
「なな、なな、なんですと!? 我以外の子供を!?」
「お前は一色の子供じゃないだろ」
「実質的に我は矮小なるお姉ちゃんの子供だよ。えっ、これどういうこと、浮気? 浮気なの矮小なるお姉ちゃん」
正気に戻ってくれ。いや、元々正気なのかどうか微妙なやつだったせいで正気の状態がよく分からない。
あと、矮小なるお姉ちゃんは確かにその通りで一色はとても小さい。
「もみじ、落ち着け、いいか、落ち着け。落ち着いて聞け。一色を抱きしめるとな、暖かくて柔らかくて、いい匂いがしてめっちゃくちゃ気持ちがいい」
「!?!?!? ……お、お兄ちゃん。今日、お姉ちゃんと一緒に寝てもいい?」
「ダメだ」
良かった。直った。
多少の安心を覚えていると、奥からひょっこりと一色が顔を出す。
「あ、もみじちゃん、アレルギーとかありませんか?」
「大丈夫だよお姉ちゃん」
「んぅ……その呼ばれ方は慣れませんね。えへへ」
一色は照れ笑いを浮かべてから顔を引っ込める。
「かわいい」
「かわいい」
かわいい。




