episode:5-16【龍心あれば水心】
もみじは頭の上に置いてある一色の手に自ら頭をさすりつけるようにして頭を撫でるのをねだる。一色は仕方なさそうにヨシヨシともみじの頭を撫でて、困ったように微笑む。
「……帰れよもみじ。真面目に」
「嫉妬かい? お兄ちゃん。かわいい女の子に甘えるという偉業を成し遂げた私に対する」
「違う。それぐらい、俺だって頼めばしてくれる。なぁ一色」
「え、えぇっと……その、それはちょっと、恥ずかしいかもです……」
何でだよ……! もみじはこれでもかというぐらいに顔を歪めて笑みを浮かべ、勝ち誇る。
「はっはっは、愉快だね。お兄ちゃん。悔しい? 悔しいよねぇ……! 残念でした! お姉ちゃんのお膝の上は私のものだ!」
こいつ、さっきまで結婚を認めないとか、巨乳じゃないと嫌とか好き勝手言っていたくせに……!
ふと顔を上げると、ヨミヨミとリリィが呆れたような表情を浮かべて俺たちを見ていた。
「ヨミヒト、日本はロリコン大国って聞いていたけど、女性もそうなのね」
「時雨の一族を日本人の代表として捉えないでくれ」
「もみじを時雨姓の代表として捉えないでくれ」
「いや、アキトも大概だからな?」
理不尽な。
もみじは一色の膝の上に頭を乗せて、一色の手を握りながら口を開く。
「ところで、今日は何しに集まってたんですか?」
「何って……リリィが日本に来た記念とかか?」
「あ、リリィさんってずっと日本にいたわけじゃないんですね」
「ええ、つい昨日までアメリカに」
「へー、お兄ちゃんのバイト先ってアメリカでもあるような大きいところなんですね。何て会社何ですか?」
俺は一瞬顔を強張らせるも、リリィは戸惑う様子もなく答える。俺も知っているような企業名で、そんなところを騙って大丈夫なのかと思っていると、スマホが震えてヨミヨミからのメッセージに気がつく。
『問題ない。暦史書管理機構のフロント企業のひとつだ。』
……ああ、まぁ、それぐらいあるよな。
「歓迎会みたいなのにお邪魔しちゃって申し訳ないです。あ、でも、お姉ちゃんや将門さんは会社の友達じゃないですよね。不思議な関係ですね」
「まぁ、大学生にもなれば色々あるもんなんだよ」
「そもそもお兄ちゃんがアルバイトをしてること自体が不思議。お金とか欲しがらなさそうなのに」
「……ほら、デート代とか」
まぁ、デート代がほしいのは確かだ。
何だかんだと出かける頻度が多いので出費が嵩む。
「はー、わざわざそうするぐらい惚れ込んでたら、雰囲気も変わるわけだねー。ところで、どんな出会いだったの?」
「あー、ほら、この家って喫茶店の間取りそのままだろ。それで間違えて入って会ったんだ」
「へー、なるほど。なんかいいね、そういうの」
「そうか。とりあえず、そろそろ一色の膝の上から離れろ。脚が痺れるだろ」
「……あ、あと十秒だけ」
無理矢理もみじを引っ剥がして、一色から引き離す。
「うわー、お姉ちゃーん!」
「一色はお前の姉じゃなく、俺の婚約者だ」
「うう……。あ、今更だけど、なんでお姉ちゃんをペンネームで呼んでるの?」
「……ああ、一色はそっちの方が慣れているらしいからな。というか、お姉ちゃん呼びをやめろ」
「羨ましいの? お姉ちゃんに甘えられるのが」
「羨ましくない。一色に撫でられるのぐらい、俺はしてもらおうと思えばいつでもしてもらえるんだ」
「え、えと、恥ずかしいので、いつでもはちょっと……」
もみじはニヤリと勝ち誇る。
「また勝ってしまった……」
「……お前が甘えられるのは、俺が一色に好かれているからだからな。そこを忘れるなよ」
俺は捨て台詞を吐いてから一色の隣に移動して、もみじを追い払う。
目的である一色との結婚を応援してもらうことは達成したが、これは完全にいきすぎである。
元々甘えたがりなのは分かっていたが、まさかここまで恥知らずに歳下の小学生にしか見えない少女に甘えまくるとは……。
「妹さんと仲良いね、アキトくん」
「いや、良くないだろ。……無理にでも追い返しておくべきだったと後悔してる。愚妹がすまないな」
「いや、まぁでも……正直、アキトくんにそっくりだよ」
「どこがだよ」
俺がまどかと話していると、ヨミヨミがまどかとの会話に入ってくる。
「目的のためなら手段を選ばないところとか。敵に回すとこれ以上なく厄介そうなのに、味方にしても頼もしくないところとかだな」
「何か馬鹿にされているのか」
「いや、してない。真面目にな。何とかして始末しても、自分の死後に発動する策とか用意してそうで、一度でも敵に回せば一生お前に警戒し続けることになりそうだ」
「どんなイメージだ」
「俺達、ずっと友達だよな」
「まぁ、そうですね」
小回りの効くミサイルとスナイパーライフルと拳銃を内蔵しているような人間を敵に回すのは嫌だ。
「うんうん、男の友情っていいね」
もみじは頷きながら言う。
「いえ、あれは友情というか……まあ、何でもいいけど」
リリィは呆れたように俺達を見つつ、小さくため息を吐く。
「ヨミヨミさん、お兄ちゃんのお友達だからすごいんだろうなぁ」
「……アキトの友達だから?」
「あれ? 知らないんですか? お兄ちゃんって、世界で一番すごいんですよ? 子供のときから何をやっても一番で、全然失敗とかしなくてね」
もみじの言葉にリリィは苦笑する。
「お兄さんのことが好きなのね」
「えっ、いえ、全然。これっぽっちも。家族としての情とかはありますけど、好意は全然ないですよ」
「え、えぇ……」
「優秀すぎるお兄ちゃんのせいで私がどんな目に遭って来たか……お母さんはお兄ちゃんと私を比べてずっと叱ってくるし、学校でもみんなお兄ちゃんのことを知ってて、私が普通って知ってがっかりしていくし」
もみじはつまらなさそうな表情をしながら、猫のラテアートに口を付ける。
「私が何をしても、初めからケチが付いてるの。お兄ちゃんより出来ていないって。嫌いじゃないけど、好きにはなれないよ」
「え、えーっと、仲良くしていた方がいいと思うけど」
「仲良くはしてるよ。好きじゃないだけ」
もみじは俺を押し退かして一色の胸に飛びつく。
ぎゅっと抱きしめてから、すーはーと匂いを嗅ごうとして、俺はもみじを引き離す。
「あのな、そういう面倒くさいことは会ったばかりの他人に言うことじゃない。あと、あまり一色を困らせるな」
俺に対して不愉快そうな表情を向けたもみじに、一色は困ったように言う。
「あ、えっと……。アキトさんは、そんなにすごくないですよ?」
「……お兄ちゃんがすごくなかったら、この世にすごい人なんていないよ」
すぐ隣に異能力者が二人いる。
「いえ、その……運動やお勉強が得意なのは知っていますし、何でも出来るのは分かってますけど。でも、色々とやり方が不器用で、失敗もしますし、あんなやり方がだったら多分僕以外だと呆れていたのではないかと……」
一色は俺の方を一瞥してからもみじに言う。
「あの、案外心が弱い人ですから、優しくしてあげてください」
そんな風に思われていたのか……。まぁ、一色相手には狼狽る姿ばかり見せていたが。
もみじは拗ねたように唇を尖らせる。
「まぁ、お姉ちゃんが言うなら」
なんで俺とより信頼関係を結んでいる感じになっているんだ。




