episode:5-14【龍心あれば水心】
この状況に見かねたらしいヨミヨミが、心臓のラテアートに口を付けつつもみじに言う。
「あー、アキトは嘘を吐いていないから、とりあえず信用してやれ」
「ほ、本当ですか、よ、よかった……。いや、それでも良くないような」
なんで初対面のヨミヨミの言葉はすんなりと信じるのか。顔か。顔がいいからか。
「え、えーっと、その、えっと……お兄ちゃん、15歳はダメだよ。もうちょっとで16歳って言っても、高校一年生だよね? 私よりひとつ下だよね。高校在学中に結婚って、ちょっと常識として問題あると思うよ」
「えっ、あ、僕、高校には行ってないです」
「えっ、不登校なの?」
「い、いえ、そもそも、在籍してないです」
もみじは不審そうな目を俺に向ける。
「……別に、結婚をするのに高校卒業しているという必要もないだろ。あのな、もみじ、色々と気になるのは分かるが失礼だぞ。彼女は子供じゃないし、もみじがどうこう言うような立場でもない」
「いや、でも……」
「でもじゃない。会ったばかりの人に対して学歴がどうとか、非常識だ」
「でも……」
「もみじ」
「ご、ごめんなさい。軽葉さん」
「い、いえ、そ、その、お兄さんを心配するのは当然のことですし、気にしてないですよ。あ、ちょっと飲み物を用意してきますね。気が利かなくてすみません」
一色はパタパタと足音を立てて奥に走っていく。
「……えーっと、お兄ちゃん、ちょっとこっちに……」
「なんだよ」
まどかともみじのいるテーブル席に移動すると、もみじはコソコソと耳打ちをしてくる。
「いや、さすがに子供すぎるよ。向こうの親御さんはなんで言ってるの?」
「いないから、そこは気にしなくていい」
「いやいや、そっちの方がよっぽど気になるよ」
俺はもみじの顔を見てから、大きくため息を吐き出す。
「はぁ……お兄ちゃんは悲しいぞ。もみじが容姿や学歴、家庭環境の問題で差別するような子になっているなんて」
「えっ、あっ、い、いや、そういうつもりじゃないんだけど……」
「別にな、見た目が子供っぽかろうと、学歴が幼稚園中退であろうと、天涯孤独の身であろうと、結婚を制限するような理由にはならないし、彼女の人格には一切関係ないだろ」
「よ、幼稚園中退は流石に問題があるかと……」
「もみじ、差別は良くない。な?」
「う……でも、私は……」
もみじは、深く、深く息を吸い込み、唇を震わせながら思いの丈を吐き出す。
「お兄ちゃんには、おっぱい大きい女の子の方が、いいと思うの」
「……」
「……」
沈黙が喫茶店の内装のままのアトリエに響く。誰もが思ったことだろう「こいつ、何言ってるんだ?」と。
だが、誰も口に出さない。この場にいるのは、経歴や職業はおかしいものの全員常識人なのだ。
セーラや一色がいたら何かしらの反応をしたことだろう。だが、今この場にいるのは常識人ばかり、初対面の少女相手にツッコミを入れるものはおらず、それゆえに……酷く辛い空間が発生してしまった。
「おっぱい……大きい、女の子の方が……いいと、思うの」
もみじは一文字一文字を大切にするように言う。
やめてほしい。身内の恥を晒すのは、やめてほしい。
「あのね、お兄ちゃん。私達兄妹に足りてないものってなんだと思う?」
「……いや、特に思いつかないな」
「あのさ、お母さんってヒステリックでわがままじゃん。お父さんは仕事が忙しくて構ってくれないし、お兄ちゃんは話す度にお説教ばっかり」
「……それで?」
もみじは言う。
「包み込むような母性が足りないと思うんだ。端的に言うとね」
「……はぁ」
「母性、つまり何か分かるよね。ヨミヨミさん」
「えっ、俺?」
突然話を振られたヨミヨミは困惑の声をあげる。
「そう大正解、おっぱいだよ。優しいお姉さんのおっぱいに包まれたい。私達兄妹はそんな欲望を抱いているはずだ」
「いや、特に」
「少なくとも、私はそうなんだ」
「……お、おう」
それって俺関係なくないか。俺がそう思っていると、もみじはそんな俺を気にする様子もなく言葉を続ける。
「巨乳のお姉ちゃんが欲しい。とても、欲しい。だからね、結婚するなら巨乳の女の子にした方がいいと思う」
「それって完全にお前の欲望じゃねえか」
まどかは呆れたような目を俺たち兄妹に向けるが、悪いのは妹だけである。
「……私はね、お兄ちゃんに巨乳の女の子を連れて来させるために、何年も何年も、計画を立てて実行し続けてきたんだ。お兄ちゃんの性癖を操作するためにお兄ちゃんのベッドの下に、私の私物の巨乳お姉さんのエッチな本を入れたりね」
「アレお前の仕業かよ。父さんが母さんにバレないように俺の部屋に隠しているのかと思ってかなり気まずい思いをしてたんだが。巨乳物とか、マゾヒスト向けのとか」
「……えっ、後者は私じゃないよ?」
……あっちは父さんのかよ。本人が知らないところで性癖を公開してしまった。すごく気まずい。
「……なんでアキトくんの家ではアキトくんの部屋にエロ本を隠すの?」
「俺に聞くな」
「近所の巨乳のお姉さんをけしかけたり、巨乳ヒロインのアニメを紹介したり、色々頑張ってきたのに……!」
もみじはためを作り、机に両手を置きながら吐き出すように言う。
「なんで、ロリに走るんだよ……!!」
「ロリと言うな、ロリと」
「私はね、巨乳のお姉さんにぎゅっとしてもらいたいだけなのに、なんでそれが叶わないんだ!」
もみじがそう言っている間に一色が戻ってきて、もみじの前にラテアートを置く。
「ど、どうぞです」
「あ、どうも」
一色からそれを受け取ったもみじは目を丸くする。
「にゃ、にゃんこだ。えっ、これ、すごい」
「あ、ありがとうございます。喜んでいただいて、嬉しいです」
「こ、これ、ルカさんが作ったの?」
一色はもみじの言葉を聞いて、数秒間を置いてから頷く。呼ばれ慣れていない名前だったために反応が遅れたらしい。
「は、はい。えっと……僕、岸井一色という名前で画家をしておりまして、こういうのが、割と得意なんです」
「へー、へー……まぁ私はこんなのに釣られないけどね」
「……いや、もう諦めろよ」
「私は諦めないよ。なんとしてでも、巨乳のお姉ちゃんを手にして甘えてみせる! ヨミヨミさんも協力してくれるよね!」
「えっ、俺?」
こうなるともみじは厄介だ。
何せ諦めない、妥協しない、人の迷惑を考えない、倫理観を無視する。
ヨミヨミが小さく「これが時雨の血か……」と言っているが、俺はここまでおかしくない。
せいぜい、一色を手に入れるために他の人間に一切会わないようにしようと企てたり、誘拐を考える程度である。
「え、えっと……巨乳のお姉ちゃん? ですか」
「うん。ルカさんには悪いけど、お兄ちゃんには私のために巨乳のお姉ちゃんと結婚してもらう必要があるから、結婚は認められない」
一色はその言葉を聞いて自分の胸の方に目を向けて、ブンブンと首を横に振る。
「え、えっと……こ、困ります」
「ごめんね。……私は、どうしても甘えたいんだ。お姉ちゃんに」
「えっと……僕じゃダメですか?」
「えっ……。歳下のお姉ちゃん……考えたこと、なかった。歳下の女の子に。小さい子に甘える……」
もみじは驚いたような表情を浮かべてから、ゆっくりと目を閉じる。
一色は何かを察したのか優しげな表情を浮かべてもみじの頭を撫でて、そのままギュッと抱きしめる。
「お、お姉ちゃん!」
「は、はい。なんでしょうか」
「ひ、膝枕してっ!」
「えと、いいですけど……」
何が起こっているのか分からない。ソファのような席に一色が座り、そこにもみじが寝転がるようにして一色のふとももの上に頭を乗せる。
一色は困惑した表情を浮かべながらも寝転んでいるもみじの頭を撫でた。
「お兄ちゃん、結婚を認めよう」
「もうお前帰れよ」




