episode:5-13【龍心あれば水心】
一色はガタガタと震えながら、俺の腕を掴む。
「し、死んじゃ、ヤですよ。それに、死にたくないです」
「いや、状況によっては死ぬだけだ」
「ど、どういう状況になったらですか!?」
浮気や不倫、痴情のもつれ……そういうことを一色に教えるのは教育としてどうだろうか。
「……ほら、お前、全く意味がないのに龍人から俺を守ろうとしただろ。ああいうことが発生する」
「あ……なるほど。アキトさんは、それのせいで……」
一色は少し落ち着いた様子で掴んでいた手を下にずらし、俺の左手を握り、傷痕をスリスリと指先で撫で始める。その表情が少し恍惚としているものであり……若干怖い。
「あ、一色のことばかり考えて、傷を隠すの忘れていたな」
「んぅ……? それは別にいいんじゃないんですか?」
「まぁ、あとあとバレる方が面倒か」
そんな話をしていたら、俺のスマートフォンが再び音を立てる。
思ったよりも早いと思いつつ画面に表示されている妹の名前を確認して耳に当てる。
「おー、近くまできたか」
『うん。景色の写真撮って送るからこっちまできて』
通話を切って二人に言う。
「妹を迎えに行くから、少し待っていてくれ」
「うんわかったー」
「えっと、一緒に行きます」
「いや、久しぶりに会って初っ端の質問責めに巻き込みたくない。あと、妹も余計に混乱するだろうしな」
一色は首を傾げてから小さく頷く。喫茶店の内装の部屋に戻りヨミヨミとリリィに妹を迎えに行くことだけ伝えて外に出る。
外に出て、晴れているのに入り口が見えている扉を見る。まぁ、入り口を隠す絵を描いていた一色が、ずっと俺と一緒にいて隠していないのだから当然だ。
「……あー、暑いな」
夏も真っ盛りだ。妹を待たせるのも悪いかと思い少し急ぎ足で向かうと、一年以上も会っていないのに、懐かしさをひとつも感じないような後ろ姿を見つける。
高くも低くもない身長、珍しくもない服装と体型。どこにでもいる背格好だというのに、不思議なほど簡単に個人の識別が出来る。
「もみじ、こっちだ」
「あっ、お兄ちゃん! あれ? お兄ちゃん?」
「なんで疑問形だよ」
「いや、雰囲気変わったなぁ……と」
一色の言うように、顔は俺とよく似ているのだろう中性的なハッキリとした顔立ちで、声は年頃の少女にしては落ち着いている。高校では運動部に入っていないのか、少し記憶よりも肌が白くなっていて太ってはいないが女性らしい丸みが見える。
「そりゃ、一年以上会ってなければ少しはな」
「いや、そういうのじゃなくて……なんていうか、子供っぽくなった?」
「なんでだよ。そんなことより、お前な、こっちに来るなら事前に連絡を入れろよ。あと、荷物が多すぎる。何日泊まるつもりだよ」
「そりゃ、泊まれるだけ泊まるよ」
「ベッドねえよ」
「気にしなくてもいいよ」
もみじは当然のように荷物を俺に押し付ける。一色のように俺の荷物を持ちたがるのも困るが、こうも当たり前のように渡されるのも微妙な気分だ。
「あっ、そんなことよりも、突然結婚するって、全然聞いてないよ。結婚どころか、彼女がいるどころか、女の子の友達がいるってことすら知らなかったしさ」
「一年以上会わなければ色々あるだろ」
「彼女がいることぐらい教えてくれててもいいじゃん。というか、どんな子? 今日出かけてたのは彼女と? どんな出会い?」
「……ひとつずつ聞けよ。どんな子かと言うと……少し、少しだけ子供っぽいが、人一倍優しくて真面目な子だな」
もみじはニヤニヤと笑みを浮かべて、彼女の荷物で手が塞がっている俺の横腹を突っつく。
「ほうほう、なるほど、優しくて真面目ね。そういうのがタイプだったのか」
「……鬱陶しいな。今日は……友人の集まりのようなところだ。その子の自宅に集まってる」
「へー、なんか大学生っぽいね」
「そうか? ……別に大学の友達ってわけでもないけどな」
上機嫌なもみじは不意に目を落として、俺の左手を見る。
「その手、どうしたの?」
「ああ、転けた」
「転けたの!? どんな盛大な転け方!?」
「階段で転けて、尖ったものに引っ掛けたんだ」
「わー、お兄ちゃんが転けるなんて珍しいこともあるんだね。お酒飲んでたとか?」
「……まぁ、そんなところだ」
「わー、不良だー。それ、結構前に出来た傷だよね。成人する前じゃんか。不良ー」
もみじは面白そうに俺の傷痕を触って、俺について路地裏に入る。
「あれ? お店? お家じゃなかったの?」
「喫茶店の居抜きをそのまま住居にしているんだ」
カランコロンと音を立てて扉を開ける。リリィ以外の三人は俺の妹という存在に興味があったのか、隠す様子もなくもみじに目を向けていた。
「えっ、あっ、ど、どうもです」
妹はとっさに頭を下げて、俺の服の袖を引いて外に連れ出す。
「えっ、何あのオシャレ空間!? なんかすごいイケメンと金髪美女がいたんだけど!? イケメンと金髪どっちが恋人!?」
「落ち着け、もみじ。その二択はおかしいと気がつけ」
無理矢理連れ出されたので中に入り直すと、まどかがテーブル席に座ったままちょいちょいともみじを手招きする。
同年代だから気になるのだろうか。
「え、えっと、お兄ちゃんの妹の、時雨紅葉です。今日は突然お邪魔してすみません」
ヨミヨミが俺を一瞥してからゆっくりと口を開く。
「ああ、いや、別に集まって何かしようというわけじゃないから問題ない。そんなにかしこまらなくても大丈夫だ」
もみじはイケメンからの言葉を聞いてカクカクと頭を揺らすように頷く。こいつ、美形に弱すぎる。
「えーっと、この人は有栖川ヨミヨミさん」
「ヨミヒトな」
「有栖川ヨミヨトさんだ」
「お、お兄ちゃんとどんな関係ですか!?」
「えーっと、ああ、バイト先の社員さんだ」
もみじは立ったままヨミヨミを見て、小さく呟く。
「第一候補は外れたか……」
「なんで男が予測の第一候補に上がるんだよ」
「えっと、じゃあ……あの、そちらの」
もみじはヨミヨミの前にいるリリィに目を向ける。
「バイト先の社員さんだ」
「あっ、そうなんだ。そうなると、残るは……」
もみじは挙動不審な様子を見せながらまどかのいるテーブル席に向かう。
「あ、その、えっと……お、お名前は」
「あー、うん。将門円だよ。よろしくね」
「ご、ご趣味は?」
お見合いか。
「えっ、いや、特にないかな」
お前の趣味は覗きだろ。
勘違いしていそうなので、わたわたと慌てている一色の隣に移動する。
「……もみじ、まどかはただの友達だ」
「えっ、じゃあ他には……あっ、今は席を外してるの?」
「いや、そうじゃなくてな」
一色が慌てながら立ち上がり、深々と頭を下げる。
朝早くに少し落ち着いた服装を購入したが、それを着ていても子供っぽさはひとつも変わらず、いいところのお嬢さんに見えるだけだった。
もみじは二十歳前後の集まりの中にいる明らかに子供といった容貌の一色を見て、目を丸くする。
「は、はは、はじめましてっ! 僕、はっ、アキトさんと、お付き合いさささ、させていたたたただいている。 えっと、えーっと……」
俺は一色にメモを見せる。
「か、軽葉流華ですっ!」
もみじは目をパチクリと瞬きさせて、顔を真っ赤にしている一色と俺を交互に見る。
それから呆然とした様子でスマートフォンを取り出そうとして、俺は慌てて止める。
「待て、待てもみじ」
「い、いや、いやいやいや、待てって言いたいのはこっちだよお兄ちゃん。待って、落ち着いて、いや、本当」
「あのな、大丈夫だからな。違法性はないんだ」
「いや、どう見ても違法だよ」
「俺を信じろ。お前の兄は子供を騙して恋人にするような奴だったか?」
「同年代の女の子には興味を示してなかったなって、思い出したよ」
「違うからな。いや、まぁ、とりあえず、いっ……じゃなく、ルカの年齢を誤認している。お前の早とちりだ」
もみじはスマホを手に持ちつつ、一色をジッと見つめる。
「……な、何歳?」
「え、えっと、今は15歳です」
「……いや、嘘でしょ。本当でも、あ、アウト。法律的にはセーフでも条例でアウト」
「いや、あと一週間ほどで16歳になって結婚出来る年齢になるんだ」
「いや、じゃあダメじゃん。というか、結婚するにしても結婚してないなら手を出しちゃダメだよね」
「出してない。交際して婚約しているだけで、手は出してないんだ。本当だ」
もみじは信用出来ないといった様子で俺を見る。まぁ、ぱっと見年齢が10歳前後にしか見えない少女を紹介して「婚約者だ」などと言っている奴は信じられないから。
一色はこの状況をどうにかしようとアワアワと動くが、その行動が子供っぽい。




