episode:5-10【龍心あれば水心】
セーラは白衣の下に着ているパジャマの襟を暑そうにパタパタと仰がせてからエアコンの電源を付け直す。
「あ、遅くなったけど結婚……は、まだか、婚約おめー」
「ああ、どうも」
「今更だけどさ、アキトくんって相当な変人だよね。若い男の子って、もっとこう……「げへへ、若いうちにたくさんの女の子のおっぱいを楽しんじゃうぜ、げへへ」みたいなものかと、ヨミヨミみたいに」
「ヨミヨミさん……」
「さっきからセーラの中の俺はどうなっているんだ。そんな言葉言ったことがないからな」
「まぁヨミヨミはふとももフェチだもんね」
セーラのその言葉にヨミヨミは突然黙る。
俺は傷跡を隠すために羽織っていた上着を脱いで一色の膝の上にかける。
「待て、いや、違うからな。どんなふとももでもいいというわけじゃないからな」
「いや、俺はただ、エアコンの風で冷えないようにと思っただけだ。それだけだ」
「岸井は元々長ズボンでふとももは出してないだろ。それに俺は、こう、もっと長くてな、あと形も多少健康的なぐらいに筋肉があってだな」
セーラはわざとらしく白衣の裾を引っ張って自分の脚を隠す。
「きゃー、ヨミヨミのえっちー」
「忙しいところをパシられた挙句にこの言われようはなんなんだ……。リリィに渡すものを買う予定だったのに」
「それは悪いと思ってるよ。でも、代わりに用意しておいたから安心して。はい、これ」
セーラは机の側に置いてあった袋をヨミヨミに手渡す。
「……セーラ」
「感謝の言葉なんていいよ。私達の仲だしね」
「なんで薔薇の花束なんだよ」
「えっ。渡すでしょ?」
「渡さねえよ。なんでお前らは俺が薔薇の花束を渡す奴に見えているんだよ」
「渡しそうな顔してるし……」
ヨミヨミはセーラに薔薇の花束を突き返す。
「きゃっ、ヨミヨミに大胆なプレゼントを渡されちゃった」
「うるせえ。店が閉まる前に買いに行くから、話は後にするぞ」
「はいはーい。ちゃんと戻ってきてねー」
ヨミヨミは少し急ぎ気味に部屋から出て行く。それにしても、まだ会ってもいないのにあんなテンパっていて大丈夫なのだろうか。
「……ヨミヨミさん、結果的にセーラさんの着替えを見にここに寄っただけの形になりましたね」
「言ってやるな一色。結果的にそうなっただけだ」
「まぁヨミヨミはそういうところあるよね」
セーラは面白そうに笑ってから、目を俺や一色の体を端から見ていくように動かす。怪我がないかを確認しているのだろう。
俺が渡した上着の匂いを嗅いでいる一色を見ながらセーラに尋ねる。
「ヨミヨミさんとは付き合いが長いのか?」
「ん、二年ぐらいだからそこそこかな。ヨミヨミは能力の制御が下手だったとかで、異能力を使った仕事みたいなのからは距離を置いてたからね」
「はあ、今からじゃ想像も出来ないな」
「幼い頃にビルひとつ吹き飛ばしたとかなんとか」
「……マジですか」
「マジマジ。というか、やろうと思ったらそれぐらい余裕だよ。半径2キロぐらいの光を全部かき集めて打ち出すとか出来るしね」
「……なんか昔、虫眼鏡で光を集めて紙を燃やすって授業をやったのを思い出した。あれ、半径5cmぐらいだったな。半径の長さが4万倍、面積は8万倍か……あれの8万倍かぁ」
あらゆるものが燃えるというか、一瞬で蒸発しそうだ。
「まぁ、そんなのする意味はないし、そこまでやったら普通に能力の使いすぎで昏睡状態になるだろうけどね」
「しないだろうからいいけどな。……敵側にそんな奴がいないか心配だ」
「絶対いないから大丈夫だよ。それだけ出力が出るのはヨミヨミが特別だからだよ」
「……十二使徒ってやつですか?」
「いや、単純に才能かな。自分で編み出した謎理論を用いて異能力を使ってるから普通よりも高性能。絡め手とか無効化とか、そういうのを除いた単純な威力だけなら間違いなく世界一だよ」
「……羨ましい話だ」
幻覚やら何やらと使い勝手も良さそうだったし、異能力というものは本当にとんでもない。
「覗きとかに便利そうだから?」
「何でだよ」
「残念ながら、異能力は睡眠に近いほどの精神状態じゃないとマトモに使えないから、性的に興奮するようなことには使えないんだよ。非、意図的には出来るだろうけど、わざとはなかなか難しい。戦闘は訓練すれば出来るようになるけど、性的興奮を覚えながら使うのはね。こう、前を向きながら後ろを向く、みたいな感じで」
聞いていない。
「まぁ、その話はいいか。ずいぶんと親しげだから、もっと幼い頃からの仲なのかと思ってな」
「親しくなるのに時間はそれほど重要じゃないよ」
「気が合いそうでもないが」
「性格が正反対なうえ、出会って一ヶ月で結婚するような知り合いがいるけどね」
何も言い返すことが出来ない。
「まぁ、気が合う友人ってのは、得難いものだと思うけどさ。気が合わない友人もそれと同等以上に得難く大切なものだって、私もヨミヒトくんも……嫌ってほど知ってるからね」
セーラは珍しく物憂げな表情をしつつ、机の上に置いてあった写真たてを一瞥する。
その写真に映っているのは、へらへらと笑っているセーラと不機嫌そうなヨミヨミ、それに先程写真で見たリリィと、気の強そうな女性と反対に気弱そうな少女、それと自信ありげな表情の男性。一体何の集まりなのだろうかと思いつつも、何か聞くのは憚られる雰囲気を持っていた。
「アキトくんは友達いる?」
「……まぁ、まどかぐらいですかね。ヨミヨミやセーラは仕事のつながりですし、一色は今は友人というより婚約者ですから」
「私もヨミヨミも友達って判定でもいいよ? それに、そんな遠慮せずにもっと欲張って、婚約者とか恋人でありながら友人でもあるみたいなことを言ってもいいしさ」
「一色がそちらの方がいいなら」
「何にせよ。いいものだよ、友達」
くすりとセーラが笑いかけてきて、俺は毒気を抜かれながらも真面目に思考する。
「ああ、じゃあその素晴らしい友達に頼みがあるんだが」
「うん。何かな、何でもいいたまえよ」
「明日、俺の妹が一色を見にくるからお前はいつも通り外に出ずに過ごしてくれ。万が一外に出て俺たちを見つけても、関わらないで見なかったことにして去ってくれ」
「……と、友達からの頼みがひどい」
普段の言動を考えろ。
俺はゆっくりと自分の頭を掻いてから、セーラに警戒した様子を解かない一色に目を向ける。
「とりあえず、俺も明日の妹対策を考えたい。どうせ後で角にも報告することになるから、今はこれぐらいでいいか?」
「んー、そうだね。ヨミヨミにも聞くし、急いでって話でもないからいいよ」
「助かる。一色、まずは自己紹介の練習と嘘の馴れ初めを考えるぞ」
「えっ、あっ、はい。頑張って嘘をつきます!」
一色は両手を胸の前でガッツポーズのように動かして気合を入れる。
……不安である。




